独身おじさんとアルバイト①
さて、雨も止み、今日は夏真っ盛りの快晴だ。
十月までは暑い……とりあえず、今日は久しぶりに事務所の掃除かな。
コーヒー豆、来客用の茶菓子を手に家を出て職場へ。
ドアを開けると……うわあ、ちょっと埃っぽい。
「掃除しなきゃなあ……」
窓を全開にして、二階から掃除開始。
事務所の掃除から。机を拭いて、魔道具のチェック……冷蔵庫の魔石交換しないとな。エアコン、ロッソたちのと同じ素材で作ったから、ここのエアコンも作り直しだ。
事務所の次はトイレにシャワー室、台所だ。こっちも徹底的に掃除。
そして宿泊部屋。布団を干し、掃き掃除と拭き掃除。
一階の作業場も掃除掃除!! 埃を徹底的に払って追い出し、綺麗になった。
地下……こっちはもとから埃っぽい。まあ、とりあえず掃除掃除!!
掃除開始から半日後、布団を取り込んだ。
綺麗になった事務所のソファに座り、俺は作ったばかりの麦茶を飲む……異世界の麦で作った麦茶、味がすごく濃くてうまい。
「さーて、掃除も終わったし、明日から仕事再開だ。今日は飲みに……」
そこまで言うと、カンカンと階段を上る音が聞こえて来た。
しまったな……一階開けっぱなしだ。一階に俺がいないから事務所の方に来たのか?
とりあえず、今日は休みだと言おうと思っていると。
「……入るわよ」
「あれ、クレープスかよ」
なんと、『蟹座の魔女』クレープスと、その護衛トモエだった。
俺は頭に巻いていたタオルを外す。
「悪いな、今日は休みで明日からなんだよ」
「好都合ね。あなた……以前、私が言ったこと、覚えてる?」
「……墓参りのことか?」
「その次」
「……えーと」
なんだっけ?
考え込んでいると、クレープスが指をパチンと鳴らす。
すると、ドアの傍に誰かいたのか入って来た。
「アルバイト、だったかしら」
「……あ」
思い出した。
以前、こいつが飲みに来た時、仕事を見せてやってほしいとかなんとか言われたっけ。
雨続きですっかり忘れていた。
俺は、クレープスの隣でガチガチに緊張しているっぽい女の子を見た。
「その子が?」
「ええ、そうよ。エルフ族で、私の知り合いの孫娘。この若さで魔導文字をいくつか発見してね……見込みがありそうだからと相談を受けたの」
「へえ……」
「名前は、テッサリオン。テッサと呼んであげて。テッサ、ご挨拶」
「は、はい!!」
テッサリオンことテッサは、すごい勢いで頭を下げた。
「は、はじめまして!! エルフリア精霊国から来た、テッサリオンです!! く、クレープス様のご紹介で、お世話になることになってました!!」
緊張してるのか、言い方がおかしい。
テッサ。長い銀髪をポニーテールにして、民族衣装っぽい胸元が開いた服を着てる。背中とか丸見えで、スカートというかパレオみたいなの巻いている。
髪の色、クレープスと同じ色だ……あれ?
「なあクレープス。テッサの髪の色、お前と同じだな」
「……よく見てるわね。さすが魔道具技師」
「それ、関係あるか?」
「ふふ。関係ないかもね……あなたの指摘通り、この子は私たちに連なる血筋よ。知っている? 私たち十二星座の魔女世代のエルフ族は、白銀の髪に黄金の瞳を持つ『エルダーエルフ』と呼ばれる種族。今のエルフ族は、比較的若いエメラルドグリーンの髪と瞳を持つ『エルフ族』よ。森ではなく山に住むエルフは黒髪黒目の『ダークエルフ』とも呼ばれるし、信仰深い『ハイエルフ』という魔力が高い灰髪灰目の種族もいるわ」
「いろいろいるんだな……」
「ええ。エルダーエルフは、私たち十二人の他に、数えるほどしか残っていないわ。この子は、エルダーエルフの子孫ね……今はもう普通のエルフだけど、この子だけ先祖返りで、私たちと同じ銀髪金目で生まれたの。だから、私に話が来たの」
説明長くてごめんね……じゃなくて。
テッサは、俺とクレープスを交互に見ながらモジモジしていた。
クレープスがテッサの方にそっと触れ、「さ、説明を」と言う。
「あの、ゲントク様……私、故郷では浮いた存在でして、ファルザン様や、ラスラヌフ様と文通する生活を送っていました。ポワソン様からも魔導文字について習ったり、外の世界で魔道具のことも聞いたりして……いつか、私もなんて考えてました」
「それで、ファルザンに弟子入りか」
「は、はい。クレープス様にご相談したら、まずはゲントク様のもとで、商売について学ぶといいと」
学ぶねえ……うち、魔道具の修理がメインなんだよな。
魔道具開発所だけど、今じゃ魔道具修理と自転車修理がメインになってる。まあ、俺が作った魔道具がアレキサンドライト商会で製品化してるから、魔道具開発所で間違ってないけど。
でもまあ、一度引き受けちまったしな……やってやるか。
「よしわかった。テッサ、お前をアルバイトとして雇おう。俺の仕事手伝いをしながら勉強するといい。俺も、できる範囲でいろいろ教えてやるからな」
「は、はい!!」
「……話はまとまったわね。じゃあゲントク、あとはよろしくね」
クレープスが言うと、トモエが持っていたカバンをテーブルに置いた。
「じゃ、一か月後に、ファルザンと迎えに来るから」
それだけ言い、クレープスは出て行った。
残されたのは俺、そしてテッサ。
えーと……バイトなんて雇ったことないぞ。俺も実家の電気店がバイト先みたいなもんだったし、外でのバイトなんてしたことない。しかも若い娘……うーん。
「テッサ、ところで……どこに住んでるんだ?」
「え? いえ、今日エーデルシュタイン王国に来たばかりです」
「え……」
テーブルの上のカバンを見る……うん、お泊りセットだなこりゃ。
「あ、あ~……住むとこと、決まってんのか?」
「いえ、何も……今日、ゲントク様のところへ行くとしか」
あ、あの野郎、クレープス……全部俺に丸投げかい。
落ち着け。異世界系、ハーレム系ラノベを思いだせ。
俺の家……いや絶対無理。宿なし系主人公がヒロインの家にお世話になるとか、出会って一年以上経って信頼関係があっても無理。
あ、そうだ。
「じゃあ、ここに住むか? 一応、客間もシャワーもあるけど」
「いいんですか?」
「ああ。その代わり、掃除は自分でやってもらうぞ」
「はい!!」
というわけで、荷物を宿泊部屋へ……今日、掃除してよかった。
そのまま、軽く職場内を案内する。
「ここがシャワー、あんまり使ってないけど、綺麗に掃除したから好きに使ってくれ。んでこっちがトイレで、こっちがキッチン。デカい冷蔵庫もあるから、食材とか買って自分でメシ作ってもいいぞ。そして一階……」
一階に降りると、テッサは「わぁぁ」と目を輝かせた。
「ここが作業場だ。魔道具の修理、それと開発なんかを行ってる。そこの扉からは地下へ行ける。地下には素材や魔石用の金庫なんかが置いてある。等級の高い魔石は、金庫に入れてしまってあるんだ」
「なるほど……勉強になります、ゲントク様」
「あ、ああ。あと……そのゲントク様っての、やめてほしいな」
「では、何とお呼びすれば?」
うーん……さん付け、が普通かな。
考えていると、テッサはポンと手を叩く。
「では、師匠とお呼びします。師匠!!」
「……ま、まあいいか」
ちょっと気持ちいいな……師匠とか。
とりあえず、仕事場の案内はおしまい。
「自分の家だと思って好きに生活してくれ。困ったことがあれば俺に言うこと。ああそうだ、今日は帰るだけだし……近くで食材買える場所とか、飲食店が多いエリアとか案内するよ」
「わあ、ありがとうございます。師匠!!」
「お、おう」
なんか照れるな……ゲントク師匠!! くぅぅ、やっぱ恥ずかしいかも!!
とりあえず、誤魔化すように咳払い。
すると、テッサが頭を下げた。
「改めまして……師匠、これからよろしくお願いします!!」
こうして、俺はエルフの少女、魔道具技師見習いのテッサリオンことテッサを、アルバイトとして雇うのだった。






