今までで味わったことのない世界
「モンテリオット、ボットムの連中に騎士団の強さを教えてやれ。わかっているな」
「もちろん、わかっていますよ」
騎士の男を見てもそれほど恐怖心はでなくなってきていた。
先ほどの一戦よりも、かなり心が落ち着いている。
まわりのざわめきが気にならないくらい集中できている。
「それでは始め!」
モンテリオットはすぐに距離を詰めてくる。
先ほどよりも圧力がすごい。
木剣と木剣が思いっきりぶつかり合う。ここ最近戦ってきた中で一番力も強くスピードも速い。
「よくふっ飛ばされなかったな。その細い身体にしては上出来だ。だけど、これならどうだ?」
モンテリオットのスピードと手数がどんどん増えていく。
「ほらほら、もっと早くなるぜ! 頑張っているようだが、いつまで……グフェ」
たしかに手数が増えているけど……こんなものなのか?
弱っているノエルと同じくらいの強さしかない。
僕はモンテリオットの顔面を下から突き上げ、ひるんだところを木剣で横殴りにした。
彼はそのまま転びながらも、ふらつきながら起き上がる。
「そろそろ本気をだしてもらっていいですよ?」
「うるせぇ! 今から本気をだすって……グフッ」
僕はポーロがやられた分を以上にやり返す。
上下左右に打ち分けながら弱点を徹底的についていく。
落ち着いて戦えば、全然怖くない。
騎士は僕を無理に押し飛ばすと距離をとる。
「なんなんだお前は! まるでノエル元騎士団長みたいな嫌味な攻撃しやがって」
「あなたが弱いからじゃないですか?」
「うるせぇんだよ! お前のその目は気に入られねぇ。これでもくらえ!」
騎士が本気になって木剣に魔法を付与する。
「バカ野郎! 訓練でそんな魔法を使うな」
僕は完全に魔法が発動する前に、木剣を弾き飛ばし、そのまま足元をすくって地面に蹴り転がした。
彼の口元からは流血があり、こちらを睨みつけてくるが、彼が怒れば、怒るほど冷静になっていくのを感じる。
「ぶっ殺してやる! 絶対に許さねぇ」
彼は木剣ではなく、腰につけていた剣を抜き襲いかかってきた。
「止めろ、モンテリオット!」
ダニエルの声が響く。
それでも、なんだろう……全然彼に対して怖さを感じない。
上から振り降ろして、そのまま体当たりのように勢いで僕の方へ押してくる。
でも、そこで僕が力を抜くことで彼は……。
頭の中で彼の動きがトレースできるような感覚になる。
彼が何をしても……僕は彼の攻撃を受けることはない。
わざとよろけたフリをして隙を見せると、そこに彼は打ち込んでくる。
僕はそこに剣を突き出すだけで、吸い込まれるように彼に木剣が当たる。
怒りに身を任せて剣を振れば振るほど、彼にどんどんダメージがたまり、剣の精細さがなくなっていく。
「モンテリオット! これ以上は止めろ!」
もう、そんな声も届かないのか、彼はひたすら剣を振り、そして僕の木剣が彼の身体につきささる。
「こんなはずはない。ボットムの奴に負けるわけないんだ。俺は王国騎士団の一員なんだ。こんなガキに……負けたくない」
「モンテリオット、まずはプライドを捨てた方がいいと思いますよ。そのプライドが邪魔をして剣を鈍らせていると思います」
「うるせぇ! あの女みたいなこと言いやがって!」
彼は余計に怒ったのか、さらに剣筋が荒くなっていった。
僕は彼の隙をついて、積極的に打ち込んでいく。あまり長引かせて、これ以上彼に恥をかかせるのは悪い。
僕はこれ以上必要ないと、彼の顎に優しく木剣を当て、振り抜き気絶させた。
「なんなんだ……お前は……」
ボットムの広場がざわめきだす。
「あいつあんなに強かったのか?」
「俺……あいつのこと毎朝石魔法ぶつけてた……」
「兄ちゃん」
「もしあいつが騎士団になったら……」
僕がまわりを見渡すと、いつも石を投げてきた、ドダとダドの姿が見える。
二人はそのまま僕から視線をそらし、どこかへ逃げていってしまった。
そんな彼らをみて少しおかしくなる。
僕が今まで怖いと思っていたのは、幻想だった。
わざわざ追いかけてまで仕返しをしたいとは思わない。
「君は合格だ。明後日の第二の鐘が鳴る前までに騎士団の訓練所へ顔をだしなさい。あそこにいる君の部下も一緒に連れてくるといい。さて、俺たちはまだ続きをしなければいけない。不甲斐ない部下に変わって俺がでるか」
「ありがとうございました」
「あっモテリオットを止めてくれて助かった。こんなところで魔法を使ったなんてなったら、軽い処分じゃすまなくなるからな」
「魔法……僕は無我夢中だったのであまり覚えていないんです」
「そうか……そういうことにしといてくれ。それじゃあやりたいものから前にでろ」
僕はダニエルに頭を下げると、ポーロの所へ行く。
「やっぱり余裕でしたね」
「全然余裕じゃないよ。ただがむしゃらにやっていただけ」
「まだ、すぐに謙遜するんだから。イテテ……」
「それじゃ帰ろうか」
「そうですね。俺まで騎士団になったって言ったらさぞ驚かれますよ」
「そうだね……って、それじゃあ、歩くのもきついでしょ」
僕はポーロにソレーヌに習った回復魔法をかけてやる。
「おぉ身体が軽くなりました。回復魔法なんて初めてかけてもらいましたよ」
「僕もケガ人に初めて使った」
僕たちは二人して目をあわせて笑いあった。
広場から出ようとすると、僕たちの前の人垣が割れ、道ができた。
僕が驚いて固まっていると、ポーロが優しく背中を押してくれる。
「どうぞ、テルさん。これがあなたの進む道ですよ」
僕が一歩踏み出すと、パチパチと拍手の音が聞こえだし、それはやがて広場全体へと広がっていった。
「すごいぞ」
「見直した」
「すっとしたわ」
「応援してるぞ」
そこは僕が今まで見ていたボットムとはまるで違う世界だった。
誰からも無視をされ続けていた僕が、今ボットム中心で盛大な拍手に包まれていた。
拍手は僕が見えなくなるまでずっと続いていた。