覚悟
――次の日
「カラリアっ、大変だ!!」
「どうしたの?」
朝ご飯を食べていると急にドアを叩きながら叫ぶ声が聞こえてきた。
「おはようございますアルさん。そんなに急いで……カラリアになにか?」
「あぁ、大変なんだ。セルディアから知らせが来てな」
アルさんはこのバスプラの代表的な存在だ。ヒゲがはえていて歳はまあまあ経っているけど、普通に毎日走っているらしい。
「おはようございます!」
「おはようカラリア」
そういうと、アルさんは家の中に入るとお母さんから紅茶をもらい咳払いをした。
「これからこの町に魔風の獣がやってくる。」
「……魔風獣!?」
魔風獣とは獣が強い魔素を吸うことによって、自身がコントロールできずに暴走してしまった獣だ。
そもそも、魔素というものは魔力の源になる元素のようなもので空気や地面、自然など様々な場所にあふれている。今の研究では太陽が当たる場所。つまり、どこにでもあるとされているがその関係性はまだわかりきっていないようだ。
そして、魔素が強い場所はめったにない。あるとすれば森の深いところや海の中など、本来は問題なく風に流されることや海流が発生することでこの世界を循環していくのに関わらず、吹きにくくなった場所に魔素が固まると強い濃度をもってしまう。
「魔風獣って強い魔素によって魔力が暴走してしまって、こびりついた魔素を流すために風のように現れては破壊を繰り返す化け物のことよね?」
「そうだ」
「それが町にくるんですか?」
お母さんも私も信じられないという顔をしていた。
「だってこの町に現れたことなんてないのに」
「この町の近くにある森は隣国との境だし、あっちの国の研究都市が魔物の引き寄せる罠がある」
アルさんは喉に紅茶を入れて潤しながら口を開く。
「だから、大体はあっちが引き受けてくれるんだがな。あいにく、今回ばかりは上手くいかなかったようだ。」
「なるほど」
となりの国というのは産業が発達していて魔力道具を生活に取り入れている国だ。そして、セルディアとは仲が良く友好的にしている。
そのため、毎回文句を言う事もなく引き受けてくれて研究も一緒にしてくれているらしい。
「今回は風向きが悪くなったということだ」
この町に魔風獣は来ることはなかったが……今回は異例のようだ。
「隣国やこちら側からも支援は来るらしいが、それでは全く間に合わない。」
「つまり……私の娘を出せと?」
そう言うとアルは静かに頭を下げた。
「頼む。今、対抗できるのはカラリアしかいないんだ。」
「……私にしかできない」
「そんなっ。まだカラリアは15歳よ。何かあったら」
確かに少し魔力が使えるだけの私にはどこまで出来るかは分からない。
でも、ここでいたらこの町に被害が出るのは確実だ。
「私はこの町を。愛してくれた皆を守りたい。」
「だめよ、カラリア」
「行く!! きっとここでいても戦わなきゃいけないし、その前に足止めできるなら」
「死ぬかもしれないのよっ!!!!」
お母さんは私の袖を引っ張った。お母さんの気持ちはよく分かる。でも、私はこの恵まれた力を今使わなかったらきっとずっと後悔する。
「大丈夫。絶対に生きて帰るから。勿論、今までとは全然違うって分かっているけど、この町を失うのは絶対に嫌だから」
「カラリア、」
「勿論支援は町の者達を総動員して行っていく。皆がカラリアに恩があるんだ。逃げ出す奴も死なせるやつもこの町にはいない。」
「皆でこの町を守りたいです」
お母さんはうつむきながらに、小さくうなずいた。
「わかったわ。ちゃんと生きて笑顔で帰ってくること。いい?」
「うん、もちろんだよ。お母さん!!」
――そして
より活発になると言われる月の出る頃まで、アルは男達を集め作戦会議をしていた。
町の者は物資を運んだり、ロウソクを使って光りを灯したり、塀を急いで作っていく。長期戦になっても生き残れるように。援軍が来るまでの間できるだけ長く持つように。
なんとしてもこの町と人を守る。
それが私達の想いの全てだった。
「カラリア、元気に帰ってくるんだよ。おばあちゃん、祈っているからね」
「帰ってきたら、私の店のもん全部持っていってかまわない」
「ありがとう。もちろんだよ」
そして、私は手に魔力を練るようにしてワンコロを作りだした。大きい毛並みをしたワンコロはいつもと代わることなく頬ずっていく。
「ねぇ、ワンコロ力を貸してほしい」
「ワンッ」
「――カラリア!!」
ワンコロをなでていると、ある人影が姿を見せた。
「おい、聞いたぞ。本当なのか!?お前が前に出るって」
ボサボサした茶髪の少年は私に掴みかかるように向かってくる。
「ちょっと話しを聞いてよシグル!」
その途端、向かいかかってくるシグルにワンコロが飛びかかる。
「ちょっ、おまっ毎回毎回飛びつきやがって」
「ワンワン!!」
ワンコロはシグルの殺気だつような気を奪うようにペロペロとなめ回した。
「あーもう!! カラリア、これなんとかしてくれっ」
「はいはいワンコロ。そんなに舐めたらだめよ」
私は、覆い被ったワンコロを引っ張りビチョビチョになったシグルに水をかぶせた。
「冷たっ、なんでもかんでも水かけりゃ良いわけじゃないんだからな!! ったく……いつもお前は」
このうるさく文句を言ってくる男はシグル・プス。アルさんの息子で年は私より一つ下だけど、小さい頃から一緒に遊んでいて馴染みのような存在だ。
「で、なによ」
「そうだった。お前、本当にそれでいいのか?」
「なんのこと?」
「だから、魔風獣に戦いにいくなんてどれだけ危険なのか分かっているのか!?」
「分かっているわよ、私だって怖いに決まっているじゃない。普通、セルディアの防衛部隊が戦うものなのも分かっている。でも、ここで魔力を持っている私が逃げたら駄目じゃない」
「確かに、お前が出るから皆も士気が上がった気はする。っでもよ……」
「今日の夜にはもう来るの。やるしかないの。大丈夫よ、誰も死なさずこの町を守ってみせる」
言い切ると、私の手が震えていることに気づいた。
魔風獣と戦うなんて死にいくようなものかもしれない。でも、私の心にはこの大好きな場所だけは失いたくないという強い気持ちだけは代わらなかった。
「……わかったよでもお前一人じゃないのは忘れんなよ。」
そういうと、シグルは剣を鞘から出した。
「俺はこれで戦う。」
「えっ、危ないわよ。魔力もないのに……」
「魔力がなくても戦うんだよ。俺らだってお前と気持ちは同じだ。」
そういえば、アルさんは刀匠としても有名な武器屋だと聞いたことはあった。
でも、いつもシグルは木刀を振り回していたからあまり実感がない。
「俺はこれでも、技術だけならセルディアにいけるくらいはあるんだ。」
「えーほんと?」
「ほんとっ!!」
シグルはそう言いながら、剣を鞘に入れる。
「これでお前を守る。お前だけに行かせるものか」
「それは心強いわね。少し前までは町中に響くような声で泣いていたくせに」
「うっせ。もう泣くかよ。あのおっさんがうるさいだけだし。」
「ふふっ」
不機嫌そうなシグルを見て、私は吹き出すように笑っていた。
「なんだよっ」
「別に、なんか面白いなーって」
でも気が軽くなった気がする。私は、笑いを抑えてシグルを真っ直ぐ見つめた。
「なんだよ」
「頼りにしてるから」
「あぁ、任せろ」
私達がそう意気込んでいると日が落ちていく。
どこからかの鳥の声が長い夜の始まりを知らせた。




