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お気に入りの雑貨屋に車で30分かけて来たら、テレビの撮影隊がいた。

作者: 宮野ひの

 お気に入りの雑貨屋に車で30分かけて来たら、テレビの撮影隊がいた。


 カメラを持った男性が一人と、スーツを着た女性が一人。その横に花柄のワンピースを着た、地方局の女性アナウンサー・佐山ゆうりがマイクを持って立っていた。三人は雑貨屋の入り口付近で輪を作り、声を抑えながら話し込んでいる。どうやら打ち合わせをしているようだった。


 私は心の中で舌打ちをした。有給を使って雑貨屋に来たのに、テレビの撮影隊がいた。カメラに映るかもという緊張感を持たなければならない事実にイライラした。息抜きで来たのに、仕事中みたいに気を張っていないといけない。出鼻をくじかれた気分だ。


 せっかく雑貨屋に来たからには、帰るという選択肢はなかった。撮影隊を横目に店の中に入る。平日だからか、思ったよりもお客さんが少なかった。


 20代くらいの女性2人組が、入り口付近をちらちら見ながら小声で話し合っている。テレビの撮影隊がいることに興奮しているのだろう。私と違って嬉しそうだ。


 きっと夕方ワイド番組『ココット』の収録だ。佐山さんがメインMCで出演している。幸か不幸か生で見るのは今日が初めてだった。想像よりも顔が小さくて驚いた。羨ましい。


 身バレ防止のために、付けているマスクを少しだけ上に移動させた。気休めでも良い。これで店内をゆっくり見て回れる。


 あっ、猫の形をしたお皿がある。かわいい。思わず手が伸びてしまう。昔飼っていた猫、ユキに似ているかもしれない。値段は500円。へぇ、そんなに高くはないんだ。良いなぁ。前に来た時はなかったから新作かな。マカロンやクッキーを載せてもかわいいかも。猫用のご飯皿にする人もいるのかな。


「ーーさて、今回はギフト特集で雑貨屋・ルナにやって来ました!」


 女性アナウンサーの快活な声が店内に響いた。


 収録が始まった。反射的に撮影隊を見た。私が今いる位置は、物陰に隠れており、おそらくカメラに映ることはないだろう。ホッ。


 雑貨屋に来た時にいつもしている幸せ妄想が、強制的に遮断された気がしてイライラした。気を取り直して、別のお皿を見ようとしたけど、どうしても撮影隊が気になった。今日の服、変じゃないだろうか。髪の毛をまとめてないから野暮ったく見えるだろうか。女性アナウンサーにインタビューされたらどうしよう。などと、マイナス思考が止まらなかった。


 こんなに感情を揺さぶられるなら家に帰った方が良いかもしれない。けど、せっかく雑貨屋・ルナに来たからには、お気に入りの紅茶だけは買って帰りたい。私は撮影隊を意識しながらも店の奥にゆっくりと移動した。


 あった。お気に入りのミルクティーバッグ。在庫もたくさんある。まとめて買って帰ろうかな。


 いつもなら他の味もゆっくりと吟味して選ぶところ、今日はミルクティーバッグだけを数個手に取りレジに向かった。幸い誰も並んでいなかった。


「ーーお会計は2,200円です」


 レジの店員さんに言われて、焦るように現金で支払い、800円のお釣りを貰った。商品が手渡されるまでの時間が長く感じた。じれったい。


「店内にはかわいいぬいぐるみも置かれています。プレゼントにもぴったりですね!」


 アナウンサーの声がひときわ大きくなった。だいぶ近くに来ているかもしれない。


 雑貨屋を急いで出ようとした。撮影隊と、ばったり出くわさないように、細心の注意を払った。あえて遠回りしながら、コソコソと出入り口に向かう。


 自分のことしか見えてなかったからかもしれない。


 棚の陰に隠れた私は、同じく棚の陰に隠れた女性アナウンサーと出くわす形になった。


 まるで少女漫画のヒロインが、曲がり角でヒーローにぶつかるような運命的な出会いだった。女性アナウンサーも、棚の陰から人が飛び出てくるとは思っていなかったようで面食らっていた。一瞬、時が止まったように感じた。


 あっ、カメラ。


 女性アナウンサーの隣にいた、カメラを持った男性に目が向く。あっ、これ完全に映っている。テレビで放送される奴だ。


「すいません。急いでいるんで」


 引き止められてもいないのに、焦りから、よくわからないことを言ってしまった。恥ずかしくて、相手の顔も見ずに、すぐにその場から立ち去った。


 雑貨屋を出て、自分の車の場所まで行く。カバンから鍵を取り出す手が震えた。本当に早く、家に帰ろう。





 夕方のワイド番組『ココット』が始まるのを、ソファーに座り、今か今かと待っていた。雑貨屋でカメラを向けられたので、もしかしたらVTRに使われているかもしれないと思ったからだ。この目で見るまで安心できない。


 あっ、始まる。


 『ココット』のタイトルロゴが出てきた後、先ほど会った女性アナウンサーと、男性アナウンサーが並んで立っていた。顔に笑みを浮かべて「こんばんは」と挨拶をする。


 番組は進行通りに続いていく。いつコーナーが来るかわからなかったので、トイレに立つこともできず、食い入るように画面を見つめる時間が続いた。


 番組が始まって20分経った頃、『ときめき街ブラ探検隊』というコーナーが始まった。「ーー今回はギフト特集です」との説明が出た途端、心臓がドキンとはねた。これだ。


 まず初めに、雑貨屋・ルナの風貌が映る。続いて、店内をゆっくりとカメラワークが移動する。


 女性アナウンサーがぬいぐるみを触って紹介をする。私が今日見た、お皿はおすすめギフトランキングの一つに選ばれていた。


 店内にいた20代くらいの女性2人組がインタビューに答えていた。友達にプレゼントを選ぶ時によく来るそうだ。今日、会計してくれた店員さんもテレビに映っている。雑貨屋・ルナの歴史について簡単に説明してくれた。10年前にオープンしてから、これまでたくさんのお客様にご来店いただいたそうだ。


「ーーということで、皆さんも大切な人に、日頃の感謝を込めてプレゼントを贈ってみてはいかがでしょうか」


 女性アナウンサーの言葉で『ときめき街ブラ探検隊』のコーナーは締められていた。もちろん、私がVTRに映ることはなかった。


 ほっとした。当たり前だ。テレビに使われるには、本人のサインがいるからだ。私は、不意打ちでカメラに映っただけに過ぎない。動画編集の段階でカットされていることだろう。


 外は暗くなっていた。私はカーテンも閉めずに、テレビに夢中になっていた。


 ホッとしたら、急にムカついてきた。私のドキドキを返せ。むしろ映像に使われていても別に良かったかな〜なんて思ったほどだ。人は安心できる立場にいたら、理不尽なことも考え出す。


 せっかくの平日休みはゆっくりできなかった。けど、雑貨屋に撮影隊がいたことをきっかけに、擬似的なドキドキ体験ができた。


 そうだ、今日買ってきたミルクティーバッグでも飲もうかな。まだまだ休みは終わってはいない。これからは自分の時間に使えば良い。少し冷えた体を、じんわりとあたためてくれるだろう。

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