瓦礫となった教会
「嘘だ……なんで教会が廃墟になってるんだよ……母さん! ノエル! ソレーヌ!」
元々ボロボロだった教会は、完全に崩れ瓦礫の山になっていた。
僕は駆け出して瓦礫の山の中を探すと、うめき声が聞こえてきた。
最初に見つけたのはソレーヌだった。
ソレーヌは瓦礫の下敷きになり、動けなくなっている。
「今助けるからね!」
「うぐぐぐ……」
「動いちゃダメだよ!」
「うがっーーーー!」
僕がなんとか瓦礫をどかすと、ソレーヌはいきなり襲いかかってきた。
「ソレーヌ! 僕だよ!」
ソレーヌはもう僕がわからないようだった。彼女の肩にはどす黒い気配を帯びた鳥がとまって何かソレーヌに囁いている。
姿は違うが……ラキの時にいた蛇と同じような感じだ。
あれがもしかしたら、バーサク状態の原因かもしれない。
ソレーヌは完全に意識がなくなっているのか、僕の方に突進してくると、片手斧を振り回してくる。
普段のソレーヌのような切れのある動きとは違い、とにかく近くの者に攻撃を仕掛けているようだ。スピードは速いが、動きは単純で読みやすい。
「ソレーヌ! 目覚めて!」
知り合いの女の子に手を挙げるなんて……僕が一瞬躊躇した瞬間!
思いっきりソレーヌの蹴りが鳩尾に決まる。
「うぇっ……」
細い身体からとは思えぬ強烈な蹴りは僕の甘さを一瞬で否定するものだった。
躊躇していたら僕が……。
ソレーヌの目からはボロボロと大きな涙がこぼれている。
そうか。君も今、戦っているんだね。
その時、僕の肩からウォーターボールがソレーヌの顔面に放たれる。
「プラス!?」
彼女が放ったウォーターボールを顔面に受けてビショビショになると、ソレーヌの肩にいる黒い鳥が急に苦しみだした。
「プラスには今まであの鳥が見えていたってこと?」
プラスは大きく頷く。
今までプラスが水をかけていたのは、ソレーヌをからかっていたわけではないのだ。
プラスは無言でサムズアップすると、僕の左手を持ってソレーヌの方へつきださせた。
プラスの魔力が僕の中に流れ込んでくる。
「この魔力を増幅させればいいってことだね」
僕は魔法を教わった時と同じように、その魔力に自分の魔力を重ねる。
「聖なるウォーターボール!」
巨大な水の玉がソレーヌを包み込むように襲いかかる
水の中で、黒い鳥が溺れるように暴れ、ソレーヌの身体中からもドス黒いものが水中に流れてはキラキラと光りながら浄化されていく。
あれがソレーヌが言っていた呪いのようなものの正体なのかもしれない。
黒い鳥は水中にいるのが辛くなると、ソレーヌの肩から離れ、今度は僕の方へ襲いかかってきた。
プラスがウォーターボールを放ち、撃ち落とそうとするが、黒い鳥のスピードの方が速い。
黒い鳥は僕の顔目掛けて飛んでくる。
今度は僕をよりどころにするつもりか?
ラキの蛇を捕まえたように、僕は左手に魔力を込める。
「これで終わりだ!」
飛んでくる鳥を捕まえようと触れた瞬間、黒い鳥から急に煙が噴き出し、僕たちの視界が奪われる。
「どこにいったんだ!?」
僕は転がるようにその場から離れ、黒い煙から一気に離れる。
黒い煙は段々と風によって流され、やがて消えていったが、黒い鳥の姿はもうすでになくどうなったのかわからなかった。
僕をのっとるというよりも、逃げるための煙幕だったのだろうか?
逃がしたか? でも、それならそれでいい。
今はそれよりもソレーヌの方が大事だ。
「ソレーヌ大丈夫かい?」
僕がソレーヌに回復魔法をかけてやると、少しずつ意識が戻ってきた。
「テルさん……ごめんなさい。ノエルとお母様を守れませんでした。騎士団に連れてかれて……おばさんは……ノエルは……」
「母さんは? ノエルはどうしたの?」
「おばさんノエルも途中で兵士に捕まって……馬車に入れられ……。お二人はテルさんに絶対に助けにこないようにと言っていました。私も捕まえるつもりだったようなんですが、壁に潰されたおかげで連れて行かれずに助かりました」
「そんな……」
僕は力なく足から崩れおちた。身体に力が入らない。
「助けにいかないと。母さんとノエルを助けないと」
「ダメです。テルさんは今やっと王国騎士団への切符を手に入れたんです。お二人ともテルさんの夢を諦めさせるようなことはさせたくないと思います。私たちにできることなんて何もありません。事故にあったと思って諦めてください」
「何を言うんだ! そんなことできるわけがないだろ!」
「テルさんの気持ちはわかります。でも、お母さんとノエルの気持ちにもなってください。王国に逆らうってことはテルさんの命まで危なくなるってことですよ!せっかく夢を叶えたのに、それらを無駄にしていいわけがありません!」
母さんとノエルの気持ち……きっと母さんなら自分を犠牲にしてでも騎士になれというだろう。それは母さんがずっと望んできたことで、僕の夢でもあるからだ。
ノエルも……助けにきて僕が命を落とすことを願ってはいない。
だけど……僕はここで逃げてしまって本当にいいのだろうか。
嫌なことを見て見ぬフリをしてこのまま生きていくことが本当に正しいことなのだろうか。
「テルさん、今は色々と混乱していると思います。いくら王族を襲った罪とはいえ、今日捕まって今日処刑とかにはなりません。必ずその理由や背景を探るはずですから。だから助けに行くにしても、行かないにしてもお母さんとノエルがなんていうかを考えてみてください」
「わかった」
「私が本気になったバーサク状態でさえ、王国騎士団にはかないませんでした。テルさんがお強いのは知っていますが、それでも自殺行為です。まずは考えてからでも遅くありません。こういう時こそ冷静にです」
「ソレーヌ、ありがとう。少し風に当たってくるよ」
「はい、時には逃げるのも勇気ですからね」
僕はそのまま教会を後にして歩き出した。
頭の中ではずっとどうしたらいいのかグルグルと答えがでないまま頭の中をまわる。
助けにいかないと……でも、僕一人で国を敵に回すだけの力があるのだろうか……。