楽しい日常の一時
過去の悪行を恥じて悶絶と共に迎えた翌日の金曜日。
夜の狩りの前日とも言える今日。
涼子は何時もと変わる事無く、愛する日常を過ごして居た。
いつものメンバーに陽子が追加された自分も含めた4人で休み時間や昼休みを仲睦まじく駄弁り、学校での1日を終えた放課後。
「薬師寺さん。駅まで一緒に帰らない?」
ソワソワとしながら一緒に駅へ行こう。
そう自ら陽子が誘えば、涼子は快諾する。
「良いわよ」
そうして、共に学び舎を後にすれば、陽子は緊張した歩みと共に面持ちで言う。
「明日が本番なんだよね」
初めての戦場に恐れを抱く新兵の如く緊張し、恐怖に染まる陽子へ涼子は暢気に他人事の如く告げる。
「大丈夫よ。貴女は絶対に死なないから」
他人事の様に思える涼子の言葉であったが、陽子は何処か安心した様子であった。
だが、それでも……
「正直言うと恐い。とっても恐いの」
恐怖は拭えなかった。
そんな陽子を涼子は責める事は無かった。
寧ろ、好ましく思っていた。
「恐くて当たり前。私だって初めての戦いでビビリまくったし、戦ってる時に恐過ぎてオシッコ漏らしたもん」
己が恐れと尊敬を抱く涼子がアッケラカンに当時の初めての実戦の時の情けない体験を正直に告げれば、陽子は信じられない。
そんな様子で呆気に取られてしまう。
「え?」
陽子が信じられない。
そんな顔をすれば、涼子はお茶目に問い返す。
「あ。その様子だと信じてないな?」
涼子の問いに対し、陽子は正直に答えた。
「だって、薬師寺さん私なんか比べ物にならないくらい強いし……」
「バカ言わないの。貴女は充分強いわ」
陽子の事を強い。
そう涼子からハッキリ告げられた陽子であったが、陽子は涼子の本心からの言葉を信じられずに居た。
「私は強くないよ。強かったら……」
其処で言葉を澱ませる陽子に涼子はハッキリと本心からの言葉を続ける。
「貴女は周りの無体な仕打ちに耐えて堪え続けたばかりか、周りに認められようと腐る事無く必死に研鑽と努力を重ねて来た。それが出来る時点で、貴女は充分過ぎる強者で勝者よ」
「え?」
手放しに称賛する涼子に陽子は困惑する。
だが、そんな陽子を気にする事無く涼子は更に告げる。
「周りのタマナシな退魔師共と比べれば、断然貴女の方が強い。確かに貴女は今までのクソな環境で自己を肯定し、愛する事が出来なくなってる。でもね、貴女は周りから迫害され続けても腐らなかった。それどころか、貴女は貴女とは無縁の連中が過去に残した負債を何とかしようと覚悟を決めて立ち上がり、私に頼った。己の無力を自覚した上で、人を頼る事が出来る奴は決して負け犬なんかじゃない」
涼子は誰もが認める強者だ。
そんな涼子は邪悪な魔女となった頃から未だ、覚悟を決めて立ち上がる者を愛して居た。
それが例え、実力の無い弱者であろうと関係無い。
目の前に迫る脅威に対し、挑まんとする勇者には敵味方問わずに認める。
そして、そんな尊敬に値する敵ならば慈悲と敬意を込めて殺し、味方に対しては共に墓の中に入る覚悟を以て助太刀をする。
それ故、涼子から見れば陽子の持つ強さを充分過ぎる程に認めているのだ。
涼子の手放しの賞賛に陽子は嬉しく思った。
しかし、彼女は善良で優しく。
無力な己を恥じるからこそ、素直に喜べなかった。
「買い被り過ぎだよ。私なんて……」
そう自虐的に言う陽子へ涼子はピシャリと厳しく言い放つ。
「先ずはその自嘲と自虐を辞めなさい」
「でも……」
「でもじゃない。この先の人生は長いわ。そんな長い人生を愉しみたいなら、先ずは自分を愛する事から始めなさい」
涼子から自分を愛せ。
そう告げられた陽子は反芻させる。
「自分を愛する……」
「そう。自分を愛する。その次に他者を愛せば良い。順番は自分が最初。その次に他者……コレだけは護りなさい」
陽子は涼子の言葉よく解らなかった。
そんな陽子へ涼子は説明する。
「これはキリスト教の言葉なんだけどね。汝、己を愛するかの如く隣人を愛せよ……これは"隣人を愛せよ"が独り歩きしてるけど、その前にある"己を愛するかの如く"。コレが肝心要の言葉よ」
「つまり、自分を愛せない者に他者を愛する事が出来ない。そう言う事?」
陽子の問いに涼子は師の如く補足する。
「そこまで極端じゃないわ。己を愛さずに他者を愛する事は可能なのも事実だしね」
矛盾とも言える言葉に陽子が首を傾げてしまう。
「薬師寺さんが何を言いたいのか?よく解らないよ」
「真に人を愛し、愛する人と仲良くしたいなら先ずは自分を愛する事から始めろ。そして、自分を愛すると共に自分の事も認める方が他者を深く愛せる。ほら、愛する事が何なのか?解らなければ、愛し方が解らないでしょ?」
結論から告げ、その後に結論に至る根拠を示した涼子であったが、陽子は未だ理解に及ぶ事が出来ずに居る。
そんな陽子を涼子は責めなかった。
「今は未だ解らなくても良いわ。何れ、その意味が解る時が来るから……でも、本当に強くなりたいなら先ずは己を愛し、肯定しなさい」
師となる事を覚悟した涼子がそう告げれば、陽子は涼子の言葉を頭の片隅に留めた。
「解ったよ」
「よし!小難しい話は終わり。折角だから、スイーツ食べに行こう」
「え?でも……」
唐突とも言える涼子の誘い。
それに困惑する陽子へ涼子は更に言う。
「貴女は当日になる明日までは自由に動けるんでしょ?なら、利用しない手は無いわよ」
涼子の言う通り、陽子は明日まで何をしても良いと言われている。
それは生贄となる事。
即ち、自らの死を選んだ者への慈悲なのか?
陽子には解らない。
だが、自由にしても良い。
そう言われたからには、涼子の誘いに乗っても良いのではないか?
そんな迷いがあった。
「でも、私はお金そんなに持ってな……」
「なら、私が奢るわ」
「え!?そんな薬師寺さんに悪いよ」
善良で優しいが故に、陽子は涼子の善意を申し訳なく思ってしまう。
だが、涼子は有無は言わせない。
そう言わんばかりに陽子の手を握ると同時。
強く引っ張りながら駆け出した。
「ちょ!?薬師寺さん!?」
いきなり手を握られて引っ張られれば、陽子は慌てながらも釣られて駆け出す。
だが、嫌な気持ちは何故か無かった。
そうして、大きい方のショッピングモールまで陽子と仲睦まじく手を繋いで走れば、陽子は涼子の強引さに白旗を挙げざる得なかった。
その後は素直に涼子と共に人混み溢れるショッピングモール内を巡り、途中で涼子の奢りでアイスクリームが二段載ったのを買った。
それから、2人は近くの空いてるベンチに座ると、早速アイスクリームを食べ始める。
「久し振りに食べるアイスは美味しいよ」
チョコアイスとチョコミントアイスを食べる陽子が言うと、涼子は尋ねる。
「間食とかしないの?」
「一応、お小遣いは貰ってるんだけどね。少ないから、こうしてアイス食べるのは難しいんだ」
陽子が答えると、涼子は疑問を覚えた。
「貴女、仕事してるじゃない?その時の給料とか貰ってないの?」
「私には払われなかったわ。お前を養い、学校に行かせた上にお小遣い貰える。それだけでも感謝しろって言われる始末よ」
その答えに涼子は益々、退魔師達が嫌いになった。
「未成年の児童を無償で働かせるとかクソ過ぎるわね」
「私もそう思う」
「でも、お陰で躊躇いなく連中にカマしても罪悪感を感じずに済むわ」
涼子が退魔師達にお仕置きする。
そんな風な事を言うと、陽子は恐る恐る尋ねる。
「何をするの?」
「そうね……手始めに賠償と慰謝料も含めた今までの未払いの給料を巻き上げてやる。それから、連中の立場を失墜させた後に吊るしてやるわ」
涼子がカネを巻き上げた上に退魔師達を吊るしてやる。
そう言えば、陽子は少しだけ嫌そうな顔をすしてしまう。
そんな優しい陽子を察した涼子は少しだけ優しくする事にした。
「優しい貴女に免じて吊るすのは辞めてやる。でも、お仕置きは私がしたいからヤる。あ、勘違いしないでね……お金を巻き上げるのも含めて貴女の為じゃないわ。今言った様に私がヤりたいからやるだけの事だから」
陽子が自分を責めない様に敢えて、昔取った杵柄。
そう言わんばかりに悪人として振る舞えば、陽子は自分のせいではないと、理解して少しだけホッとした。
そんな陽子はポツリと語る。
「昔、お母さんと一緒に住んでた近所でサーティーワンがあったんだ」
「つまり、貴女にとっては楽しかった頃の思い出の味って訳ね」
「そうだね。私が住んでた所って静かな住宅街でさ、其処にある古くて小さいアパートで一緒にお母さんと住んでたんだ」
陽子が懐かしそうに思い出を語ると、涼子はアイスクリームを食べながらも静かに耳を傾けていく。
「小学3年生まではお母さんと暮らしててさ、その頃は友達も沢山居たし、学校や家での生活は楽しかったんだ」
ポツポツと楽しかった頃の思い出を語る陽子は途中で言葉を留めると、アイスクリームを持つ手を震わせる。
程無くして落ち着きを取り戻すと、陽子は再び語っていく。
「楽しかった日々はずっと続くと思ってた。でも、お母さんが死んだ瞬間にそれは終わった」
唯一無二の肉親である母親の死がキッカケとなり、陽子の楽しかった日々は終わりを迎えた。
「学校から帰って来た時。お母さんは倒れててさ、必死に呼んでもお母さんは反応しなかったんだ。で、私はどうすれば良いのか?解らなくて泣いてたら、隣に住んでたオバサンが様子を見に来て、通報してくれたの……」
「その後の事は、何時だったか言ったから言わなくても良いよね?」そう問う様に陽子が締め括れば、涼子は何も言わずにアイスクリームを食べる。
アイスクリームを一頻り食べた所で、涼子は陽子に尋ねる。
「お母様が亡くなる何日か前。誰か来たりしなかった?」
「確か……3日ぐらい前に退魔師の人が来てたよ」
陽子が肯定すると、涼子は更に尋ねる。
「お母様は何か病気だったりしたの?」
「え?ずっと元気だったよ。あの日も学校へ行く前に帰ってきたら、一緒にカレーを作ろうねって言ってくれたし……」
当時の事を陽子から聞けば「そう」と、興味が失せた様に返した。
だが、実際は涼子の中では嫌な仮説が浮上していた。
単なる偶然なら良い。
でも、都合が良過ぎる。
3日前に来た後。
ずっと元気な人が帰ってきたら死んでいた。
その後、直ぐに退魔師達が彼女を引き取った。
明らかに都合が良過ぎる。
邪悪であったからこそ、涼子は陽子の身に起きた耐え難い不幸が人為的なモノではないか?
そう疑ってしまう。
しかし、詳しい状況が解らない上に証拠も無い。
だが、それでも涼子の邪悪な心は確信していた。
それ故……
狩りが終わった後。
探偵の真似事してみようかしら?
だけど、本来なら私には関係無い話。
私の仮説が事実だとしても、私が得られるモノは何も無い。
勿論、私の仮説が事実であると知った陽子にとっては残酷な事実を押し付ける事にもなる。
私はどうするべきかしら?
涼子はポーカーフェイスを保つ様にしてアイスクリームを舐めると、どうするべきか?
迷った。
邪悪な私は陽子に現実を突きつけ、其処から更に陽子を都合良く縛って利用しろと言う。
だけど、一応は善良な私は敢えて現実を教えずに知らせるなと言う。
どうするべきかしら?
仮説が残酷な真実であると証明するか?
仮説は仮説のままにして、気付かないふりをするか?
選択肢は2つに1つ。
陽子の母親の死の真実を究明するか?
究明せずにいるか?
迷う涼子へ、陽子はハッキリと告げるように問う。
「薬師寺さん……薬師寺さんなら、お母さんの死の真相が解るの?」
その問いが意味するのは、真相を知りたい。
それは涼子の中にある2つの選択肢の1つ。
つまり、残酷な真相とも言える現実に向き合おうとする。
それに他ならなかった。
陽子の顔を見詰めると、陽子は覚悟を決めて真剣そのものと言えた。
陽子自身がどの様な形であれ、真相を知りたい。
そう望むのであれば、涼子には止める権利は無い。
だが、一応は警告する。
「私の思い過ごし。そんな結果でも良いの?」
涼子の奇妙と言える質問から涼子の仮説を察していた陽子はハッキリと明言する。
「そうであって欲しいからこそ、私は真相が知りたい。確かに私は酷い扱いをされてきた。だけど、貴女が感じた不信感が貴女の思い過ごしであって欲しいとも思ってる。矛盾してるかもしれない。だけど、私は何も知らないよりは全てを知った上でどうするか?を決めたいの」
陽子が覚悟を決めた瞳と共に明言すれば、涼子は承諾せざる得なかった。
「良いわ。でも、これは流石に明日の件が片付くまではお預けよ」
涼子が明日の仕事が終わるまでは調べない。
そう告げれば、陽子は渋々ながらも認めた。
「…………解ったよ」
「じゃ、アイスが溶ける前に食べて他を廻りましょう」
陽子にそう告げれば、今の重過ぎる話題を忘れさせる様に涼子は陽子と一緒にアイスクリームを食べるのであった。
アイスクリームを食べ終えた後。
涼子は陽子を引っ張り回す事で陽子に自責を産ませる事無く、陽子が楽しめる様にしていた。
アパレルや化粧品と言ったファッションや新作スイーツ。
そう言った女の子の愉しみを涼子から無理矢理教えられ、陽子は戸惑っていた。
だが、嫌じゃなかった。
寧ろ、楽しくすら思っていた。
何か、お母さんが居た頃の楽しかった時を思い出させる。
薬師寺さん。
貴女は私に楽しかった日々を再び与えてくれた。
だから、私は……
其処で考えを陽子は敢えて留めた。
同時に無意識の内に決断していた己の意思をハッキリと自覚すると、陽子は涼子に言う。
「私は貴女と共に居たい。あの頃みたいに楽しい日々を過ごしたい」
か細くながらも、陽子の生きたいと願う意志に満ちた言葉に涼子は優しく応えた。
「なら、明日は絶対に生き延びなさい。死んだら、貴女の願いは永遠に叶わない」
そう告げた涼子は更に言葉を続ける。
「生命は全ての根幹と言っても良い。生命こそ力。生きて未来を掴もうとする貴女の願い、魔女である私は私の名に誓って確約してあげる」
慈悲を交えた覚悟と共に涼子は陽子に応えた。
だが、内心では涼子は己自身を自嘲していた。
私みたいなロクデナシの魔女が偉そうに言えた事じゃない。
私は数えるのもバカらしい数の不幸を齎し続け、陽子の様な愛を喪った子供を無数に作って来た。
そんな私がこの娘の親代わりをしようとしてる?
冗談にしても笑えないわ。
己が犯し続けて来た罪悪。
それを昨晩、歴史マニアの正樹の口から改めて知った。
だからこそ、涼子は自分が陽子の親代わりにも似た立場となろうとしている事に自嘲してしまう。
だが、そんな罪悪を無数に重ね続けて来たからこそ、善良で優しさに満ちた陽子の持つ危うさも理解していた。
でも、この娘は師匠の言う通り危ない。
今までの苦痛に満ちた人生で心が脆くなってる。
だからこそ、私の言葉が麻薬の様な効果を発揮してしまってる。
私が死ねと言ったら、本気で実行する程に。
愛を喪ってから長い間、陽子は愛を与えられずに居た。
だからこそ、涼子の優しい言葉が麻薬の様に浸透し、陽子自身を犯している。
それを理解しているからこそ、涼子は師たる魔女が言った陽子の持つ危うさを改めて認識せざる得なかった。
だからこそ……
この娘が普通の人間として生きられる様に学ばせ、未来に幸が訪れ、一人前を名乗っても赦される人間にしないといけない。
私の様な極悪人がして良い事じゃないのは、私自身理解してる。
でも、今の陽子は恐らく私の言葉以外は届かない。
なら、私は私の行いの責任を取らねばならない。
陽子を今の状態にしてしまったからこそ、涼子は陽子の師となる事を決断した。
私は彼女を普通の女の子に戻さなければ、私は確実に後悔する。
だったら、私は後悔しない為に全力を尽くすしかない。
例え、それが単なる私の自己満足でしかないとしても。
全力を尽くした上で後悔するにしても、やらない後悔よりはやった後悔の方がマシ。
涼子は陽子に自分の思惑を察せられない様、ポーカーフェイスとも言える被り慣れた仮面を被る。
そして、今だけは親しき友として陽子と共に楽しい一時を過ごすのであった。




