告白
「どーっして、親世代って言うのはマゴマゴうるさいんでしょうねー」
すっかり夜も更けてからやっと帰宅できて、テーブルに頬杖をつきながらため息がでちゃいます。
あの後、イルディズさんを交えてお義母様に夕飯をご馳走になってきました。
なんでも王宮付魔術師筆頭とかいうえらいお仕事をしているお義母様は、色々と無理がきくらしく、王宮のコックを顎で使い美味しいお料理を作らせたのです。お義母様は権力アリアリなバリキャリさんだったのです!
その後、なぜか第十六王子なる方まで現れてお酌してくれるというハプニングがあり(こちらはイルディズさんが追い払っていましたが。第十六王子、なんだか婚活パーティーのはっちゃけイルディズさんを思い起こさせる方でした)、いきなりのセレブ世界にすっかり気疲れしての帰宅です。
帰ってこれて一安心。やっぱりおうちが落ち着きます。
「すまないな」
苦笑いしか出ないですよねぇ。わかります。
「いえこちらこそ」
うちの母も相当なものですし。
ふたり揃ってお互い様。お疲れ様ですよ。
「まあ、きっともうすぐわたしも時間切れですから、それまでの辛抱です。がんばりましょう!」
力強く言って、さてお茶でも入れようと立ち上がると、ふと部屋の中に花がなくなっていることに気が付きました。
「あれ? ここにお花を飾っておきませんでしたっけ?」
キョロキョロとあたりを見回しても見つかりません。
「ああ。捨てた」
イルディズさんは事も無げに言いました。
「!?」
ギョッとしてイルディズさんの顔を見ます。
特段代り映えのない素敵なお顔です。
「お花……嫌いでした?」
「いや、別に」
そっけない。
「……? ええと?」
首をかしげるわたしに、イルディズさんは当たり前みたいな顔をして
「他の男にもらった花を飾っておけるわけがないだろう?」
とか言い出しました。
「へ? 男?」
イルディズさんはため息を一つ。
「そばに置いてあった花屋のチラシの写真、あれは8番だろう? まだ君のことを狙っていたとはしつこい男だ」
「!?」
「私の妻に手を出すとはいい度胸だ。――ああ、パン屋もか。まあ明日なんとかする。気にするな」
ふわあっと眠そうにあくびをして立ち上がります。
わたしはびっくりして彼に詰め寄ります。
「ななななななに言ってるんですかっ!? イルディズさん! 頭おかしくなっちゃったんですかっ!?」
「? いや、普通だ」
「お花は8番さんじゃなくて乙女椿さんに頂いたものですし、パン屋さんには励ましてもらったんですよ! 感謝しかありません!」
「……本当に? 罠ではなく?」
夫が疑いのまなざしを向けてきます。
「罠って何ですか!? 本当です!」
「……そうか」
大変心配になってきて、イルディズさんの額に手をあてます。ほんのりと温かいだけ。
「熱は……ないですね」
首をかしげる私の手をイルディズさんが取ります。
「自分の妻に手を出されたら誰だって怒る」
当然、といった様子。
「わたしに手を出す人なんていませんよ」
真顔で冗談キツイんだから。笑っちゃいます。
「……………………」
イルディズさんに掴まれた手をじっと見つめてわたしは深く息を吐きます。
「シーラ?」
その手をぎゅっと握り返して、
彼の目をまっすぐに見つめます。
見つめ返す瞳はいつも通りに優し気で。
「わたし、イルディズさんのことが好きです」
はじめて、自分から彼に告白しました。
言葉にすると、すごくすがすがしい気持ちになりました。
もっと早くからこうすればよかったんです。
ぐるぐる一人で考えてばかり。
でも、あなたに与えてもらう日々は楽しくて、それを失ったらと思うと、怖かった。
わたしは、いつもひな鳥のように与えてもらうばかりで。
そして、本当に失いそうになって初めてそれを後悔してしまったから。
「あなたの、本当の妻になりたいです」
温情なんかじゃなくて。
「…………もう君はとっくに私だけの妻だ」
優しく微笑んでくれます。
いつもあなたは優しい。
優しくて、その温かさに浸かっていたくなる。
だけど。
わたしはクスッと笑って、
「ちょっとかがんでください」
「……?」
言われた通りに膝を折ったイルディズさんの唇にわたしはえいっとキスをします。一瞬だけの触れるキス。
それだけで、わたしはすっかり満たされてしまって、にんまりと微笑みます。
イルディズさんが驚いた顔で見てきます。
「妻なんだから、キスの一つくらいしたっていいでしょう?」
わたしも自分で言ってて恥ずかしいです。でも。
されないなら、自分からすればよかったんです。
待つ必要なんて、どこにもなくて。
手を出されないなら、わたしが出せばいい。
「わたしも、あなたを幸せにしたいんです。あなたと幸せを作っていきたい。そうさせてくれませんか?」
あなたは少し驚いたような顔をして、けれど幸せそうに微笑んで、壁に手をついてわたしにそっと口づけをして――
その瞬間、
ドサドサドサーッ
その些細な衝撃で、後ろのクローゼットにパンパンに隠していた子宝祈願のわいせつ物陳列罪たちがあふれ出しました。
その卑猥なこと卑猥なこと。
ふたりで一瞬固まってしまいます。
「ひええっっ!! なんでこんな時にーーっっ!!」
わたしはあわててブチ撒かれたそれらをクローゼットに押し込めていきます。
ああっ、早速イルディズさんに手を出したバチが当たりました! 手ひどい!
半泣きでしゃがみ込んで片付けていると、ぴったりと背中にイルディズさんがくっついてきました。ひえええっ、背中越しに体温が伝わってきて心臓が飛び出そうです。
そして、イルディズさんはわたし越しに床に落ちている毒々しい色に包装された謎薬『絶対子宝☆ これで明日からオレはパパ!』をひょいっと拾い上げて表に裏にとまじまじと眺めています。
「イルディズさん! それ見ちゃダメです! 触ってもダメですっ! ばっちいですっ! 汚れてしまいますっ!」
その汚物をイルディズさんから奪い取ろうとするのに、イルディズさんがわたしの手首を抑えてきて、真っ赤になったわたしのことをフッと笑ってきて、
「私を幸せにしてくれるんだろう? ――子どもは何人作る?」
とか耳元で聞くから。
わたしの頭はどんどん火がくべられていくみたいに更に熱くなって、つい、
「ふっ……二人ですっ」
と、口が勝手に動いてしまって。
そしたら、その得体のしれない謎薬をバリっと開封してイルディズさんがそれをあっという間に飲みこんで。
「よしわかった」
とか言って。
「何がわかっちゃったんですかっ!?」
と大混乱してジタバタしているうちに、わたしはイルディズさんにお姫様抱っこされて、パチンと指を鳴らす音がするとあっという間にそこは彼の部屋で、わたしはベッドに降ろされて。
「時間切れになる前に」
とか、優し気に微笑まれて。
ええと。あとは……あとは……。
……まあ…………、そういうことになったのでした。




