僕が本当に手に入れたかったもの
気が付くと僕は川の橋の下の近くへ来ていた。
僕はゆっくりと土手に腰掛け、流れる川を見つめる。
ここは母さんと僕がずっと住んでいた場所だ。
橋の下には壊れた廃屋が見える。
あそこで暮らしていて、泥水をすすって生活をしているのが当たり前だった。
カムロンがいつもお肉を運んできてくれたり、母さんから騎士のことについて教わったり、時には喧嘩をしたこともあったっけ。
生活が苦しくて母さんに文句を言ってしまった時もあった。
あの事について僕はヒドイことを言ったのに謝れていない。
母さんに美味しい物を食べさせてあげたかったのに、それもできていない。
いったい何がいけなかったんだろう。
ノエルを助けてきたのがいけなかったのだろうか?
でも、ノエルと出会えたから僕たちは教会へ行って、母さんのあんな嬉しそうな笑顔をみることができた。
僕との二人暮らしじゃなければ、きっと母さんも、もっと楽しい生活があったはずなんだ。
それなのに、僕なんかといたから。
僕はいったいどうしたらいいんだろうか。このまま逃げていていいのだろうか。
逃げてはいけないという思いと共に、答えがでない問題がずっとグルグルと回っている。
ここに戻るといいことも、悪いことも沢山のことを思い出す。
それにカムロンのことも……教会に行く前にカムロンはなぜ、ノエルの剣をあの男に渡していたのだろう。
しかも……教会が襲われるのを知っているような感じだった。
カムロンとの今までの思い出が蘇ってくる。
『俺の弟にしてやる。俺の兄弟になれるなんて幸せなことだぞ』
あぁ言っていたカムロンの言葉に嘘はなかったはずだ。
『何があっても絶対に俺を信じろ』
今ではあの日の夜の話でさえ、疑ってしまいたくなる。
この街は嘘と裏切りで溢れている。信じたものがバカを見るのだ。
そんな最低のゴミだめから、僕は這いあがる一筋の光を掴みとった。
だけど、今その光は……。
「母さん、僕はどうしたらいいんですか?」
その答えに回答はない。
しばらく僕が考えごとをしていると、背後から声をかけられた。
「テルさん、ここにいたんですね」
そこにいたのはポーロだった。
「こんなところまでどうした? もう仲間を説得してきたの?」
「えぇ、元の仲間は大丈夫そうです。それよりもテルさんですよ。大丈夫ですか?」
「ポーロも俺を行かないように説得しにきたの?」
「えっ? そんなことしませんよ。テルさんが行きたいなら行きましょう。本気で騎士団相手に戦えるなんて、俺は最高の気分ですよ」
「せっかく騎士になれたんだよ。ボットムで住んでいるならそれがどれだけすごいことなのかわかるでしょ? ポーロだってあんなに騎士になったの喜んでいたのに、それを捨てられるっていうの?」
僕は朝から何度もポーロの顔を殴ったことを思い出す。
ニヤニヤとちょっと怖い笑みを浮かべ、騎士になれたことを喜んでいた。
「もちろん捨てられますよ。それとこれとは別です。テルさんは……なんで騎士になりたかったんですか?」
「なんで騎士に……?」
僕は小さな頃の記憶をたどっていく。
あの日……母さんと訓練をしていた時の会話を思い出す。
『じゃあ僕、騎士団長になってお母さんのこと守るね!』
あの頃の僕は……二人だけしかいない家族の母さんを守りたかったんだ。
「僕は騎士団長になって母さんを守りたかったんだ」
「つまり……思い出してください。テルさんは騎士団長になりたかったわけじゃないってことですよね?」
「んっ? どういうこと?」
一瞬ポーロが何を意図して言っているのかわからなかった。
「その小さかった頃、力の象徴として夢を見たのが騎士団長だったってことですよね? それから魔法騎士を目指して……でも、本質は何をしたかったんですか?」
「僕は……母さんを守れる力が欲しかったんだ……」
「それなら別に形にこだわる必要あります? テルさんが本当になりたかったものは……魔法騎士でなくてもいいはずです」
「僕は……みんなを守る力が欲しかったんだ」
「それがテルさんの本来の夢ですよね? それなら俺はテルさんが向かう場所に邪魔になる者を排除していくだけです」
「ポーロ……今さらだけど、君は一緒に来なくていいよ。僕が今からやることは自殺をしにいくようなものなんだから」
「本当にそれですよ。巻き込み事故もいいところです。でも、俺はテルさんについていくって決めたんです。もちろん、間違った道を進むときには止めますが、どうせ俺たちの命なんて打ち上げ花火のようなものです。一瞬だけでも光ればいい。どんな生き方したって誰の記憶にも残らないんですから。それなら自分が楽しい方向へ行こうじゃないですか」
「ポーロって意外とまともなこと言うよね」
「当り前ですよ。俺はこう見えてテルさんの第一の部下ですよ。どんなに怖い道だろうと、テルさんが進むならその道を俺が切り開きますよ。それが帰り道がない片道だとしてもね」
「はぁ、母さん許してくれるかな?」
「大目玉くらうと思いますよ。ノエルさんも大泣きすると思います」
「だよね」
「本当に助けに行くなんて馬鹿のすることですから。やっぱりやめません? 親と美人を泣かすなんて男として最低ですよ?」
「やめない。だってこのまま待っていたら泣き顔すら見れないからね」
「おっしゃる通りですね。それじゃあ出発前に最後の別れをしてきますので、後で教会に集合でいいですかね?」
「あぁ、このまま逃げてもいいからね」
「えっいいんですか? よし、逃げちゃおうかな。廃教会あたりに」
「本当にバカだな……」
「えぇ俺はついていく人間を間違ったので。死にたがりの面倒をみるこっちの身にもなってくださいよ」
「うるさい。早く行ってこい」
「ちゃんと待っていてくださいね。一人で遊びに行ったらいじけちゃいますからね?」
「わかったよ」
ポーロのその優しい言葉を聞けただけで十分勇気をもらうことができた。
僕は騎士団になりたかったわけじゃない。
本当に手に入れたかったのは、大切な人を守れる力だった。