カムロンの本性
嘘だ。カムロンが大臣と繋がっていただなんて信じられない。
でも、声も顔も間違いなくカムロンだった。
呼吸が段々と早くなる。落ち着かなければいけないのに。
「こんなところにネズミが入り込んでいるな」
「そうですね。まったく……でてこい!」
僕は意を決して地下通路に飛び出す。
「カムロン……まさかあなたが裏切っていたなんて……」
カムロンは僕の呼びかけに何も言わない。
「なんとか言えよ! カムロン!」
僕がカムロンに向かって声を張り上げると、返事をしたのはカムロンではなくガフィルだった。
「ん? こいつはさっきから何を言っているんだ? この方はこの国の第三王子、アラルコス様だぞ。まぁお前にはもう関係ないか。どうやって入って来たか知らないが、見られたからには始末するしかない。やれ!」
カムロンの横には、昼間カムロンがノエルの剣を渡していた騎士が立っていた。
騎士はおもむろに剣を抜くと、僕の方へ突っ込んでくる。
カムロンの裏切りや、呼吸が荒れていたせいで、最初の一太刀を避けるのが遅くなってしまった。
だけど……僕はその一太刀を軽くはじくと、彼を空中で一回転させ地面に叩きつけ、問答無用で両手をへし折った。嫌な音が耳に響く。
緊張下でも僕の身体は思った以上に動く。
「なんなんだ……こいつは……アラルコス様こいつをご存知で?」
「いや、こんな貧民街の奴知りませんね」
カムロンは冷たい眼差しで、無表情のままそう言い放った。
「テル、逃げるんだ。お前一人じゃ勝てない。アラルコス様この子を見逃してやってください。この子は私を助けにきただけなんです」
牢屋からノエルが僕に声をかけてくれるが、母さんの声がしない。
「カムロン! 母さんはどこにやったんだ! 答えろ!」
「テル来ちゃダメだ! 早く逃げてくれ……」
「なるほど、どうやらノエルの仲間といったところですか。でも、どうやらアラルコス様を知り合いと勘違いしていたり、頭は狂っているようですね。あっいいことを思いつきました。ブラックハンズ」
カムロンの足元に赤黒い魔法陣が浮かび上がると、そこから黒い手が何本も生えてきた。
その動きは、狭い所に押し込められた蛇のように重なり合ってうごめいている。
「テル逃げて!」
ガフィルの黒い手は、僕とカムロンにほぼ同時に襲い掛かってきた。
なんでカムロンまで?
「これはどういうことかな? ガフィル副大臣?」
「ちょうど目障りだったんですよ。あなたが表にでてこられると困るのでね。どこかで殺そうと思っていたんですが、まさかこんなにも早くチャンスがくるとは思いませんでした」
「俺の弟と父を殺しそこね、母は追放して、残った俺も殺すんですね」
カムロンはいつもと違って声が低く、いつもの明るいカムロンとは対照的で、その目は死んだ魚のように冷めている。
「えぇあなたは一番無能なので、殺さなくていいかと思ったんですが、この際だから殺しておきましょう。そうですね。筋書きは元騎士団長を助けにきた賊がたまたま居合わせた、アラルコス王子を殺害してしまったってところですかね?」
「そんな陳腐な作戦が思い通りにいくと思っているのか?」
「もちろんです」
「そうか。残念すぎるな。こんなののが副大臣をやっているのかと思うと、よく本当に潰れなかったと思うよ。遊びは終わりだ」
カムロンは拘束されていたはずの黒い手から無理矢理抜け出すと、懐から黒い瓶を取り出し、ノエルに投げる。
「ノエル飲め! それで最低限しか使えなかった魔力が解放されるはずだ」
「えっ? あっはい」
「なるほど。どうりでこの女の魔力を探しても見つからないはずです。あなたが魔力を封印していたんですね。裏切り者がこんな近くにいたとは、私も舐められたものです。その瓶を渡せ!」
なかなか力が戻らないと悩んでいたノエルの魔力は、きっと僕が最初に飲ませた薬で封印されていたのだ。それでも、あれだけ動けたりするのはさすがとしかいいようがないが。
ノエルは瓶を受け取ると、雑に口で蓋をあけ、一気に飲み干す。
彼女を中心に爆発的な魔力が広がっていく。これがノエルの本当の力……彼女が規格外の強さで騎士だけでなく、魔法騎士を作ろうとした理由がわかる。
「少し魔力を溜めすぎたか? ノエル牢屋の横の壁を思いっきり叩け!」
「クソ! 無駄だ! これ以上邪魔はさせない!」
ガフィルから伸びる黒い手がノエルを拘束しようとするのとほぼ同時に、ノエルは壁を思いっきり叩くと、そこからは一本の剣が飛び出してきた。
それは、ノエルが団長の時に使っていた剣だった。
彼女が剣を握ると、まるで空中を走るように、伸びて来た黒い手を斬り倒す。
「身体から力と魔力が溢れてくるわ」
「一種のドーピングみたいなものだからな」
「バカな……こんなことが起こっていいわけがない」
ガフィルがノエルたちに気を取られている間に、僕はこの魔法を解く方法を調べる。無理矢理ほどけそうだけど……僕の聖魔法なら根本的に消せそうな気がするのだ。
「……なんて言うと思ったか?」
ガフィルがニタニタと嫌な笑い方をすると、カムロンの足元から今度は紫色の呪いのような影が伸び拘束しながら呪印が浮かび上がっていく。
「お前がなぜその魔法を使えるんだ……!?」
その魔法は、ラキやソレーヌの呪いと同じようなタイプのものに見える。
「ほう、さすが元騎士団長。魔法騎士を育てようとしただけのことはあるじゃないか。私は力を手に入れるために、エドキナの呪いの一部をこの身体に受け入れたのだよ。この国で一番になるためにな。私以上に強くなりそうな魔術師は早めに芽を摘んでやった。悪魔に魂まで売ったんだ。あと一歩なんだ。ここまで来て、お前らなんかに俺の野望を邪魔されてたまるか!」
「そんな理由で俺の母さんを追放したのか?」
「あぁ、当たり前だろ。お前みたいな残りかすならまだしも、お前の弟、生まれながらにして天才だったからな。そんなのがまた生まれたら困るだろ? だから追放してやったんだ」
「私に濡れ衣をきせたのも……?」
「そうだ。お前が魔法騎士なんて作ると言い出したから。騎士は魔法なんて覚える必要はないんだ。頭が空っぽなんだから肉体労働だけしていればいい。魔術師に助けてもらって、頭をさげて回復してもらえばいいんだ」
ガフィルは今まで誰にも言えなかったからなのか、非常に饒舌に話をしている。
もう勝った気でいるようだけど、そう簡単に終わらせるつもりはない。
「あなたは何もわかっていない。私が魔法騎士団を作ったとしても、魔術師が必要なくなるわけじゃない。騎士が回復魔法や簡単な攻撃魔法を使えるようになるだけで、生存確率が3割あがると言われているの。それは結果的にこの国を救うことにだってなるのに」
「バカはお前だ。この国は俺だけのものだ。俺の決定にだけ従っていればいいんだよ。いずれは王様を殺して、俺がこの国を支配をしてやるんだ。最強の魔術国家を作ってやる。まぁ、その頃にはお前らはこの世からいないからな。見せてやることができなくて残念だよ」
こんなどうしようもない理由で僕たちは巻き込まれ、母さんが危険な目にあったというのか。人の上に立つ人間は本当によく選ばないといけない。
僕は拘束していた黒い手をいとも簡単に外す。
なんてことはない。ラキやソレーヌにかかっていた魔法の方が大変だった。
僕は、カムロンたちがガフィルから何か知りたいことがあるようだったから、話を聞いていただけだ。話が終われば用はない。
さて、ここからは反撃の時間だ。