>> 中編
「ミレニア・セルス侯爵令嬢!
私は貴女との婚約をこの場で破棄する!!」
学園の卒業式が終った会場でそう叫んだこの国の第一王子に場は騒然となった。
メロディーはこの時ただエイドリックたちに囲まれていた。それで良いとエイドリックたちに言われていたからだ。
『何も心配いらないよ。全て上手くいく。
みんなで幸せになるんだ……』
そう言って微笑むエイドリックに見惚れながら、メロディーはただ頷きみんなを信じて全てを委ねた。
だから卒業式で起こった暴挙にメロディーは当事者であって当事者ではない面持ちでただもうエイドリックたちの言葉を肯定するしかなかった。
「ミレニアは私の寵愛を受けたメロディーに嫉妬し、自らの立場を利用して人を使いメロディーを陰湿に虐めた。そしてそれだけでは飽き足らず、メロディーに暴漢を差し向けて彼女の尊厳を傷付け、そのまま亡き者にしようとしたのだ!!
その所業は許せるものではない!!
未来の国母となる女とは思えぬ浅ましさだ! 恥を知れ!!」
エイドリックは怒気をはらんで言い放つ。その言葉にメロディーは内心目を白黒させていた。
全部初耳だったからだ。
虐められた記憶もない。
令嬢たちにキツく当たられはしたがそれは仕方が無いと受け止めていた。それを虐めとは思っていないし、言葉がキツいだけで虐めだと思う程メロディーは弱くはない。
しかしそんなメロディーを気にすることなくエイドリックやセルジュたちがミレニアたちがメロディーを虐めたと言い放つ。ロンゼンが証拠だと紙の束を持ち出したりアルドーナが剣を持ち出してミレニアたちを威嚇したりした。
メロディーはそれらをただ怯えて見ている事しかできなかった。
何かが動き出してしまったと、それだけが分かった……
「わたくしにはどれも身に覚えのない事です」
ミレニアが凛とした姿勢ではっきりと否定する。
セルジュたちの婚約者たちも口々にハッキリと否定した。
「婚約破棄を受け入れます。
しかし、その理由はそちら側の不貞行為が理由です。全ての証拠も証言も集めております。
この国では婚姻前に妾を作る事は許容されてはおりません」
「メロディーは妾などではない!
私の伴侶! 未来の国母となる女性だぞ!!」
「エイドリック第一王子殿下。
殿下はいつ王太子になられたのですか?」
「なっ!? 不敬だぞ!!」
メロディーはエイドリックに肩を抱かれながらただエイドリックとミレニアのやり取りを聞いていた。エイドリックの初めて見る姿と声の大きさに驚きしかない。
ただ訳が分らないままに話が進み、卒業式にお忍びで参加されていた国王陛下が出て来て会場は更に混乱した。
気付けばメロディーは騎士たちに囲まれて会場を出され、エイドリックとは別の馬車に乗せられた。メロディーと一緒にロンゼンとアルドーナが居た。
ただ怯えるメロディーに二人は優しく寄り添う。
「大丈夫だよメロディー。後はもう怖いことなんかない」
ロンゼンが微笑む。
「俺たちが居る。
信じて待っていてくれ」
メロディーの手を握って力強く頷くアルドーナに、メロディーはただただ困惑した微笑みを浮べて答えるしかできなかった。
──ねぇ? 何が起きてるの?──
その言葉には優しい微笑みしか返っては来なかった。
◇ ◇ ◇
メロディーは数日、離宮の客間に閉じ込められた。世話や食事もあったがメロディーと顔を合わせた誰もが何も説明してくれなかった。
不安なままに日は過ぎて、ある時予告もなく父である男爵がメロディーに会いに来た。
「お父様!!」
父の顔を見た安心感から、メロディーは大粒の涙を流して父に抱きついた。そんなメロディーを父は優しく抱き止めてくれた。
だが直ぐにメロディーから体を離してソファに座らせると、自分もその横に座ってメロディーと目を合わせた。
「メロディー……私はお前が幸せになる事を願ったがこんな事を望むとは思ってもみなかったよ……」
父の言葉にメロディーは困惑する。
「何の事? ねぇ、私はどうなっちゃうの?」
「大丈夫。誰も敵じゃない。寧ろ皆がお前の味方だ。
今はまだ時間がかかるが全てが落ち着けばお前の望んだ通りになるよ。
殿下が……いや、もうそう呼んではいけないのだったな。
エイドリック君が、みんながメロディーを幸せにしてくれると言っていた」
「え?」
「お前がどこに行っても、誰と居ても、お前は私の子だという事は変わらない。もう会えないかもしれないが、私も妻も、お前の義兄も、皆お前の幸せを願っているよ。
メロディー、遅くなったけど、卒業おめでとう。
幸せにな……」
「お父様……?
何を言って」
メロディーが聞き返そうとしたその言葉を遮る様に離宮付きの侍従が男爵の退室を促して、男爵は後ろ髪を引かれる様にメロディーを悲しげな目で追いながらも最後は小さく微笑んで部屋から出ていってしまった。
メロディーは「待って、まだっ……」と追い縋ろうとしていたがメイドに遮られて父を追う事ができなかった。
何で何で何で???
最後の別れの様な言葉にじわりじわりと恐怖が湧き上がる。メロディーを置いて何かが進行しているのにそれを誰もメロディーに教えてはくれない。
「ねぇ?! リックに会わせてっ!? ルジュでもいいわ! ロンでもアルでもいいから、誰かに会わせて?!
ねぇ?! 誰か私に説明してよっ?!
私、どうなっちゃうの?!」
半泣きになって騒ぐメロディーにメイドが困った様に微笑んだ。
「大丈夫で御座いますよ、お嬢様。
エイドリック様たちが『全部上手くいく』と言っておられました。
お嬢様は安心してお待ちくだされば、きっと理想通りの生活が待っておりますわ」
フフフ、と妖艶に笑うメイドにメロディーは何故か空恐ろしいものを感んじて自分の体を両腕で抱いた。
幸せに…………
みんなで幸せに…………
本当に…………
5人で幸せになれるの…………?
◇ ◇ ◇
離宮に閉じ込められて更に数日後、メロディーは遂に外に出られた。
でもそれも直ぐに馬車に押し込められる。
しかしその馬車の中にはエイドリックが居た。
「リック!? 会いたかった!!」
涙を流して飛びつくメロディーをエイドリックは強く抱き締めて再会を喜んだ。
「ねぇ何が起きてるの? 誰も私に教えてくれないの!?
リックがなんでもう殿下って呼ばれてないの?! これから何処へ行くの?! なんでお父様は最後のお別れみたいな事を言ったの?! 私これからどうなっちゃうの?!」
わんわん泣きながら問いただすメロディーにエイドリックは困った様に笑いながらもその体を優しく抱き締めてメロディーをあやす様にその耳元に囁く。
「不安にさせてゴメン。
でももう全部終わったんだ……これから私たちを邪魔するものはもう何もないよ。ただずっと、5人で幸せに暮らせるんだ。やっとだ……やっとだよ、メロディー……」
「5人で……?」
不安げに聞き返すメロディーにエイドリックは本当に幸せそうに微笑んだ。
「あぁ、5人で、だ。
先にルジュもロンもアルも私たちの家に行っているよ。これからはずっと一緒だ。
あぁ、早く、早く皆と一緒になりたいなぁ……私はこの時をずっとずっと待っていたんだよ……」
メロディーのおでこに優しいキスをしながら幸せに酔った様にエイドリックが呟く。
優しく抱き締められながらメロディーは胸の中に湧き上がる不安を拭えなかった。
──ずっと、って……いつから?──
何故か怖くて聞けなくて、メロディーは抱きしめられているのに何故かずっと冷えたままの指先を見つめた。