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騎士の真似事

 急いで川辺の大きな岩の影に身を隠す。鎧ネズミよりも汚い格好をして、臭いもヘドル川より臭いくせいに投石のスキルだけは三流の腕がある。


「やーい、今日は自称騎士のババアは家で留守番か? あっ耄碌しすぎて動けなくなったんだっけな」

 言葉で挑発をしながら、ドダは僕が顔をだすのを待っているのだ。


「ドダ、ダメじゃないか。そんなのでは街の外でスピードラビットを狙えないだろ? 最初に狙うべきは頭じゃなくて身体からだ。どんなところでも当たれば一瞬ひるんだり隙ができるんだからな」


「わかってるよ兄さん。でも、あんなボットムの恥さらしには頭を狙って一撃で仕留めてやりたいじゃないか。あんな奴らがボットムに住んでいるってだけで反吐がでるよ。あぁいう奴がいるからボットムはいつまでたってもゴミ溜めって言われるんだと思うんだよね」


「ドダ……天才だな。そうに決まってる」

 ドダが大げさに自分の首を絞めながら変な顔をしている。

 そもそも、こんな底辺に住んでいるのにプライドなどないと思うのだが、彼にとってはこの世界が自分のすべてで、自分より弱い物をいじめることでしか生きがいを感じることができないのだろう。


 母さんが昔言っていたが、どこにでも批判しかできない人間はいるらしい。

 悲しいことだけど、きっと親に批判をされ続け、まわりとのコミュニケーションが批判をすることで成り立っているんじゃないかってことだった。


 大人になると、誰もそのコミュニケーションの取り方が間違っているとは教えてくれないから、身を守る方法はできるだけ相手にしないのが一番だと言っていた。

 世界は広いんだから、批判をしてくる人間を相手にしている時間はもったいない。


 あなたを愛してくれる人や応援をしてくれる人のためだけに、あなたの力を使えばいい、と言ってはいたが、こう毎回絡まれるのも正直めんどくさい。


 あいつらは足の小指をタンスの角にぶつけて、痛くなってしまえばいいのにと思ってしまう。

 いつものパターンだと、そろそろダドが動き出す。


「よし、じゃあ大岩の裏から誘い出すために石の雨を降らせてやろう。あいつがでてきたらしっかり仕留めるんだぞ」

「わかったよ。流石兄さんだね!」


 勝手に話がまとまったようだけど、次に放ってくるのは兄の方のストーンバレッドという石魔法だ。スキル投石とは違い魔力を使って石を打ってくる。


 コン……コン……コン……大岩の表面に小石が当たる音が聞こえる。

 魔法と言えばすごいように聞こえるが、あいつらに使える魔法なんていうのは、ただのおもちゃみたいなものだった。嫌がらせには十分だが、実際には弟の投石スキルの方が威力は強い。


 僕は急いで大岩の影から川に入ると、そのまま流れに逆らって上流へと泳ぐ。あの兄弟はいない僕に向かってずっと石を投げ続けることを考えると少し胸がすっとする。


 彼らにも一応仕事があるのだから、そんなに長い間、石を投げ続けるほど暇ではない。

 僕はヘドル川を上流へと泳ぐと、ボットムの中心街に近い場所から陸へとあがる。この中心街でいろいろなものを川に投げ捨てるから、僕が住んでいる場所は汚く、臭いがきつくなってしまっていた。


「やだよ。またあんたかい。そうやって汚い川から上がって来られると店の売り上げに響くんだよ。早く消えてくれ」

「まだ生きているのか。クソガキが」


「本当に生きている価値がないんだから、奴隷商人が捕まえてどっかに売り払ってくれればいいんだよ」

「お前みたいな汚いやつがこっちに入ってくるなって言っただろ」


 僕が川からあがると、露店でお店の人たちから口々に罵詈雑言を浴びせられる。僕だってできればこんなところへ好き好んではこない。

だけどヘドル川から陸に上がれる場所は限られている。


 あのまま、あの兄弟の相手をして怪我をしてしまったら本当にお母さんも僕も死んでしまうしかない。

「すぐに去るよ。本当に少し通らせてもらうだけだから」

 露店の主人たちは日頃の鬱憤を晴らすかのように文句を言い続ける。


 母の言う通り、どれだけ剣の訓練をしたところで、それを向ける相手は敵であって相手は街の人ではないらしい。


 家に帰って食事の準備をしなければいけないが、あまり早く帰ってドダとダドに会っては本末転倒なので、街の外れの廃教会へ行くことにした。


 ここの教会は、ボットムもまだこの国の一部として考えられていた頃にできた教会だった。立派な石造りで素材はこの国のお城と同じ素材が使われているっていう噂だけど、ゴーストがでるという噂で地元の住民も近づかない。


 ゴーストを退治するには教会からもらった聖水が必要と言われているけど、その教会にゴーストが住み着いているなんていうのはなんという皮肉だろう。

 でも、僕はよくこの教会へ来るけど一度もゴーストには遭遇したことはなかった。教会の人もこの何度かここに人を派遣したけど、定着する人がいないのでそういう噂を流してボットムの人が住まないようにしているだけのような気はする。


 僕は廃教会の中に入り、天井の抜けた聖堂を通り抜けて塔へと向かう。

 この塔の上には広いスペースがありこの国を一望することができて、風がとても気持ちいい。いつも慣れてしまった腐敗臭だらけの世界とは違った場所だった。


「うーん! やっぱりここは最高だな」

 塔の一番上には元々時刻を知らせる鐘が吊るされていたようだが、ボットムの人間に売られてしまったのだろう。鐘があった痕跡はあるが物はない。


 僕はそこから、お城の中を覗き見するのが好きだった。母が僕を王子だと言ったことを信じてはいないけど、それでも夢を見るのは自由だ。


 城の中庭ではちょうど騎士団が集まって訓練を始めるところだった。騎士団の胸には双頭の鷲のエンブレムが光輝いている。

 今日も……いた!


 騎士団は男性が多い中で赤い髪の毛を伸ばした女性がいた。その女性はいつも他の人たちの前に立ち、率先して訓練の見本などを見せていた。きっと騎士団でもリーダー的な存在なんだろうと思う。


 僕は彼女の動きを見ながら訓練するのが密かな楽しみでもあった。

 初めてこの場所へ来たのは、母と一緒だった。母はこの教会の上に訓練ができる場所があるのを知っていて、僕に騎士団の動きを見ながら訓練をするようにと教えてくれた。


 母もここで騎士団の訓練を見て覚えたのか、本当に騎士団の人のような動きをしていた。

 あれから……僕も見様見真似ではあるけど基本的な動きはすべてマスターできた。


 この塔のいいところは高い視点ですべての動きを見ることができるところだった。騎士団全員が戦っているのを頭の中へと記憶して、そのすべての団員と戦っているのを想定する。頭の中で何度も復習して、そのあとには実際に身体を動かす。


 母が元気な頃には、よく「あなたには才能があるわ。天才なのね。いずれは立派な騎士になれるわ」そう言っておだててくれたことがあった。


 でも、実際にドダとダドを前にした時に僕は攻撃することができなかった。母の言いつけを守ったっていうのもある。だけど、人を傷つける勇気がないというのが本当だった。

 実際にあの二人がしてくるのは、嫌がらせレベルで命の危険があるわけではないと言い訳をして逃げている。


 ここに来ると今より元気だった母さんの姿を思い出す。

あの頃は今とは違っていつも笑顔だった。


 明るくて、どんな境遇でも弱音などはかなかった。まだ小さかった僕は母の言うことを信じていた。

「ねぇ僕もあのピカピカの鎧を着た騎士になれるの?」


「もちろんよ。あなたなら騎士団長にもなれるし、王子様にだって、なんにだってなれるわよ」

「じゃあ僕、騎士団長になってお母さんのこと守るね!」


「あら、楽しみにしているわね。ありがとう。いつまでもその優しさを持ち続けていてね。でも、私だってずっと強くて綺麗なままでいるんだから、そう簡単には負けないわよ」

 僕は今の現実を忘れるためにひたすら、身体を動かす。


 嫌なことを忘れるためには、嫌なことが頭の中に入ってこないほど無心に身体を動かすことだ。そうすれば今の境遇も、自分の辛さも、すべて忘れることができる。

 城下町では第3王子の誕生日を祝う祝砲があげられ、いつもより楽しそうな人の顔が見えた。それはまるで別の世界を見ているような不思議な光景だった。


 騎士団の朝の訓練が半分終わりを迎えるころ、騎士団が急に訓練を辞め兵士が城の中に駆け込んでいくのが見えた。今日の訓練はもう終わりのようだ。

 僕は今まで見たイメージを駆使してそのあとも無心で身体を動かした。

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