夜の村と村長
夜の村に他の人は一人もおらず、積もった雪を踏む私たちの足跡が聞こえるだけだ。足跡で聞こえなくなるぐらい小さな声で私たちはお喋りをする。
「外はやっぱり寒いね〜」
「んだな。ひどもなんも降っとらんし、もうちっとすりゃ雪もなくなるんじゃなかか」
「暖かくなったら村の中を見てまわりたいなぁ」
私の言葉に返事はなかった。
誰もいないしせっかくなら今村の中を見て回りたかったけど、おこめちゃんは震えながら私の手を握ってるし、真っ暗で周りの様子なんて全然わかんないしで、とてもそんなことは言い出せない。
家から出て五分ぐらい歩くと、私たちは目当ての畑に着いた。おこめちゃんは繋いだ手をそっと離すと、さっさと畑の中へ入っていった。私もあとに続くと、そこはやはり来た道と同じ、白一面の雪景色だった。
「じゃ、雪を掘りけえして土を持って帰るだよ。おんなじんとこで掘ったら見栄えあかんけ、歩き回りながら万遍なく掘ってけれ」
その言葉に頷くと、私たちは雪を掘り始めた。
持ってきたスコップで雪を掘り、出てきた土をおこめちゃんの支えている袋の中に入れる。ある程度掘ったら少し歩いてまた同じことを繰り返す。慣れない雪の中の作業はすごく疲れるし寒いしですごく大変だ。
ふとおこめちゃんの方を見ると、彼女はなんともなさそうな顔で土を掘っている。それに袋もどんどん土が積もって重たくなってるはずなのに軽々と持っていた。
「おこめちゃんって力強いね」
「そうだか?家ん手伝いしてたらこれぐらいになるろ。みんなこんなもんじゃ」
「でも私じゃ絶対こんな簡単に持てないしすごいことなんじゃない?」
私がそう褒めると、おこめちゃんは口端をほんのり上げた。嬉しそうな顔に、作業の手も少し早く見えた。
ーーーー
畑に来てから一時間ほど私達は袋に土を入れ続けていた。動きっぱなしだったおかげで体は少し温まったけど、手先と足先はとっても冷たい。いつ終わるのかなと考えていると、おこめちゃんが手を止め、小さな声で言った。
「ほんがらこんなもんにしてけえろうか」
「ようやく終わったぁ」
私は持っていたスコップを地面に突き立て、体重を預けた。もう立っていられないほど疲れ切っている。休んでいる私の横でおこめちゃんはせっせと帰る準備をしている。
土の入った袋を肩に担ぐ姿を見て、私はおこめちゃんの分のスコップを受け取ろうとする。せめてこれぐらいは役に立たなきゃね。
にっこりと笑ったおこめちゃんは私にスコップを渡すと畑から出ていき、私もその後に続く。
帰り道を私たちは歩いていく。早く帰りたいのかおこめちゃんは早足ぎみだ。私もすぐ寝たいしちょうどいいかも。
しかし、どんどんと歩いていたおこめちゃんの足が少しずつ遅くなり、ついには止まってしまった。一体どうしたんだろうと思っていると、正面に人がいることに気づく。
道の真ん中に男の人が立っている。背が私よりも低く、頭にべっとりと張り付いた髪の毛を落ち着かないようにいじっている。なんだかカエルみたいな顔をしている。
その男の人を見たおこめちゃんは今日一番の震えを見せた。歯も震えだしていたが、それが寒さのせいではないことが視線から分かった。肩に背負っていた袋がどさりと地面に落ちる。
「おみゃあべこじゃなかか。こんがらよにちんばからでってなにしてんが」
目の前の人がにやにやと笑いながら話しかける。おこめちゃんからは、のどの奥から漏れるような小さな声だけが聞こえる。地面に落ちた袋を見て、男はまた探るように言葉を続けた。
「そがん土はなんじゃ?おみゃあだあんからめったわけじゃなかかあ?」
「い、いや...」
「ちらんゆうんななしてそがらなもんもつんや」
振り絞った返事にかぶせるように男の人は質問を重ねてきた。何を言っているのかは全然分かんないけどおこめちゃんはおびえてるし、脅すようなあの人の喋り方にも耐えられなかった。
「あの!」
私は左手を真上に思い切り伸ばす。二人が私の手に注目している間に右手でおこめちゃんの手を握る。
「なんじゃあおみゃあ」
とにかく安心させなきゃと思って手を握ったけど、この後のことは考えてなかった!
「あ、あの、あなたは誰ですか?」
「なんじゃあおみゃあ。わしゃあこん村治めとるんじゃ。おみゃあはめえに孫次郎らがひろったんりゃんがな」
なんて言ってるんだろう?全部は分かんないけどなんか村長的な人っぽい?そんな人がなんでこんなとこにいるんだろう?
「なんでこんな夜中にこんなとこにいるんですか?」
私がそう聞くと村長さんは思い出したかのような顔をする。
「そうじゃそうじゃおみゃあにゆうんがあるんじゃ」
言うこと?何だろう?
「いまこん村にはなんがら妖がでんじゃ。それんもとをみったれんがくれんかとの。森んなかでどながしょったかはわかっとるけえおみゃあにばりっとらんげこつ」
?
「なってんばぐらいにやりゃあちょうどよかか?ほならばそんごとになってげんばあさい」
そう言って村長さんは去っていった。全く意味が分からなかったけど何か説明してたような?
村長さんの言葉の意味を考えていたけど、隣でまだ震えているおこめちゃんを見て、それどころじゃないと気づく。
放心中のおこめちゃんにスコップを渡すと、落ちていた袋を持ち上げる。これめちゃくちゃ重いじゃん!よくここまで運べたなあ。
そして掴んだままの手を引くと駆け足で家に戻っていく。
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家に着いた私は、袋から土が漏れないように壁に立てかけると、おこめちゃんを居間に連れて行ってこたつに入らせる。顔を見ると今にも泣きそうな顔をしていた。
「ありがとおねえ」
「いいよいいよ。あんなに困った顔してたら元気づけたくなるもんだよ。私は何か嫌なことされたわけじゃないしね」
小さくつぶやかれた言葉にそう返すが、ありがとう、ありがとうと言いながらおこめちゃんは泣き始めてしまった。
家に着いたら村長さんがなんて言ってたか聞きたかったけど、このままだと喋ることも難しいだろうな。
泣き続けるおこめちゃん頭をゆっくりとなでる。畑の作業に疲れた私たちは、そのままこたつで横になることにした。




