01 転校生、ニケです。
ーーーーー王都歴1863年。
人類は長い歴史の中で〝魔法文明〟を築いてきました。
しかしその歴史は決して華々しいものではなく、〝魔法〟とは〝魔〟に通ずるもの。ひいては〝悪魔信仰〟だと人々から忌み嫌われてきた過去があるのです。
歴史書を遡ると、王都歴1333年には〝魔法〟が使えたのは当時女性のみで、男性は〝魔法〟を使えませんでした。そしてこの当時の王〝ジャイロ様〟による王命で、大規模な〝魔女狩り〟が行われました。
この〝魔女狩り〟において〝魔法〟が使える者は1人の例外もなく磔にされ、最期には家族もろとも皆殺しにされました。国民のゆうに半数が殺されてしまったのです。
その中には1歳にも満たない幼児や貴族の子どもも含まれていたのだと、当時の記録が残っています。
その当時は〝魔法〟は〝悪〟で人々に悪い影響を及ぼすものとして信じて疑う者はいなかったのだとか。
その考えが大きく変わったのは、それから315年後の王都歴1648年。
今から3代前の王〝ハオ様〟の代になってからでした。〝ハオ様〟は〝魔法〟の素晴らしさを人々に説き続け、〝魔法〟は神さまからいただいた〝贈り物〟であると宣言されました。
そこから少しずつですが〝魔法〟という力への〝負〟の偏見が薄れていき、現在では民衆への理解も進みました。
しかし〝反魔法派〟と呼ばれる反対勢力が活動を始めたのも、この頃からだったそうです。彼らは〝魔法〟は〝悪〟であると信じて疑いませんでした。
やがて〝反魔法派〟は国内でも勢力を伸ばし、その考えに同調する民衆の間で〝デモ活動〟が行われたことも幾度となくあったと記録されています。この〝反魔法派〟の拠点は国外にあるだとか、様々な憶測が国を混乱の渦に巻き込んだのです。
〝反魔法派〟の幹部連中もなかなかに厄介で、国でも対応に手を焼いていました。
今ではこういった〝反魔法派〟も鳴りを潜め、治安も落ち着いてきています。
皆さんも知っての通り〝魔法〟は生活の一部として人々に溶け込み、様々な場所で用いられるようになりました。
そして現在の王であらせられる〝レグルス様〟の代になり、歴史ある〝王立高等学院〟に今年度新たに創設された魔法科クラスがこの通称〝アルカディア〟クラスなのです。
教壇に立つ担任のグロウ先生が教科書を閉じると、大きく映し出されていた文字や映像が消えた。
これも一種の〝魔法〟である。
〝王立高等学院〟には魔法科クラス以外に、貴族の令息たちが通う騎士科クラス、通称〝オペーク〟クラス。
そして貴族の令嬢たちが通う淑女科クラス、通称〝ルミナス〟クラス。
それぞれのクラスには1000人を超える生徒が在籍していて、皆、貴族の出の子どもたちである。
〝アルカディア〟クラスは〝王立高等学院〟に今年度新たに創設された魔法を学べる魔法科クラス。男女問わず、貴族でなくても平民でも入ることが許されたクラスである。
しかし在籍数はたったの6名。
「今日はそんな〝アルカディア〟の皆さんに嬉しいお知らせがあります。なんと、我がクラスに転校生が来ますよ」
先生が大袈裟に両手を広げて、謎の決めポーズをとる。
「グロウ先生、転校生って〜?」
このクラスの委員長であるアルルが、頬杖をつきながら気怠そうに手を上げて質問をする。
「アルルくん、先生はボケたのです。『何でやねん!』と突っ込んでくれるのを待っていたのですが………。………ま、いいや。辺境にある学校から、この学校に移ってくる生徒がいるという事です。何と、女子生徒ですよ」
先生は何事も無かったかのように、話を強引に戻した。
〝アルカディア〟は男子が4名、女子が2名で女子の比率が少ないのだった。新設されたばかりで人数がそもそも少ないという理由もあるが、貴族の中には伝統あるクラスを卒業してこそ、箔がつくと考える貴族が多い。
ましてや平民が混じったクラスなど、と考える貴族も少なからずいた。
〝魔法〟は確かに生活の中に溶け込んではいるが、わざわざ学校に通ってまで学びたいという人は少ないのだ。
これは〝魔法〟に対する差別意識がいまだ根付いている、というある意味証明になっていた。
「へぇ〜、もの好きな女の子もいるんだねぇ。ま、俺的には嬉しいけど?でグロウ先生、その噂の転校生ちゃんはどこにいんの?」
確かに。
転校生が来ると言うなら、朝のホームルームで紹介するのが普通ではないか?
他のクラスメイトもどうしたのだろうと不思議がる。
ちなみに今は1時間目。
担任であるグロウ先生の〝歴史学〟の座学の時間なのだ。
「……………今日到着予定だったのですが、なぜかまだ来ていません」
それから2時間目、3時間目と過ぎるも転校生は現れなかった。
*****
一方その頃、噂の転校生である私、ニケは王都で迷子になっていた。
前日には王都へと到着し、門番さんから紹介されたリーズナブルな良い宿で1泊したニケ。夕食と朝食付きでお風呂付きの宿で最高だった。
朝食後、友達である鷲のイーくんと共に学校へ向けていざ意気込んで出発したものの、広すぎる王都内で方向感覚を見失ってしまった。
辺境田舎の平民出であるニケにとって、この王都は広すぎた。
もう、完全に転校初日から遅刻コースである。
「うぅっ………もうとっくにお昼過ぎちゃってるよ………お腹空いたぁ………」
ニケとイーくんは朝、宿を出てから何も食べていなかった。
今頃は学校で学食を食べているはずだったのに。悲しい。
イーくんも私のリュックの上にとまり、腹の虫を鳴かせていた。辺境ではイーくんと共に狩をしたりしていたが、王都周辺の地域では環境保護という名目上、公に狩は認められていない。
故に自力調達も出来ない。
そんなことが街を守る憲兵などにでも見つかれば厄介だ。
それに買い食いをしようにも辺境と違い、王都では物価が高すぎる。
辺境でなら屋台の串焼き1本が1ダルク(100円)で買えたが、王都では串焼き1本が5ダルクもする。2本買えば10ダルク。所持金が乏しい私たちにとって痛い出費だ。
詰んでいる。
………という不甲斐ない懐事情もあり、気軽に露店で串焼きの1本も買えないでいた。
だが、自分だけならまだ我慢も出来るが、イーくんがお腹を空かせてしまっている。
イーくんは幼い頃から共に育ってきた家族で、大切な友達だ。
「ここは腹を括るかっっ!」
私は露店で串焼きを1本だけ購入した。
「ほら、イーくん」
路肩へ移動すると背中に背負っていたリュックをクルッと回転させ、リュックを下ろしてしゃがみ込むと串焼きをイーくんに差し出す。が、
「ピィー」
と鳴くと首を傾げた。
まるでニケの分は?と言っているようにニケは感じた。幼い頃からの付き合いで相手がどう考えているのか、お互いに言葉が通じずとも何となく伝わる。
「いいからほら、食べて」
ニケの手には肉汁溢れる肉厚の串焼き。匂いも香ばしく、引き寄せられる。だが、
「ピィ」
イーくんはくちばしでニケの手をグイグイと押すと、ニケが食え。と食べるのを拒否した。
「………イーくん………」
どうしたものかと肩を落とした次の瞬間、串を持っていた右手が路地裏の方向へ突然グイッと引かれた。ニケは思わぬ方向からの力で後ろに倒れ、尻もちをついてしまう。
「ピィ!?」
イーくんが大きな羽を広げて驚く。
「な、何だったの?」
ニケとイーくんが路地裏の方向を見ると、そこには痩せ細った子どもがいた。そして手には串焼きを持っていた。
ニケはハッと自分の右手を見ると、持っていた串焼きが無い。やられた。あの子どもに取られたのだ。
「イーくんの串焼き!!!」
ニケが咄嗟に大きな声で指差すと、周囲にいた人々は何だ何だ?とこちらに視線が集まった。子どもはビクッと驚いて、つたない足取りで走り去ってしまった。
あの遅さだったら走ればすぐに追いつけ、捕まえられる。だが………ニケは追いかける気にはなれなかった。イーくんも私の気持ちを察してくれたようだ。
「お嬢ちゃん、いいのかい?取られたんだろ?」
へたり込んでぼーっとしていると、近くに立っていたおばさんが声をかけてくれた。
「いいんです。串焼きの1本くらい……。私の故郷にもあれくらいの弟たちがいました。あの子は随分と痩せていたし……」
ニケとイーくんは目を閉じ、ついこの前まで一緒に暮らしていた家族を思い出した。
………ぐーーーぎゅるるるる………と、腹の虫を鳴かせながら。
「いや、だってほら………」
おばさんが路地裏の方を指差すと、チャリン、チャリンと金属……硬貨が落ちるような音がーーーーー
子どもが走り去った後を見ればそこには紛れもない硬貨が落ちていてーーーーー
って、
「まさか私、お財布まで取られてた!???」
「ピィ!?」
ニケはポケットにお財布が無い事を確認すると、途端に慌てはじめた。
それから立ち上がると、おばさんにお礼を言って子どもが逃げて行った路地裏を走って追いかけた。
*****
ニケとイーくんはすぐに子どもに追いついた。
追いついたのだが…………
どういうことか。
串焼きと財布を持ち去った子どもは、透明な立方体の箱の中に閉じ込められていて何かを叫んでいた。
声は聞こえない。
一体どういう状況?
ニケとイーくんが立ち止まってフリーズしていると、路地の建物と建物を繋ぐ柱の梁、つまりニケたちの真上から人が降ってきた。
何でそんなところから人がーーーーー???
シャリンと鈴の音が鳴る。
ニケたちと子どもの間に降り立ったその人はこちらを振り向くと、ニケより頭2つ分くらい背の高い、おそらく男性だった。
おそらく、とつけたのはその人が目元を隠すような半お面を被っていて、顔が見えなかったから。
よく見ると東方の方で使われるという、祭事で使われるようなキツネのお面だった。
そして、この国では珍しい漆黒の髪で、腰の辺りまで伸ばした髪を組紐で結っていたから。
不思議な雰囲気がある人だった。
その人は昨日見た、門番さんと似たような軍服を着ているので不審者ではないだろう。たぶん。
「おい。これ、お前のか?」
と考えこんでいたらいきなり話しかけられた。
声質といい、やはり男性だったようだ。
軍人?が持っていたのは、ニケが取られた財布だった。ニケが遠慮がちに小さく頷くと軍人さんはニケの手を取り、手に財布を乗せて返してくれた。
呆気に取られているニケ。
「………どうやら、串焼きは食われてしまったようだが」
軍人さんが子どもの方を指差すと、石畳みの上には串だけが虚しくも転がっていた。
「あ、いえ。あの串焼きはまぁ、……別にいいんです。こっちが無事であれば」
「財布か」
「えぇ。中に入っていたお金も勿論大切なんですけど………」
ニケは中身を確認するように麻袋の中を覗き込む。するとニケは白いハンカチに包まれた鍵を取り出した。
「あった………良かった」
「それは鍵か?」
「とても大切な鍵なんです」
「………そうか。大切なものならば、肌身離さず持っているんだな」
軍人さんはそう言うと自身の髪を結っていた組紐を外し、ニケの持っていた鍵に紐を通して結び、一歩近づくとニケの首にかけてくれた。
「え、これ………」
軍人さんはニケの言葉を遮り、
「お人好しもほどほどにな」
とニケに言う。
軍人さんは子どもを囲っていた透明な箱を解除すると子どもに、
「二度と人のものを奪うな」
とそれだけ告げて、暗い路地裏へ消えていった。
少し歩いたところで、
半お面の男に話しかけたのも、またキツネの半お面の男。
「珍しいじゃん。お前が自分から面倒ごとに入っていくなんて」
「……………気まぐれだ」
*****
ニケは日が沈み始める頃、イーくんと一緒にようやく〝王立高等学院〟の正門前へとたどり着いた。生徒たちはほとんどの生徒が帰路についた後だったが、まだ生徒の何人かは残っていた。
人目をはばかる事なく、正門前で両膝をついてようやくたどり着いたとニケが安堵していると1人の女子生徒が声をかけてきた。
「ねぇ、アンタ。この学校の生徒………?随分と汚れているみたいだけど………」
栗色の髪の女子生徒。
目元がキリッとしていて目力が強い子だった。
「私、転校生のニケです!」
ニケの〝王立高等学院〟での生活が始まろうとしていた。