38年間の夢物語
長い話になるから、と公園のベンチに座って話をすることになりました。
よく見ればイルディズさんの格好はいつもの黒ローブではあるものの中はパジャマのまま、足元に至っては家で使っているスリッパのままでした。
すごく焦って追ってきてくれたんだなあと思うと、笑ってしまいそうに、けれどうれしい気持ちになってしまいます。
イルディズさんが話し始めます。
「38年前――君が2才で失踪した時、君のご両親は私の師匠のところに助けを求めに来たんだ。当時師匠はまだフリーの魔術師で、失せもの探しが得意と評判もあったから。
師匠はこの世界には君がいないことを突き止めて、それから時空の歪みを見つけて異世界に飛ばされている痕跡を見つけた。
だが異世界は星の数よりも多く存在するから、それを一つ一つ探して子ども一人見つけるなんて、それこそ奇跡のような話だ。
それでも、師匠は必死で頼み込むご両親を憐れんでその依頼を受けた。
ちょうどそのころ私が孤児院から弟子として迎えられたばかりで、その様子は私もよく覚えている。
君のご両親の様子は本当に――鬼気迫るもので、親の愛情というのはすごいものだなと思ったよ。
それで、師匠は異世界を一つ一つ周って君を探し始めたんだ。
だが――異世界への門を自ら開くには貴重な鉱石をいくつも使うんだ。だから資金はすぐに底をついた。
それを、ご両親と師匠とでなんとか資金を貯めては異世界を探して、その繰り返しで。期待しては裏切られ、それでも次こそはと働きづめて。
だから――日々疲弊していくご両親を師匠は見ていられなくなった。
そしてついに――15年を機に捜索を打ち切ることにしたんだ」
当時を思い出したのか、辛そうにイルディズさんが目を閉じます。
わたしがのほほんと生きてきた裏で、そんなことが……。
それなのに、両親だってイルディズさんだって、今までわたしにそんなこと話してこなくて――
わたしはいつだって自分のことばかりで、恥ずかしくなります。
「そんなに大変なことをしていただいていたんですね……。でもどうしてその後も探して頂けたのでしょうか?」
わたしが尋ねると、イルディズさんは一層苦し気に顔を歪ませます。
「それは――私の、我がままだ」
「え?」
イルディズさんの瞳が、寂し気に揺れます。
「私は、どうしてもあきらめたくなかったんだ。それまでの師匠とご両親の姿を見ていたから――。
――その努力が実を結ぶことを勝手に夢見て、無駄にしたくなかった。どうしようもないことなんてこの世にはないんだと、信じたかった。
私は孤児で、あきらめざるを得ないこともそれまでに幾つもあって……。
だから、あきらめなければ全てはいつかは報われると思い続けることができるから――、だから、君のことをいつまででも探し続けたかった。一生かかってもそれで良かった。
――そんなただの自己満足の身勝手な気持ちで、君のご両親まで巻き込んで、師匠の言うことにも耳を塞いだ愚か者が、私だ」
フッと自嘲して。
「子どもっぽい理由だろう?」
微笑む顔がとても悲し気で、わたしは首を横に振ります。
「そんなこと、ないです」
彼の手を自分の手で包みます。冷たい指先を温めるように。
どうか彼の心が少しでも救われますように、そんな大層なことを願いながら。
「あなたがあきらめなかったおかげで、わたしはここにいるんです。――本当に、感謝しています。だれが何と言おうと、あなたは私の、大恩人です。あなたのしたことは、愚かなんかじゃない。すごいことです。だから――お願いです。そんな風に、言わないで……」
まっすぐに見つめ合うと、イルディズさんの黒い瞳が優しくゆらめいて、泣きそうに、でもうれしそうに微笑んでくれるから、わたしもようやく笑うことができました。
やっと元通りのわたしたちに戻れて、一息つけました。
いつもの、彼といる時のわたしのじんわり温かい心地が戻ってきて、ほっとします。
それに、少しだけ彼の過去に触れることができてうれしいです。
「でもそれで師匠さんはわたしに会ってくれないんですか? わたしに負い目を感じて?」
「――そうだ」
わたしは居ても立っても居られずに立ち上がります。
「そんなの――そんなのはいけません! イルディズさん、お願いです。わたしを師匠さんに会わせてください!」
夫の両手をぎゅっと握って精一杯お願いします。
「いやしかし――」
「しかしもかかしもありません! 恩人にはお礼ぐらい言うのが人の道というものです! 恩人が売った恩を後悔なんて、こんな由々しき事態は許されませんよ!
イルディズさんは魔術師なんでしょう? わたしのために無理を通してください! 妻のたってのお願いです!」




