頭で覚えることもよりも、身体に覚え込ませること。
「テル、悪いんだけど先にクリーンの魔法で教会中をきれいにしてきてもらえる? 私はもう少しノエルと話をしているから」
「もちろん喜んで。ちょっと行ってくるね」
「私も……掃除……します」
「ノエルはいいのよ。あなたの場合は心の掃除からしないと。しっかり泣いて心から嫌な物全部吐きだしてから。今までずっと一人で我慢してきたんだから」
母さんはそのままノエルが逃げないように、再度思いっきり抱きしめた。
ノエルは先ほどよりも声をあげて、人目をはばからず大きな涙を流している。
「あなたの今日の仕事は、ここで泣くこと。泣かないで強くなれると思っちゃダメ。泣くことでみんな強くなっていくんだから。今日は思いっきり私の胸の中で泣きなさい」
ノエルはまるで子供に戻ったかのように、身体を丸めて母さんに抱きしめられながら泣いている。
僕は静かにその部屋からでる。
いくら大人になって強がっていたって、泣きたい時には泣いてもいいんだ。
大人が涙を流していけない理由なんてない。大人だって辛い時には辛いって言ってもいいし、逃げたい時には逃げてもいいんだ。
僕は一人で教会の中をクリーンの魔法で掃除していく。
小さな部屋の中から、大聖堂、それにきれいな女性が描かれたステンドグラス。
そのステンドグラスは埃を落としてみると、息をのむ美しさだった。
美しい女性が神様に祈りを捧げているように描かれている。
僕は今まで何度もこの絵を見たけど、どんな意味があるかわからない。でも、なぜかいつも目を引かれてしまう。美しい以上に何か魅力があるのだ。
僕は教会中をゆっくりと時間をかけてきれいにしていった。
今まで素通りしていて気にしていなかったが、教会の中に小さな池があった。その中の水もきれいにしておく。川の時にはあまりの汚さに僕の魔法では無理だったが、小さな池であれば効果は抜群だ。
池の水はすぐに透明になった。
ここがヘドロだらけで汚れていたなんて、きっと誰も信じない。
この教会内には色々と水由来の場所があるようだった。
とりあえず今日使いそうな場所だけきれいして戻ると、ノエルは母さんの腕の中で眠ってしまっていた。母さんは口の前に指を1本持ってくる。
もうしばらく静かに寝かせておいてあげよう。
僕はゆっくりと頷くと、そのまま部屋をでて塔の上で訓練をすることにした。
今日ノエルに買ってもらった短剣を抜きやすい腰にしっかりとつけた。
今まで生活してきて、街中で短刀を使うことはなかったけど、こうしていると少し強くなったような気がする。
僕は次に短剣に慣れるために、素早く抜き、素早く戻す。
手が短剣に馴染み身体が覚えるように繰り返す。
何回も何回も……頭ではなく身体が反射で動けるようになるまで、ひたすら繰り返す。
ある程度動きがスムーズになってきたら、今度は自分の間合いの確認をしていく。短剣の届く範囲、届かない範囲。
僕の手の延長として短剣があることをイメージしながら、その範囲を確認していく。
それにしても、振れば振るほど、手に馴染んでくる不思議な短剣だった。
きっとこの短剣は僕に出会うために作られたんじゃないかなんて錯覚してしまう。
一通り僕の訓練が終わる頃、誰かが石の階段を上がってくる気配を感じた。
いったん訓練をやめて上がってくる人を待つ。
「テル、一人で掃除を任せてしまってすまなかったわね」
上がってきたのはノエルだった。
「大丈夫だよ。ノエルが魔法を教えてくれたからすごく簡単だった」
「あれだけの量を簡単か……テルにはやっぱり魔法の才能があるわね。私なんかとは違って……」
俯き気味のノエルの目は腫れあがり、相当泣いていたことがわかる。
僕は次になんて言っていいか言葉につまり、なんとも言えない気まずい空気が流れた。
結局、僕の口から出た言葉は全然違う話題だった。
「ここってすごいんだよ。騎士団の訓練が全部見えるんだ」
「そうなの?」
ノエルが塔の上から身体を乗り出すように見ると、強い風が吹きノエルは体勢を崩しそうになった。
僕は慌てて彼女の手を引き抱き寄せる。ふわりと彼女のいい匂いが鼻孔をくすぐる。
すぐ近くまで顔が近づき、彼女の大きな目と目が合う……。
先ほどまで吹いていた風の音、街の喧騒、すべてが聞こえなくなり、僕の胸の音だけがやけに大きく聞こえる。
「テル……もう大丈夫よ。ありがとう、助かったわ」
「あっわっ! 危なかった。まだ本調子じゃないんだから気を付けて」
「うん」
そう返事をしたノエルはなぜかすごく可愛かった。
きゅん♡
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