祝福をもらう意味
「あっありがとうございます。テルの兄貴……こんな何の役にも立たない俺のことを助けてくれてくださって……」
彼は両手で僕から10ルルンを受け取ると、僕の前で両膝をつきその硬貨にキスをして、一度胸に抱きしめる。そして僕に10ルルンを捧げるように両手を頭の上に持ってきた。
「これは、どっ……どういうこと? これはポーロのためにあげたものだよ。これで助かるんでしょ?」
「受け取ってあげな。テル」
僕はラキに言われるがままに、10ルルン硬貨を受け取った。
肩に乗っていたプラスが何を思ったのかヒラヒラと僕たちの周りを飛び、水の魔法で霧雨のような光の粒を降らせた。
「おぉーすごい。妖精を使役している」
「嘘だろ? あれはもしかして水の祝福ってやつじゃないのか?」
「ってことはポーロの兄貴は妖精に認められたってことなのか?」
「そんなわけない……とはいいきれないけど。俺たちボットムの住民だぜ」
盗賊たちがガヤガヤと急に騒ぎ始めた。
「プラス?」
僕が見ると、プラスは肩の上で両腕を組み、えへんといった感じで満足そうな顔をしている。あれ? おかしいな。僕だけ置いてきぼりにされたような気持になってくる。
水の祝福ってなに?
「テルの兄貴、この度は俺のようなものの命を救ってくださりありがとうございます。まさか水の妖精の祝福まで頂けるなんて、至極光栄です」
いったい何が起こっているのか頭の理解が追い付かない。
「えっ? 水の祝福って何? どういうこと?」
いきなり頭を上げたポーロが大きく目を見開き、こいつ知らねぇのかよといった顔で僕の方を見てくる。そんな顔されたところで知らないものは知らない。
誰か教えてくれないのかと思いまわりを見渡すと、ラキと目があった。
「フフフ……テル、わかっていて助けたんじゃないの?」
ラキは僕がわかっていないのを知っていたはずなのに。自分で受け取れと言っておきながら……。
「ラキ……どういうことか説明してよ」
「そこまで言うなら恩人のテルのために、ボットムのルールを教えてあげよう。ボットムは基本的に裏切りと騙しあいの街だ。昨日の友は今日の敵なんて言葉があるくらいだから。だけど、唯一破ってはいけない暗黙のルールがある。ここでは力が正義だけど、自分が生涯支えたいと思った人間に自分の命と同等の物を捧げるんだ。これは協力ではなく絶対服従の意味をあらわし、相手の目の前で両膝をついて自分の頭より上に捧げる。それを受け取ることで契約とみなされるんだ。まぁこんな古いやり方知っているのも少ないけど」
「えっ? それが今の? 命と同じって10ルルンだよ⁉」
「テルがもし、その10ルルン渡さなければポーロはこの街では二度と生活もできないし、もしくは私が殺していた。それがこの腐ったボットムにあるルールだからだ。この街で生きていけない人間は潔く死んだ方が楽なんだよ」
「そんなの間違っているよ。僕はここで育ったし、街の端だけど、死んでいい人間なんていないと思う」
「テルの気持ちはわかるよ。でも生きていくには甘いだけじゃダメなんだ」
「水の祝福っていうのは?」
「それはこの国の王家の人間や一部の神官が祝福を与えるんだ。今回みたいに妖精を使う時もある。なんの効果があるわけではないんだけど、妖精が二人の周りを踊り、その特性の魔法を降らせる。それは精霊が祝福し未来永劫その約束が続くとされている。ここの裏切りや嘘が多いボットムの人間からすれば、その祝福を得られるってことは一生分の名誉みたいなものなんだ。さっきのポーロの動きもそう。あの動きはボットムの人間は暗い井戸の中から、青い空を見上げて手を伸ばしている状態でそれを救い出すって意味がある」
僕は予想外に段々と話が大きくなってきていることに内心ビビりまくってきていた。
「この10ルルンを返すっていうのは……?」
「ポーロに死ねって言っているのと同じってことだな」
「ですよねー。そんな祝福なんて言われても……」
「祝福はただの魔法遊びだという奴もいる。だけど、それをわざわざみんなの前でやってくれることに意味があるんだ」
ボーロは僕のことを目を輝かせながら見てくる。
「どうしたらいいの?」
「テルの好きにしたらいいよ」
ボーロを目があうとボーロはまたしても地面に頭をこすりつけた。
「この度は助けて頂いてありがとうございます。しょうもないゴロツキのリーダーをしていました。今はテルの兄貴の下僕ポーロです。以後よろしくお願いします」
えっ……めんどくさいのが増えた。どうしたらいいんだろう。
断ったら死ぬとか言っていたけど、なにか適当な理由でもつけて放置するのが一番だろうか。
「とりあえず、聖堂内に入ってもらってゆっくりお茶でも飲みますか?」
ソレーヌが私は関係ありませんとニコニコしているが、元をただせばソレーヌのせいだ。
僕がソレーヌの方を見ると、私には関係ないとくるりと背を向け、颯爽と教会の中に入っていった。
「はーい。カンデル盗賊団は解散。新しく入った奴らはルールを学んでおきな。私はテルたちと遊んでから帰るから、みんな気を付けて帰るんだよ」
「はーい」
「お頭ちゃんと抱いてもらうんですよ?」
「キスくらいはしてもらってくださいね」
「テルくん……好き」
「僕もだよ……ラキ……」
ラキの部下たちがまっすぐ帰ればいいものを、僕たちをからかうようなことを言いだした。
ラキは無言で腰から棒手裏剣を取り出すと、部下に向かって思いっきり投げつけた。男が持っていた木の盾が真っ二つに割れる。
「どうやら、遊び足りなくて欲求不満の奴らがいるみたいだね。いいわよ5秒で終わらせてあげる」
「やべぇ怒らせすぎた。逃げろー!」
さすが盗賊と言うべきか、ラキの部下たちの逃げるスピードは群を抜いて速かった。
「帰ったら絶対にしばいてやるんだから」
「いつも楽しそうでいいよね」
「はぁ? もうテルまでからかうんだから」
ほっぺを膨らませるラキの姿は、盗賊のリーダーというよりも一人の女の子のようだった。先ほどまでとのギャップがある
僕たちが教会内の聖堂に行くと、もうソレーヌがお茶の準備をしていてくれた。
「さぁつもる話もあると思うけど、まずはお茶でもゆっくり飲みましょう」
ソレーヌはすでにシスターモードに切り替わっていた。
「同一人物ですか?」
ポーロは狐につままれたような顔でソレーヌを見ている。
本業がシスターだからね。怒らせなければ怖くない。
僕たちは母さんとカムロンも合流し、シスターの入れたお茶を飲みながらいろいろと情報交換したりしていたが、ポーロがいきなり一発芸を始めたりで、ふざけたお茶会になってしまった。
ずっと一人だった僕がこんなにも幸せでいいのだろうか。
僕の心の中で幸せになることへの一抹の不安を覚えていた。