妖精プラスの変化。さよならだ
僕は教会に一人戻ると、まだ少し水の溜まっている元お風呂場だった場所でプラスの腕輪をそっと外す。
「プラス、今までありがとうね。君まで行く必要はないよ」
僕はクリーンの魔法を唱えて汚れてしまったお風呂場の水をキレイにする。
これは僕の問題だ。プラスまで巻き込む必要はない。
お風呂場の中にプラスの腕輪をそっと入れると、ゆっくりと沈んでいった。
「さよなら、プラス。元気でね。いい人に拾ってもらうんだよ」
僕がお風呂場から出ようとすると背中に大きな水の固まりをぶつけられた。
振り返ると、今度は顔にも、身体中に水をかけられる。
「プラス! やめて!」
プラスの目からは大粒の涙を流しながら僕に何か訴えかける!
なにを言っているのかわからないが、置いて行かれるのを嫌がっているように見える。
「プラス、今から僕が行くところは、とても危険なところなんだ。だから君をそんな危険なところに連れていけないんだよ」
僕の顔にもう一度、水をかけられる。
『このバカ! 私を連れていけ! 私が守ってやるわよ。あんなみたいな子供一人守る力くらいあるんだから。私を舐めないで!』
今までプラスが何かを話していてもわからなかった言葉が急に鮮明に聞こえてくる。
「この声はプラスの声なの?」
『やっと繋がったの!?』
プラスが僕の顔に抱き着いてきた。
「プラス、繋がった?」
『テルとの私の繋がりが強くなったってこと。これは……恋ね』
「ちょっと何言っているかわからない」
今ちょうど僕は置いて行こうとしたのに、繋がりが強くなった?
『私が……テルと離れたくないって強く思ったからよ。テル……好き』
「ずいぶん唐突だね」
『ずっと私だけ声をかけられなかったのよ? 唐突でもなんでもないわ。騎士団だろうと、魔物だろうと私にかかれば全員倒してあげる』
「プラス、君の気持ちは嬉しいけど、僕は僕を好きって言ってくれる君を危ない所に連れて行きたくないんだよ」
『そんな……テルも私のこと好きだなんて……』
「いや、そこまでは言ってないよ」
『ひどい、私とは遊びだったってことなのね?』
若干めんどくさい奴に絡まれた。どうしたらいいんだろ?
普通の友達もいないのに、こんな高度な駆け引き僕には向いていない。
「本当に危険なんだよ」
『知っているわよ。だからこそ一人で行かせるわけがないじゃない。次、腕輪捨てたら私があなたを殺すわよ』
その表情は本気なのか嘘なのかわからない笑みを浮かべていた。
「わかった。でも危ない時には逃げるんだよ」
『もちろん! 任せて!』
本当にわかったのか、わからないけど、ここまで言うなら連れて行くしかない。
途中で上手く逃げてくれることを祈る。
僕がお風呂場からでると、そこにはソレーヌが立っていた。
「大丈夫? 一人でぶつぶつ話していたようですが?」
「あっうん。少し疲れただけだから大丈夫だよ」
「それじゃテルさん、急いでここから逃げた方がいいわ。あなたならボットムのどこでも生活することができるもの」
ソレーヌは僕を行かせたくないようだった。
「ソレーヌ……ごめん。僕は母さんとノエルを助けにいくよ」
「本気ですか? あなたが助けに行ったところで、あなたは無駄に命を散らすだけですよ?」
「そうだね。そうかもしれない。だけど、助けに行かずに後悔したまま死んだように生きたくないんだ。例えこれで短い人生で終わったとしても、僕は僕の道を行くよ」
「甘い! そんな子供みたいな理由で死ににいくというんですか? どれだけ、ノエルやお母さんがあなたのことを思っているのかわからないんですか?」
「わかっているよ。きっとノエルも母さんも僕が行くことを望まないことも知っている。だけど、ここで助けにいかなければきっと僕は心が死んでしまうと思うんだ」
「心が死んでも、生きていれば必ずその悲しみを乗り越えることができます。でも死んでしまったら悲しむこともできないんですよ」
「そうだね。僕はまだ子供だからこの決断が正しいかどうかなんてわからない。だけど、今までずっと嫌なことから逃げてきたんだ。でも、逃げれば逃げるほど問題は大きくなって僕の前に立ちはだかるんだ」
「いいじゃない。死んでしまうくらいなら問題から逃げ回ったって。私はずっとバーサク状態になる呪いから逃げ続けてきたわ。でも、逃げ続けたことでここにくることができたの。だから、テルだって……逃げてもいいんだよ」
「ありがとう、ソレーヌ。それでも、僕の意思は変わらない」
「はぁ、本当にバカ! ボットムで一番のバカね。それでいつ助けに行くの?」
ソレーヌは僕を説得するのを諦めたようだけど、まるで一緒にいくような口ぶりだ。
「えっ?」
「えっじゃないわよ。いつ助けに行くのって聞いてるのよ?」
「今から行きます」
「善は急げってことね。いいわ。行きましょう」
「ソレーヌも行くってこと? それは危ないからやめた方がいいよ」
「私、やられっぱなしって好きじゃないのよ。でも、テルには自分の好きな道を進んで欲しかったっていうのは本音よ」
「ソレーヌこそわざわざ行く必要ない」
「そうね。本当に私もバカだと思っているわ。だけど……楽しかったのよ。みんなでバカ騒ぎしてお酒飲んだり、テルたちとここの教会を修理したり、今まで私はずっと孤独だったのよ。バーサク状態だけじゃなくて、色々な理由でね。私は使われるだけの人間だから。それがここに来て楽しくて仕方がなかったわ。それに……テルのおかげでバーサク状態になりにくくなったのよ。身体の奥深くにはまだあるみたいだけど……もう見境なく仲間を攻撃することはないわ」
「それでも、ソレーヌは行く必要ないよ。バーサク状態がなくなったならなおさら」
「えっ私は行きますよ? だってノエルさんもお母さんもテルさんには来るなって言っていましたけど、私は言われてないですもん」
「本当に……困ったシスターですね。でもソレーヌはお留守番です」
「こんな可愛い女の子がついていってあげるって言っているのに誘ってくれないの? 寂しい」
「誘わないよ」
僕はソレーヌとの距離を詰め、思いっきり殴りかかる。
ちょっと痛いかもしれないけど、死ぬよりいい。
「ちょっと! 何をするんですか! 可愛い女の子に対する態度じゃないですよ。そんなんじゃモテないんですからね!」
「ごめんよ。でもソレーヌまで失いたくないんだ。僕が一人で助けに行ってくるからゆっくり眠って」
『私もいるのを忘れないでくれる?』
「そうだね」
油断したソレーヌなら余裕かと思ったが、ソレーヌは僕の攻撃を華麗にかわしていく。
「私を置いていきたいなら倒したいなら全力きなさい」
「動きのキレが良くなってない?」
「テルさんのおかげでバーサク状態にならなくても力を引き出せるようになったんです」
「それは残念だ」
ソレーヌは斧を抜いたところで、僕も剣を抜く。
二人の視線があい、お互いが笑みを浮かべる。
距離が縮み、剣と斧がぶつかり合う。
「テルさん、このまま一緒にいきませんか? 死出の旅のお供にシスターなんて、とてもいいと思うんです。なんなら天国までエスコートしますよ?」
「笑えない冗談だね」
「ここでもしテルさんに負けても、回復したら必ず復讐にいきますよ。私こう見えてしつこいので」
「どうしたら諦めてくれる?」
「無理ですね。楽しさを知ってしまった私は、もうあの孤独には耐えられないんです」
「わかった」
僕はゆっくりと剣をおろす。
「一緒に行こ……」
ドンという音と共に僕の頭に思いっきり衝撃が走った。
思いっきり誰かに殴られたようだった。
「痛いっ」
そこに立っていたのはラキとポーロだった。