まだまだ暑い
さて、久しぶりにエーデルシュタイン王国に戻って来た。
俺の家の前で降ろしてもらい、解散。
久しぶりに家に入り、大福ときなこ、バニラを家の中へ。
家に入るなり、猫二匹はソファに移動し香箱座り、バニラは止まり木に移動。
俺はキッチンに向かい、コップに水を入れて一気飲み。
「あぁ~……疲れた。いやぁ、バカンスって疲れるわ」
ソファに座り、煙草に火を着ける。
「今日は飲まずに、家で……って、何もねえ。買い物……あーめんどくせえ。仕方ねえ、近くの食堂で済ませて、さっさと寝るか」
とりあえず、仕事は数日後に再開。
明日は買い物行って、職場と家の掃除して……ふぅぅ、考えるのだるいわ。
『ニャア』
『ウナァ』
『ほるるるる』
「ああ、お前たちのメシもだな。結局買い物か……」
猫用、フクロウ用のエサ……そうだ、せっかくだし行ってみるか。
「ウェンティズ食品商会……異世界のコンビニ。行ってみようかな」
◇◇◇◇◇◇
さて、ウェンティズ食品商会に行ってみることにした。
いつも行く居酒屋通りの近くに一軒あった。
見てくれは普通の商会。だが、店内はかなり広い。
広さはコンビニくらい。店内では肉野菜、薬、本、簡単な魔道具や服、下着なんかが売ってる。大きな冷蔵庫には飲み物や冷凍した肉や魚もあり、当然酒や煙草もいろんな種類がある。
「初めて来たけど……けっこうなモンがあるな」
いつも吸ってる『スターダスト』以外の煙草も売ってる。でも、こっちは普通に身体に悪い系の煙草だな……買うことはない。
俺は、伝書オウル用の練り餌、猫用のエサを買う。
猫餌、ほぐした魚やザツマイなんかを丸めて乾燥させたやつだ。カリカリみたいなもんかな……まあ、俺の作るメシのが絶対に美味いね。でも、今日はこれで勘弁してほしい。
餌と酒、おつまみを買い、せっかくなのでそのまま晩飯を食いに近くの食堂へ行こうとした時だった。
「お? ゲントクじゃねぇか」
「あれ、ヘクセン? と……」
「ああ、オレの奥さん。お前、初めてだったか?」
なんと、冒険者ギルド受付勤務のヘクセンと、その奥さんだった。
奥さん……若いし美人。三十代前半くらいだろうか。おっとジロジロ見るのはダメだな。
「初めまして。セリカと申します……主人がいつもお世話になっています」
「いえいえ。ゲントクです、よろしくお願いします」
「おうおう、世話になってねえよ、オレが世話してんだよ」
「うっせ。で、ここで何を?」
「決まってんだろ。たまには夫婦で居酒屋でも……ってな」
「そうかい。ま、邪魔しちゃ悪いな。ザナドゥの土産、明日にでもギルド持っていくからよ」
「おお、割いな……お?」
と、ヘクセンの視線が俺の後ろへ……釣られて振り返ると。
「なんだいなんだい、アンタら」
「グロリアじゃねぇか。何して……あ」
と、商業ギルド受付のグロリアも、男性と一緒にいた。
眼鏡、口髭を生やしたイケオジだ。俺よりも年上っぽいぞ。
「ああ、アンタら初めてかい。これ、うちの旦那ね」
「……どうも」
「どうも、初めまして。ゲントクです」
「ヘクセンです。どうも」
「ん? ヘクセン、アンタ……ああ!! 奥さんかい? 初めまして。グロリアよ」
「初めまして。セリカと申します。いつも主人がお世話になってます」
なんつう偶然、グロリア夫妻、ヘクセン夫妻が揃っちまった。
なんだろう……この偶然、まだ続く気がする。
「おいおいおい、ゲントクじゃねぇか」
「その声……やっぱホランドかよ」
魔道具技師のホランド、奥さんに、娘のジェシカちゃんに弟子のビンカちゃんだった。
それぞれ挨拶……いつもの飲みメンの家族が勢ぞろいしちまった。
ヘクセンが言う。
「なんだなんだ。居酒屋街の近くで、いつもの飲み仲間と家族が揃っちまったな」
「そうだねぇ……どうだい、アンタらさえよければ、飲み会するかい? 家族同士で交友深めるのも悪くないさね」
「オレはいいけどよ。ゲントクは独り身だぜ? 肩身狭いんじゃねぇか?」
「やかましい。ってか俺、ザナドゥから帰って来たばかりで、今日は帰って寝ようと思ってたんだが」
すると、ホランドが笑う。
「はっはっは!! まあいいじゃねえか。最初の一杯くらい付き合えよ」
「それ、一杯じゃ済まないパターンだな……」
こうして、結局俺は飲み会に参加してしまうのだった……ザナドゥでの出来事とか、マリンスポーツ大会とか、作った魔道具のこととか話しちまったぜ。
◇◇◇◇◇◇
「ううう……飲み過ぎた」
居酒屋から出て、俺は家に向かって歩いていた。
何だかんだで酒を飲み、しかも話が盛り上がってしまいテンションも上がってしまった……いつもの面子ならいいけど、奥さんとかダンナさんの前で醜態晒してないだろうか。
うー、もうこんなことしない……って。
「…………」
「…………あれ」
俺の家の前に、誰かいた。
二人組……両方女性だ。なんか見おぼえあるな……って。
「……あ、確かお前、クレープス、だよな」
「……ええ、そうね」
なんと、家の前にいたのは『蟹座の魔女』クレープス・キャンサーだ。予想だにしない人物が俺の家の前に……ザナドゥから帰って早々、何なんだよ一体。
もう一人は、確か護衛のトモエだったかな。ロッソが認める強者……だっけ。
すると、俺の家の塀の影から知り合いが出て来た。
「よう、オッサン。さっきぶり」
「サスケ? ってか、何なんだよみんなして……」
「いや、知り合いがいたんでな。なあ、トモエ」
「……サスケ」
え、サスケとトモエ……知り合いなの?
そういや、御庭番だっけ……まさか。
「一応、幼馴染ってやつなんだ。俺は御庭番の諜報部所属で、トモエは戦闘部隊所属。まさか、護衛依頼を受けていたとはな……トモエ」
「……別にいいでしょ。というか、仕事中に私的な会話は禁止」
なんか置いてきぼりだ……ってか帰って寝たい。
なんとなくクレープスを見ると、なぜか酒瓶を見せつけて来た。
「…………酒瓶?」
「…………故郷のお酒」
「…………ああ、うん」
「…………」
「…………えっと」
「…………」
わっっっっっかんねえな!! 何なんだよ!!
故郷のお酒。それを俺に見せつけてくる……つまり?
「……まさか、俺と飲むために?」
「…………」
「……えっと、それだけか? 厄介ごとは?」
「……ないわ」
「……じゃあ、どうぞ」
とりあえず、クレープスたちを家に入れた。
超絶わかりにくかったが……クレープス、ただ俺に晩酌付き合ってほしい的な感じて家に来ただけっぽい。どういうキャラなんだよマジで!!
◇◇◇◇◇◇
とりあえず、氷とグラス、買ったばかりのおつまみ、秘蔵の酒を出した。
サスケは言う。
「参ったな。オレとしては、偶然トモエを見かけて、オッサンの家に向かってたから、まさか厄介ごとかと様子見に来ただけなんだが……まさか、ただの晩酌誘いなんてな」
「俺も困惑してるよ……で、クレープス。マジで酒飲みだけ?」
「……ええ。私も、たまには誰かと飲みたいの」
『ナァゴ』
いつの間にか、クレープスの上に大福がいた。
トモエはチラチラとキャットタワーにいるきなこ、止まり木にいるバニラを見ている。
「とりあえず、トモエだっけ? サスケも一緒に飲もうぜ。久しぶりに宅飲みも悪くないや」
「じゃあ、遠慮なく」
「……クレープス様、よろしいのですか?」
「ええ。あなたも、トモエ」
というわけで、四人で乾杯。
というか……予想だにしていない。まさか、ザナドゥから帰った初日に、クレープスが酒を片手にウチに来るなんて。
俺は、気になっていたことを聞く。
「トモエとサスケって幼馴染なんだよな?」
「ああ。同い年でな、御庭番に入ったのも同時期だ」
「サスケ……御庭番は影の組織。ベラベラと話すのはよくないわ」
「はっはっは!! オッサンは大丈夫だよ」
大丈夫というか……機密情報知って「知られたからには死んでもらう」なんて展開にならないといいけどな……死にたくないし。
けっこう酔ってるせいか、いろいろ聞いちゃう俺。
「なあなあ、幼馴染ってさ……こう、恋愛的な感情あるのか?」
「あはは。そんなのないって。恋愛小説じゃあるまいし。幼馴染っていうより、腐れ縁って言葉のが合うよ。なあ、トモエ」
「……………………そうね」
あれ、なんかトモエの様子が……え、いやまさかね。
さすがに酔っ払いおじさんみたいな質問だったので、クレープスの方を見る。
「なあ、クレープス。直感で聞いていいか?」
「……何?」
「お前、飲み友達みたいなのいるか?」
「…………」
あ、これいないわ。
なんとなくだけど、こいつ一人で静かなバーで飲んでるようなイメージある。
「まあなんだ、飲みになら付き合ってやってもいいぞ。あと、エルフの国だけど……」
「それはまだ先。そうね……付き合ってあげてもいいわ。ふふ」
わ、笑った……今更だけど、クレープスってメチャクチャ美人なんだよな。巨乳だし、喪服っぽいドレス着てるけどそれがなんか似合うというか。
するとクレープス、グラスを傾けて言う。
「ねえ、ゲントク……あなた、腕利きの魔道具技師よね」
「そりゃ知っての通りさ」
「……あなた、弟子は取らないの?」
「ああ。必要ないし、育てたいとも思わんしな」
「……そう。ねえ、お願いがあるんだけど」
「……なんだよ急に」
警戒する俺。酔っててもそういうのには敏感になる。
クレープスは続ける。
「実は、知り合いのエルフに魔道具技師を目指している子がいてね……修行先について考えてたの。それで、あなたのところで」
「却下。俺は弟子はいらんし、育てるつもりもない」
「最後まで聞いて。修行先については、ファルザンに任せるつもりだったの。でもね……その前に、あなたのところで少しだけ学ばせてほしいの」
「えええ?」
「短期間の、弟子……ううん、あなたのお手伝いと思ってくれたらいいわ。一般的な魔道具技師が普段、どういう仕事をするのか、それを間近で見せてあげて欲しいのよ」
「……要は、アルバイトってことか」
「言葉の意味はわからないけど、あなたの言う通りだと思う」
「……期限は?」
「一か月」
アルバイトか……店は一人でいいけど、そういうのも必要になる……ならんな。
でもまあ、仕事場に従業員用の机とか一応はあるし、想定はしていた。
アルバイト……まあ、一か月くらいならいいかな。
「わかった。その代わり、今回だけだ。俺は一人でやるのが好きだからな」
「ありがとう。ちなみに、その子は女の子よ」
「……まあ、いいけど」
こうして、俺はアルバイトを雇うことにするのだった。
もしかしてクレープス、最初からこれが目的だったのかね……まさかな。