温泉の町レレドレ~二度目~②
「「…………」」
「あれ、師匠にイェランさん。どうしたんですか?」
「……なんかあったわね」
現在、俺とイェランは『酒豪風呂』の外にあるベンチに座っていた。そこに、つやつやしたトーラス、テッサの二人が近づいてくる。手にはフルーツの詰め合わせがあり、二人はとてもにこにこしていた。
「師匠、聞いてください!! 果実風呂がすごいんです。いろんな果物がプカプカ浮いてて、お湯の香りもすっごくよくて、しかもお肌もスベスベになったし、お土産に果物詰め合わせまでもらったんですよ!!」
「……ああ、そうか」
「……アタシ、そっち行けばよかった」
「何があったか何となく想像できたわ……」
トーラスは、鼻を押さえながら『酒豪風呂』を見る。
俺は立ち上がる。
「よし、気分を変えよう。みんなで飯でも食いに行くか」
「賛成ですー」
「……アタシ、お酒抜きで」
「果実を食べたし、少しガッツリした物でもいいわね」
というわけで、みんなで食事へ。
温泉の町レレドレといえば鍋料理だ。以前、ロッソたちと行った飯屋が近いのでそこへ。
個室を取り、さっそく注文をする。
「わ~、すごい料理がいっぱいです」
「鍋……ダークエルフたちも作ってたわね。向こうは肉がメインだけど、こっちは山菜、魚が多いわ」
テッサ、トーラスは『淡雪鍋』という魚と山菜の鍋を注文。俺は『肉鍋』を注文し、イェランはまだ酒が抜けないのか『しっとり鍋』を注文した。
しっとり鍋……白菜とネギだけの鍋だ。すっごくシンプルで味も薄そう……でも、酒で酔った身体にはちょうどいいのかもしれん。
鍋をつつきながら、俺はテッサに聞いた。
「なあテッサ。俺んとこに来てどうだ? というか……臨時バイト、研修みたいな扱いなのに、仕事あんまりしないで、温泉とかでリラックスさせちまってるけど」
テッサは、山菜をハフハフしながら頬張る。
「あふ、あふ。そんなことないでふよ、師匠の教えや生活、すっごく勉強になります。それに、あふ……もぐもぐ。んぐ、スーパー銭湯では師匠のアイデアで新しい魔道具が生まれましたし、そのお手伝いできただけでも、すっごく勉強になりました。あふ」
「そうか。そう言ってくれるなら、俺としてもファルザンやクレープスに顔が立つ。俺のところを出た後は、ファルザンのところで本格的な魔道具製作の修行に入るんだよな」
「はい。師匠のところでは、『日常的な魔道具技師の生活』について、しっかり学べたと思います。よく食べてお酒飲んで、仕事は時間を決めてぴっちりと。あと仕事場はまめに掃除をするってこともわかりました!!」
「お、おう」
まあ、間違ってはいないけど……こう、技術的なもんとか。いやまあ、別にいいか。
トーラスはクスっと微笑む。
「ファルザンと、クレープスね。あの二人ならゲントク以上に、あなたを育ててくれるわ。きっと、百年後くらいにはあなたも独り立ちして、立派な魔道具技師になれるわよ」
「そ、そんな。えへへ……ありがとうございます。トーラス様」
テッサは照れていた。
イェランは、しっとり鍋を完食。物足りないのか串焼きを追加注文し、酒はいらないとか言ったくせにエールを注文して飲みながら言った。
「っぷは!! ねえテッサ、ファルザン・リブラ様のところ行く前にさ、アタシのところにも来なよ。アレキサンドライト商会の仕事っぷりも見て損はないと思うよ」
「わあ、いいですね。でも、いいんですか?」
「気になるなら、俺からサンドローネに言っておくぞ? 断りはしないだろ」
「やった!! じゃあイェランさん、お願いします!!」
テッサは成長したと思う。まあ……飲み会や温泉を通して、友達も増えたようだしな。
俺も、できる限り力になるとするか。まあ、正社員としての雇用はしないけどな!!
さて、今日はまだまだ食って飲むぞ!!
◇◇◇◇◇◇
翌日。
俺は別荘の温泉でのんびり過ごしていた。
「はぁぁ~……やっぱ家の温泉が一番だぜ」
今日は一人だ。
テッサたちはレレドレ観光へ行った。けっこうな雪が降り始めたけど、むしろそれが新鮮で楽しいらしい……若いっていいねえ。
風呂から上がり、浴衣を着てリビングルームでくつろぐ。
エールを飲み、大福やきなこを撫でたり、新聞を読んだりして過ごしていると。
「にゃああー」
猫の鳴き声と共に、インターホンが鳴った。
玄関に行くと、そこにいたのは。
「おっさん、遊びに来たよー!!」
「……おじさん、遊ぼう」
「ふふ。おじさま、だらしない恰好ですわね」
「まったく、レディの前でそんな恥ずかしい恰好しないでよね」
「にゃああ」
『もぁぁぁ』
「こんにちは、ゲントクさん」
ロッソ、アオ、ブランシュ、ヴェルデ。
ウォンバット……じゃなくてテプロドトンを抱っこしたユキちゃん、スノウさんか。
俺は首をコキコキ鳴らして言う。
「おおう。お前らみんな元気だな。まあゆっくりしてくれ」
「そーじゃなくてさ、お出かけしようよ。すっごくいい温泉見つけたんだ~!!」
「……い、いい温泉?」
酒豪風呂じゃないよな……いやまさかな。
微妙に警戒すると、アオが言う。
「『どろどろ温泉』っていう泥の温泉。すっごくお肌がすべすべになるんだって」
「ど、どろどろ温泉?」
泥の温泉……そういや地球でもあったな。
あそこ、男女混浴だったけど……まさか。
「うふふ。お風呂の一つを貸し切りにしましたの。みんなで入れる温泉なので、おじさまもぜひ」
「……混浴だけど、ゲントクはまあ、不埒な男じゃないって知ってるしね」
「こ、混浴かよ……」
またこういう役回りか……男女混浴でラッキースケベなんて、異世界系鈍感ハーレム野郎がやるべきイベントじゃないのか? 俺、そういうのお断りなんだけど……まあ、なんだかんだでラッキースケベは発生しているけどね。
すると、ユキちゃんが言う。
「にゃあ、おじちゃん。いっしょに行こう」
「うぐ……」
『もああ』
『うにゃ』
いつの間にか大福が足元にいて、テプロドトンのエリザベスと身体をこすり付けあっていた。しかも白玉も交じってるし。
『にゃああ』
「ゲントクさん、大福さんが『新入りと話をする。お前は風呂に行ってこい』と……」
「し、新入りって」
『もあぁぁ』
て、テプロドトンかよ……猫とウォンバットが何を話すんじゃい。
エリザベスを連れ、大福はリビングルームへ行ってしまった……っていうか、会話できるのか?
「……おじさん、行くしかないね」
「……わかったよ。じゃあ、着替えてくる」
というわけで、俺は着替え、ロッソたちと『どろどろ温泉』へ行くのだった。
◇◇◇◇◇◇
どろどろ温泉。
外観は木造りの立派な宿屋っぽい建物だ。中に入るとまさに旅館っぽく、大きな受付があり、そこでおかみさんが受付をしてくれた。
年長者である俺に割符を渡して説明する。
「お客様は『一の湯』の貸し切りです。ふふ、当館は混浴なので、気兼ねなくお過ごしくださいね。それと、泥湯は飲んだり食べたりできないのでお気をつけて。お肌に塗りこむと美容、美肌効果が得られますよ」
「なるほど!! 楽しみですわ~」
ブランシュが一番興奮していた。
ヴェルデも「美肌、いいわね!!」と興奮、あんまり興味がないのかロッソとアオは聞き流し、スノウさんはユキちゃんを抱っこして聞いていた。
受付を追え、脱衣所へ。
混浴なので仕切りはない……うーん、どうすべきか。
「アタシ、いちばーん!!」
うおお、ロッソが豪快に服を脱ぎだした!!
俺はすぐに背中を向ける。
「……おじさん。見ちゃダメね」
「ふふ。信じていますわ」
「……見たら怒るから」
「にゃあう」
「ユキ、こっちおいで」
衣擦れの音がする。
俺は背中を向けたまま脱衣所の隅っこにしゃがみこんで待つ……すると、浴場のドアが開く音がした。
「ゲントク、もういいわよ」
ヴェルデの声、恐る恐る振り返ると、浴場の引き戸からヴェルデが顔を少しだけ出していた。
「じゃ、行ってるから」
「おう。てか……やっぱ俺、一緒じゃないほうがよかったじゃね?」
「私もそう思ったけど……浴場見たらどうでもよくなるわ。じゃあね」
ヴェルデが行ってしまった。
俺は服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて浴場へ。
恐る恐る引き戸を開けると、不思議な香りがしてきた……なんだろう、粘土みたいなニオイ。
「……ああ、そういうことか。てか、思った通り」
どろどろ温泉。
四方は壁に覆われ、大きな岩の天然浴槽が一つある。
お湯は完全に濁っていた。濁り湯というか……泥が溶けだしたような色だ。
ロッソたちがいた。
「あ、おっさーん!! んふふ、見てみて、見える?」
「見えないっての。なるほどな……混浴OKってのはそういうことか」
ロッソは、全身に泥を塗りたくり、素肌が全然見えなかった。
湯船に入ると、足元がぬかるむ……やっぱりここ、地面が岩じゃなくて泥なんだ。
俺は座り、自分の身体に泥を塗りこんだ。
「あぁん、気持ちいいですわ~」
「ほんとにね~……この泥、あったかいし、なんかいい香りするし、クセになる~」
ブランシュ、ヴェルデも全身に泥を塗りたくっていた。
ブランシュなんて顔にまで塗り込んでる……泥パックみたいだ。
「……すごいですね」
「スノウさん、背中塗るね」
「あ、すみません。ありがとうございます」
す、スノウさんは……うん、泥まみれだけど、凹凸激しいボディのせいか泥まみれが逆にエロい。アオは……うん、かわいい。
「にゃああ」
「おっと、ユキちゃんか」
ユキちゃんがスイーッと泳いできた。
俺はユキちゃんを抱っこする。
「ほら、ユキちゃんも泥で綺麗になろうな」
「にゃあう。どろどろ、きもちいいー」
俺は泥を掬い、ユキちゃんの背中や尻尾に塗り込んだ。
お湯の温度もややぬるめ……ずっと入っていられる気持ちよさだ。
「にゃああ、おかあさん」
「ゲントクさん、すみません。ユキ、おいで」
「……おおう」
スノウさん……泥で身体を隠しつつ俺の元へ。
そのままユキちゃんを受け取り、抱っこする。
「ふふ。ユキもきれいになったわね」
「にゃうう」
「……おじさん」
「え、うおっ」
スノウさんを見ているのがバレたのか、アオがジト目で俺を見ていた。
「……おじさん、胸大きいの好き?」
「え? ああいや、ははは」
アオが、泥で隠された自分の胸を見せてきた……あれ、なんかデカいな。
「むう、もっと大きくしたい……おじさん、胸を大きくする魔道具、つくって」
「……ははは、アオはそのままが一番いいぞ!!」
とりあえず、俺は無難な言い方をして逃げるのだった。
どろどろ温泉……美肌とかには興味がないけど、かなりいいお湯だった。






