傘の妖
「おぅ」
誰かの声がする
「おぅ、死んでんか。こなとこで寝っとしんど」
身体が大きく揺らされる。
目を開けると見知らぬおじさんがこちらを覗き込んでいた。
思わず距離を取ろうとするが、手足が痺れて動かない。
辺りを見渡すと雪が積もっており、私の身体も埋もれている。随分暗くなったし雨が雪になったのかなあ?
周りは木々ばかりで、ここはまるで森の中のようであった。
森?大学の近くになかったはずだけど、一体ここはどこ?
キョロキョロと見回していると、おじさんが喋りかけてくる。
「おう、いっとんか。おまぁならしてこなとこで寝んじゃ」
何か言って来てるけど方言が強くてほとんど意味が分からない。
おじさんをよく見てみると、髪型はちょんまげで服は着物を着ており手には提灯を持っている。まるで歴史ドラマの人みたいだ。
おじさんがまた喋りかけてくる。
「おまぁきぃとんか。そな格好しぃおまぁこんなんでなぁしとんじゃ」
「あ、あの」
何か聞かなきゃと声をしぼり出す。長く寝ていたからか喉がうまく動かない。
「あの、ここはどこですか?あの、私さっきまで寝てて、今起きたらここにいて、」
うまく説明ができないが、なんとか今の状況を伝えてみる。
「はあ?いりぃことばじゃなぁ。こかぁ上野国吾妻群嬬恋村のもりんなかじゃ」
どうやら私の質問には答えてくれたらしく、地名を教えてくれたっぽい。
でもその名前には全く聞き覚えがなかったし、大学の住所も違うはず。
そもそも何丁目とか、県名すらも今の言葉から聞き取ることはできなかった。
「あの、もう一回教え」
「おぅい!孫次郎ぅ!!」
聞き返そうとすると、遠くから大きな呼び声が聞こえてくる。
「どしたぁ!なんいりぃもんでもみっけたかぁ!?こっちさおめどいりぃもんおうたでな!」
そんじろう?と呼ばれた目の前のおじさんが大きな声で返事をする。
声のした方を見ると、小太りの男性が慌てたように走ってくる。その男性も孫次郎と同じような恰好をしている。
「いりぃなねえぞ孫次郎!妖怪じゃ!きぃんうえからオラをみっとんじゃあ!」
「みらんとないぞ。そがなことゆうてらんとそがないりぃもんをなんがすんがワシらんがことじゃろぉ」
「ゆうてもオラぁもうびびってみらんねぇなったが。ひども娘子?そん娘子は、」
小太りのおじさんが喋ってる途中だったのに二人とも私を見つめる。
え?話終わったの?というか娘子?私のこと?
「おめどいりぃもんじゃ。いりぃ格好、いりぃ言葉しるいりぃもんじゃ」
「なんぞ不気味じゃ。格好、言葉じゃないなにかが不気味じゃ」
「あ、あの」
とにかく聞かなきゃと私は二人に喋りかける
「私、大学生で、多分この辺の人じゃなくて、家に帰りたいんですけどここは何市ですか?」
私が質問をしても二人は黙ったまま見つめてくる。
「ほんにいりぃ子じゃが、みても悪さぁしんとおもうぞ。んばよりこっちきぃ。妖怪が出たんじゃ。なにしよるかわからんけぇはよぉけしたいんじゃ」
「ほうか。んばそっちゆるわ。こんこは村にけって決めよう」
二人は何か話したと思うと向こうの方に歩き始めてしまった。
見知らぬ森の中に一人になることが恐ろしく、私は慌てて立ち上がりついて行った。
寒さでかじかんだ脚を動かしながら二人について行くと、一本の木の前で立ち止まった。
「あそこじゃ、透き通る傘の妖が木の上からおらをみつめとんじゃ」
「ほんとじゃ。あれな妖は見たことねぇ。透ける傘なんぞ知らんし、きっと水の妖に違いねえ」
二人にようやく追いつき、視線の先を見ると木の枝に何かが引っかかっていた。
「こげな不気味なもん見ちまったらオラ達さわられちまうんじゃねえだか?」
「え、不気味ですか?あの木に引っかかってるビニール傘のことですよね?」
私がそう言うと二人の視線はこちらに向けられる。
木に引っかかっていたのはビニール傘だった。多分私が差していた傘が風に飛ばされたんだろう。
「なんぞ知っとんかあれ」
「いや、多分私の傘だと思うんですけど。えーマイ傘?傘?ビニール傘?」
なんと言えば伝わるか分からないが、身振り手振りを使って伝えてみようとする。
しかし何度言い方を変えても伝わらないため、私は諦めて傘を回収しようとする。
「おい!なんしょうと!?さわられても知らんぞ!」
孫次郎さんが叫んでくるが、私は気にせず木に近づきながら足元の雪を丸めて雪玉を作る。
何発か雪玉を投げると傘に当たり落ちてくる。近づいて拾うと、叫ぶのを辞めた孫次郎さんと小太りのおじさんに見せる。
「ビニール傘です。私が持ってたやつが風で飛ばされちゃったんだと思います」
今度は傘を持ちながらジェスチャーをするが、二人は顔を見合わせるばかりで何も言わない。
仕方がないので傘を閉じて辺りを見渡すと、私のカバンが落ちていた。
雪を被っていたが中にはスマホなどが入っており、電源をつけると圏外の表示。
これからどうしようかと考えていると小太りさんが声をかけてくる。
「あー、おまんがなにかは分からんが、とにかくうちの村にこんか?村、くる、よか?」
向こうも言葉が通じないということは分かったようで、単語や身振りで伝えてくる。私もその言葉に頷いて返す。
「おう、なば村にけえろう。孫次郎、よかか?」
「あ、ああ」
二人は少し会話をすると来た道を引き返して行く。
降り積もる雪とどこまでも続く木々達はまるで別世界のようだ。ひとまず私は二人の後ろをついて行くしかなかった。
いりぃ→怪しい
けする→退治する
さわる→呪われる




