地下牢にいたのは……
「あぁー本当にテルはヒドイ男だねぇ。助けに行くのに、私を置いて行こうとしていたんだろ?」
「置いて行くって、そもそもラキは関係ないじゃないか」
「関係ないわけないだろ? 私はテルに救われているんだから、このまま恩人を死地へ送り出すなんてことできるわけないだろ?」
「ポーロ……」
「俺は何もしていませんよ? たまたま元部下にお別れにいったら、たまたまラキの姉さんがいたんで理由を話したんです」
関係ないラキまで巻き込む必要はない。
「これは僕の問題なんだから、みんなは関係ない!」
「はぁ、とりあえずそこに座りなさい」
「いや」
「いやじゃない。そこにお座り」
僕はしぶしぶ地面に座る。
「いい? この街は嘘と裏切りが日常的に起こっているゴミ溜めみたいな場所よ。だけどね、だからこそ守るべき矜持ってものがあるのよ。あなたのことを死んでほしくない仲間がこれだけいるの。だからあなたに手を貸すのよ。あなたは黙って手を借りればいいのよ。わかった?」
「いや、でも……」
「でもじゃない! これは良くも悪くも今まであなたがしてきた行動の結果なのよ。みんなの命は救っておいて、自分だけ救われないなんて、そうは問屋が卸さないわよ」
「はい……」
僕はもう抵抗することを諦めた。次から次へとこんな僕を必要としてくれ、助けてくれるという人たちを断ることはできなかった。
本当は……できるなら……誰にも死んでほしくはない。
「それで、テルはどうやって城に忍び込むつもりだったの?」
「正面から……」
そこにいたメンバー全員が驚いた顔をする。
「嘘⁉」
「もしかして……バカなんですか?」
「テルさんそれは悪すぎる冗談ですね」
『どんまい』
「そんなことを言っても仕方がないじゃないか。詳しい場所なんてわからないんだし」
「正面から行って、そのまま兵士たちを全員斬り倒して、救出というイメージだったのかな?」
「そんなわけないですよ。あれだけ一人で行くって言っていたんですから、ちゃんと作戦があるんですよね?」
「そうですよ。ラキの姉さん。それはあまりにテルさんに失礼ですよ。俺の見込んだ人がそんなバカなはずないじゃないですか」
もうすでに恥ずかしくて死にたくなってきていた。
なにこのなんの作戦もありませんでしたって言えない空気感。
全員の視線が僕に集まってくる。
「もちろん、作戦はあったよ!」
思わず口からでてしまう……どうしよう。
作戦なんてない。
「じゃあどうするつもりだったの?」
「それは……その……正面からは行かずに隠し通路とか……? なんかそういうところから」
「へぇーテルもあそこの隠し通路知ってたの?」
予想外にラキは城への隠し通路を知っているらしい。
「あそこ?」
「テルが住んでいた川の上流の大岩のところに城からの隠し通路があるのよ。確かにあそこからなら人に見られずに城の中に入ることができるわね。でも、あそこが通じているのは城の中の教会だって話だけど、その先が……」
「それなら、私が案内できますよ。城の中の教会にも何回か入ったことがありますから。そこから牢屋も近くだったと思います」
話がとんとん拍子に進んで行く。
「でも、俺たちのこの格好じゃ一発で兵士じゃないってわかりますよ?」
「何かいい案はないのかテル?」
『もう、仕方がないなぁ』
プラスが僕たちの周りを飛びながら水魔法を唱えていくと、僕たちの姿が兵士の姿に変わってしまった。
「なにこれ、水かけるだけのクソ妖精じゃなかったのね」
『急ぎじゃなきゃ頭から水かけてやるのに』
「ソレーヌ、そんなこと言わないの。プラスありがとうね。これってこないだの?」
『鏡魔法の応用よ。でも長くは続かないから城の中にはいったらまたかけてあげる』
「ありがとう」
僕たちはまた元の姿に戻る。
なんだか本当になんとかなりそうな気になってきた。
「よし! それじゃあいっちょ、ノエルと母さんを助けにいきますか!」
いつの間にか辺りは暗くなり、僕たちは闇夜に紛れて大岩を目指すことにした。
川上の大岩のところには、ラキが言ったとおりに隠された秘密の入り口があった。
「ラキはこんな場所どうやって知ったの?」
「それは……盗賊の秘密会議で言っていたんだよ」
「そんなのがあるの?」
「あぁ……それよりも……ここまずくないか?」
入り口からずっと奥まで毒のようなモノが撒かれており、このままでは城まで無事にたどり着けそうにない。
「そう簡単に侵入されるようにはなってないってことだな」
「ここは私に任せて。私のクリーンで浄化して進みましょう」
「それなら僕が……」
「テルはまだ魔力を温存しておいて、本当に必要なのは城に行ってからなんだから」
ソレーヌがクリーンの魔法を唱えながら洞窟の中を進んで行く。
空気がキレイになっているのか、すごく呼吸がしやすい。
ただ、ここから城までかなり距離があるはずだ。
「ソレーヌ魔力持つ?」
「大丈夫よ。テルは気にしないで」
洞窟の中には定期的に光魔石が設置され、歩くのには支障がないが、この毒の道がずっと続いている。もしかしたら他に道があるのかもしれないが、今さら戻ることはできない。
「ソレーヌ大丈夫?」
「余裕よ。でも集中してるから話しかけないで」
「ソレーヌ」
「うるさい! 黙ってろテル」
バーサク状態になっていないが、相当無理をしているようだった。
「僕も……」
「テルさん、目的を忘れないでください」
ポーロが僕をとめる。
「手を出したい気持ちはわかるけど……ここはソレーヌに任せるのが一番よ」
「みんな、信じてくれてありがとう」
ソレーヌがすごい勢いで洞窟内をクリーンをかけていく。
「みんなの信頼に応えるよ」
段々と呼吸が荒くなり、顔が真っ白になっていく。
そんな姿を見ているだけで辛い。
ソレーヌは本当に洞窟内の道すべてを浄化してしまった。
「ソレーヌ……」
「私は少しここで休憩してから後で追いかけますね」
「あぁそうした方がいいよ」
「テルさん、ご武運を」
「ありがとう」
僕たちはソレーヌから牢屋までの道を聞くと、洞窟からでた。
そこは事前情報通り、教会の一室だった。
ここから今度は牢屋へ移動しなければいけない。
「プラス、お願い」
『そんなに長くは持たないからね』
僕たちが兵士の恰好をして教会からでると、ちょうど月が雲に隠れた。
隠密行動をするにはもってこいだ。
僕たちはできるだけ目立たないように、壁沿いに影の中を進む。
巡回している兵士の姿もあったが、上手く見つからずに進むことができている。
「テルさん……あそこの灯りがついているところが牢屋だと思います」
ポーロが指差した先には兵士たちが2人ほど警備をしている。
「どうする?」
「私とポーロで気絶させるから、その間にテルは牢屋へ行きな。その間、私たちが入り口を守ってやるから。この時間に中にいるくらいの奴ならテルならなんとかなるでしょ」
「わかった」
ラキとポーロが二人で兵士のところへ行き、何か話しかけた瞬間、二人とも一発で兵士を寝かしつけた。ポーロが手際よくその兵士を縛り上げると、横にあった倉庫のような場所に放り込んだが、何かポーロの様子がおかしい。
僕は静かに近づいていく。
「どうした?」
「もうすでに二人兵士が縛り上げられているんです」
「どういうこと?」
そこには見張りと同じ格好をした兵士が結ばれて転がっている。
何か嫌な予感がする。
「テル、急いだ方がいいかもしれないね」
「うん」
「よし、全員で乗り込むか」
「いや、二人はここで待っていて。挟みうちにされると逃げられなくなるから、ここは二人で見張っていてもらった方がいいと思う。あとは僕がなんとかする」
「わかった。ここは私たちに任せて。もし危ない時にはここまで兵士を引っ張ってきな。私たちでなんとかしてあげるから」
「テルさん必ず助けてきてください」
「ありがとうございます。行ってきます」
僕は一人牢屋がある建物の中へ入って行く。
中は一本道で、左右に部屋はあったが物置のようだ。
2階がなかったので、1階にないということは牢屋は地下に作られているらしい。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。口の中に苦い物が広がっていった。
大丈夫。心配いらない。気休めにしかならないが、自分自身に言い聞かせ、音を立てないように気をつけながらも急いで歩いて行く。
奥へ行くと案の定地下への階段があった。
できるだけ音を立てないように、1歩1歩ゆっくりと下りていくと、誰かの話し声が聞こえてくる。
どうする?
このまま先に攻撃をしてしまうか。それとも、様子を見るか。
もう僕のまわりには誰も相談できる相手がいない。
自分で判断していくしかない。
僕はとりあえず、話をしている声に耳を傾ける。
タイミングを見計らうことができれば……。
静かな地下室の中では話し声がハッキリと聞こえてきた。
「ガフィル副大臣、本当にもうノエルを殺してしまうのですか? 明日の会議まで待つべきでは?」
「私は邪魔者はできるだけ早く殺すと決めているんです。そうですね。もう助からないと知った彼女は隠し持っていた毒で自殺ということでいいでしょう」
「それで納得するでしょうか?」
「もう、私たちが組めば、私たちがルールです。歯向かうことができる人間なんて誰もいません。それは大臣でもです」
「そうですか。それなら仕方がないですね」
僕はガフィルと話している、その声に聞き覚えがあった。
嘘だ。そんなわけない。声が似ているだけの他人の空似に決まっている。
信じたくない気持ちと、確かめなければという気持ちが混ざり合い、身動きがとれなくなる。身体は正直だった。今にも吐きそうなくらい胃の中の物があがってくる。
信じたくない。
だけど、僕には確認する必要がある。
僕がゆっくりと階段を下り、話している二人を見ると、そこにはカムロンの姿があった。
そんな……僕はショックでその場から完全に動けなくなった。