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クリーンの魔法と紫色のスープ

 僕が鎧ネズミを捕って戻ると、もうカムロンは帰っていた。

 ノエルは焚火に薪をくべながら何か考え事をしている。


 なにか話しかけた方がいいかもしれないが……上手く言葉がでない。

 僕はいつものナイフで、そのまま鎧ネズミをするすると解体していく。


「上手いものだな。何か手伝うか?」

「いや……あっならこの鎧ネズミの解体をお願いしてもいいかな?」


 本当はただ座っていてもらおうと思ったが、どうしようもない心配事がある時は、何か動いていた方が余計なことを考えなくていい場合もある。


「もちろんよ。ところでこのネズミを餌にして魔物をおびき寄せるの?」

「いや……これが朝食なんだ……ノエルの口にはあわないかもしれないんだけど……なかなかいい肉は手に入りにくくて」

 一瞬気まずい空気が流れる。 


「そっ……そうなのね。なんかごめんなさい。全然知らなかったから……私が変わりますよ。私だって騎士のはしくれ、野営の時などに自分で解体して食べたりしているんですから、ネズミの解体くらいまかせてください」


 ノエルがやってくれるということなので、鎧ネズミの解体はノエルに任せ、僕はヘドル川から水を汲んできて料理の準備をする。


 多少……結構……濁っているが仕方がない。

 そこに刻んだ薬草をいれ火にかける。

 これをいれておくことでお腹が痛くなりにくくなる。


 ノエルの方を見るとかなり苦戦をしているようだった。

 なぜか、彼女が一生懸命になっているのを見て微笑ましく思えてくる。


 それにしても、どうしたら彼女を助けられるだろうか?

 僕は何も持っていない。


 もちろん、王国騎士団に突き出すようなことはしたくないし、絶対にそうならないようにしたい。


 本当に……なにもできない自分が嫌になってくる。

 お湯が沸いてきたので、ノエルの方の様子を見に行くと、ノエルが何か固まってしまっていた。


「ノエル、大丈夫?」

「あっ……すみません。テル、君の大切なナイフを折ってしまったんだ。自分から言い出したのに君のように上手く切ることができなくて」

 ノエルの手元には根元から折れてしまっているナイフがあった。

 今にも泣きそうになっている。


「仕方がないよ。物はいずれ壊れるものだから」

 僕は折れたナイフを受け取ると、そのまま解体していく。


「どうやったら、こんな硬い皮膚をそんなに簡単に切っていけるの?」


「慣れじゃないですかね? やっぱり、このナイフの癖とかもありますし、使い慣れているからどの角度が一番切れやすいのかもわかっていますし」


「くっ……癖……? いったい何を言ってるの? そんなのでこのナイフを使いこなせるわけ……?」


「そういうものですかね? 僕もよくわからないです」

 ノエルは何か不思議なようなものを見る目で僕を見てくるが、こればかりは仕方がない。

 呼吸の仕方を教えてくれと言われても、息を吸って吐くしか言えないのと同じくらい説明が難しいのだから。


 僕は手早く、濁ったお湯の中に鎧ネズミの肉を入れていく。

 うん。いい感じにスープの色が紫色に変わってきた。


 こうなってくれば、あとは仕上げに岩塩を少し入れるだけで完成だ。

 さすがに、騎士の頃に食べた料理には足元にも及ばないだろうけど、なかなかな出来栄えだと思う。


「母さん、ご飯できたよ」

「はいよ。ありがとうね」


「テル……このスープはなんで紫色なの?」

「薬味と鎧ネズミの肉を混ぜるとこのきれいな色になるんですよ。美味しそうでしょ? 僕この色を見るといつもお腹へちゃって。母さん足元気を付けて」

「そっ……そうなんですね」


 ノエルの表情が引きつっているようにも見えるが、多分気のせいだろう。

「いただきます」


 ノエルはとにかく必死でスープをかき込むように飲み込んでいた。

 よっぽどお腹が空いていたようだ。

 僕はノエルの器にもう一杯入れてあげる。


「ノエル、そんなにお腹空いていただんだね。ごめんね、気が付かなくて」

「いや、そういうわけじゃないよ。なんか……いや、一杯で十分お腹いっぱいになったよ」


「遠慮なんてする必要ないから大丈夫だよ」

「うっうん」


 ノエルはそれから3杯もおかわりしてくれた。だいぶ遠慮がちにだったけど、お腹がいっぱいになってくれたようで良かった。僕も非常に嬉しい。


 あれ? 顔が引きつっているような気がするけど大丈夫だよね?


「テル、ありがとう。ご馳走様。ところでこの食器とかはいつもどうしているの?」

「これは、そこの川で洗うんだよ」


「本気か……⁉ そうか……テル、クリーンの魔法って知っている?」

「いや僕は……魔法はちょっとわからないんだ」


「きれいにするための魔法があるんだけど使ってもいい?」

「もちろんいいよ」


 ノエルがクリーンの魔法を使うと、汚れた器は新品同様にきれいになった。

「これがクリーンの魔法だ。最初から使えば良かったね」

「すごい! どうやって魔法って使えるようになるの?」


 母さんは魔法を使うことができないし、カムロンは魔法が苦手なようだった。

 教えて欲しいとお願いしたが、二人は僕に覚える必要はないといって教えてくれなかった。


「魔法は……才能がなければ使いこなすことはできないんだけど、テルは魔法の訓練をしたことはあります?」

「全然やったことないんだ。ぜひ教えて欲しい!」


「ノエルさんちょっと待って。テルは魔法を覚える必要はないでしょ」

 僕たちの会話を聞いていた母さんがいつもより、語気を強めて拒否をしてきた。

 いつもの母さんらしくない。


「なんで? 別に魔法を覚えるくらいいいじゃん」

「お母さん魔法の適性があるかどうかは、お城では5歳になるとみんな調べるのが普通です。ボットムで今後テルが生きていくには、せめて適性があるかどうかを知ることも大切ではないでしょうか?」

「それは……そうなんだけど……」


「母さんは、なんでそんなに僕に魔法を覚えさせたくないの?」

「そんなことはないわよ……ただ……はぁ、いいわよ。もう10歳だもんね」

「やったー!」


 なぜか母さんは僕が魔法を使うことを嫌がっていたが、しぶしぶ了解してくれた。

「じゃあテルそこに座って」


 僕が丸太の上に座るとノエルが後ろから抱きしめるようにして手を握ってくる。

 ノエルの息遣いが耳元で聞こえ、自分の心臓がドキドキする。


 やばい。ノエルに変な風に思われないだろうか。

 早くこのドキドキがおさまって欲しいと思うが、思えば思うほど、ドキドキが止まらなくなる。


「いい? 今から私の手を通して魔力を流すからその感覚を覚えて」

「……うっうん」

「テル、ボケっとしてると危ないから集中して」

「わかってるよ!」


 僕はなんとかノエルから目の前の自分の手に集中しようとするが、ノエルが手を握ってくれているせいで、よけいに集中できなくなる。


 一度目を瞑り、ゆっくりと呼吸をする。

 目を瞑ったはずなのに、彼女の手からなんとも言えない温かいぬくもりのようなものが僕の手に流れていくのがはっきりと見える。

 これが魔力なのだろう。


 どこかでこの感覚には覚えがある。

「クリーン」

 彼女がそう唱えると、身体の中を何かが駆け巡りはじけ飛ぶような、そんな不思議な感覚があった。


 僕は目を開けて見ると、目の前にあった鍋が一瞬でピカピカの新品のようになってしまった。


「すごい。これが魔法! なんか懐かしいような、楽しいような不思議な気分になった」

「それは良かった。感じ方は人それぞれみたいだけど、その感覚を大切にしてみて。才能があれば……そうねぇ。魔法を覚えるのが遅いから早ければ1カ月くらいで……」


「クリーン」

 僕は目の前にあった母さんが食べた器に魔法をかけると一瞬できれいになった。

 魔法って意外と簡単だった。


 なんで母さんがあんなに僕が魔法を使うことを嫌がっていたのかわからない。


「なっ……なんでこんな子がこんな所に? いや、私の魔力が残っていた? ありえない。そんな簡単にクリーンの魔法とはいっても使いこなせるわけが……」

「クリーン」


 僕は自分の身体にもクリーンをかけてみる。

 今まで薄汚れていた服は一瞬できれいになった。真っ黒だった服は元々薄い茶色だったらしい。


「嘘でしょ……」

「魔法って楽しい! 母さん! クリーンの魔法教えてもらった」

「やっぱり……」


 母さんはなぜか嬉しそうじゃないような、複雑そうな顔で笑みを浮かべていた。

 でも僕は、母さんも家の中も全部クリーンで掃除していった。


 あれほど汚れたいたものが一瞬でキレイになっていく。

 なんて楽しいんだ。魔法って最高だね。

ノエル(紫色のスープ……)

テル「さぁどんどん食べていいよ」

ノエル(そんな目で見られたら断れない)


のちにノエルはこのスープの味をこう表現した。

天国に連れていかれる味がしたと。


★★★★★

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