恐怖の婚活パーティー
後書き部分に挿絵があります。
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婚活パーティーはなんと結婚式場にも使われるオシャレなレストランで行われます。
白を基調とした外装はお城みたいでとても素敵です。
全館に敷き詰められた青い絨毯を白いハイヒールで踏みしめると、なんだか特別な気持ちになります。
ベビーブルーのドレスに身を包んだわたしは、受付を済ませ、5番の番号札をもらいました。
会場となる広間には、ガラス張りの大きな窓に面してテーブルが一直線に置かれています。
わたしは早速、同じ番号が貼っている席に座りました。
どうやら壁側が男性側の席、窓側が女性側の席のようです。
まだ開始まで時間があったので、わたしは隣の席の真っ赤なドレスを着た女性に話しかけてみます。
「こんにちは。わたし、婚活パーティーってはじめてなんです。緊張しちゃいますね」
なるべくフレンドリーに話しかけたつもりでした。
ですが、
「そうですの。ですが、ここでは誰もがライバル! 気安く話しかけないでくださいまし!」
目を吊り上げたツンツンで返されてしまいました。超ピリピリ。
「ごめんなさい……」
しょんぼりとしつつ、今度は反対側のふんわりとしたピンクのドレスを着た女性に話しかけてみます。
「こんにちは。素敵なドレスですね。桜のお花のようです」
ちょっと小洒落た一言を心掛けてみました。
ですが、
「まああっっ! 桜あああッッ!? 桜に見えますのっ!?これがああっっ!? あなたああっ、目が腐ってるのではありませんことおぉっ!? これは椿!乙女椿ですのよぉぉっ!!」
こだわりの強い方のようで、半狂乱で全否定されました。
「ご……ごめんなさい……」
ただ同年代の方とお話ししたかっただけなのに、恐怖です。
わたしは涙目になりながら、ただ前を向きます。
すでにメンタルはガタガタです。
しばらくすると、ダークスーツを着た男性がわたしの向かいに座りました。
「!」
イルディズさんでした。
わたしはすごくすごく安心して(だって両隣が修羅)今すぐ話しかけたい気持ちになりましたが、ここはぐっと我慢です。お互い結婚相手を探すという目的のために来ているのですから、邪魔をしてはいけません。
けれど。
見るくらいはいいよね、と思って、わたしはイルディズさんの礼装姿を堪能します。
いつものゆったりとした黒ローブではなく、体のラインが程よく出た三つ揃えを着ていて、髪も上に上げていて、なんだか大人の色気に溢れています。
でも無言でわたしを見返してくる黒い瞳はいつも通りどこか優し気で、わたしは会が始まるまでニコニコと彼のことを見て心を落ち着かせるのでした。
婚活パーティーは、まずは1対1の自己紹介タイム、その後気に入った相手と自由にお話できるフリータイム、それから最後にお楽しみタイムというプログラムで進行していくそうです。
最初の自己紹介の相手はイルディズさんなので、練習だと思って気楽にいきましょう。
「こんにちは。シーラ・リトラー40歳です。趣味は雉狩りです」
里での経験を積極的にアピールです。
イルディズさんの眉がぴくっと上がりました。
しばらくわたしをまじまじと見つめて何やら考え込むと、
「雉狩り!? いいですね! 得物は何ですか?」
なんと、突然ここにきて今まで見たことのないイルディズさんの素敵な笑顔がさく裂しました。あなたの表情筋ってこんなに動くんですか!? びっくりしました。
そして見たこともないほどのテンションの高さです。一体どうしたんでしょうか!?
よくわからないながらも、わたしは好感触に気を良くしてさらに続けます。
「弓です! やっぱり獲れたての雉に勝るごちそうはないと思うので、結婚したらたくさん雉料理をつくってあげたいです!」
完璧な家庭的アピールです。なぜかこちらの母はわたしが狩りに出ることを嫌がるのですが、結婚後は伴侶に美味しい家庭料理の一つもふるまってあげたいものです。
「イルディズさんのご趣味は?」
これは普通に気になるところ。
「私は、天体観測を少々」
めったに見られない笑顔がずっと持続しています。婚活の力ってすごい!
「へえ! ロマンチックですね!」
「ええ。星と魔術の関係は深いですから。太陽の黄道、太陰の白道、惑星の運行、二十八宿の星図をもとに魔具の鉱石を変えて術式も――」
おっとぉ、今度はなんだかスイッチが入ったがごとくベラベラ喋り始めましたよ? なるほど、イルディズさんは魔術オタクだったわけですね。好きなものは語りたくなるものですからね。でも好きですよ、そういうの。悪くない。これは負けてられません。
「わたしも里から弓も矢も持ってきたんですが、矢を作るのってわたし苦手なんですよね。いつもちょっと歪んじゃって。でもたまに綺麗に真っすぐできることができて、そういう時はまあ絶対外しませんよね。だからウチの里だと矢を作るのが上手な人ほど狩りの達人で、三軒先のロック爺さんときたら――」
わたしも負けじと弓矢と狩りの関係性についてベラベラ喋ります。
あっという間に自己紹介タイム三分が終わってしまいました。
これはいける!と確信をもって他の男性参加者にも同じ自己紹介をすると――
ドン引かれました。ショック。
引きつった笑いをされるのって辛いですね。
イルディズさんはといえば、さっきのマシンガントークも笑顔も封印して、しれっと「趣味は読書です」とか言ってるの聞こえました。ひどい裏切りです。
次なるフリータイムは立食パーティー形式です。
自由に好きな人と会話を楽しんで、とのことですので傷心のわたしはまずは景気づけに一杯ひっかけることにしました。メンタルを立て直さないと立ち向かえませんから。大丈夫わたしお酒強いから。
綺麗な海の色をしたカクテルを飲むと、なんだかふわふわした気持ちになってきました。
思ったより強めでしたね。まあでも心の傷口はふさがったことだし、さあ一狩りいきましょう。
お、こちらに誰か近づいてきましたよ?
「さっきの雉の子だよね、おもしろかったよ。ねえ、連絡先交換しない?」
チャラい感じの3番さんが話しかけてきました。ええと確か趣味はギターです。
まあ連絡先ぐらい、と思っていると彼の手がわたしの肩に伸びてきました。
すると。
バチィッ
「いてっ!」
急に手を引っ込めました。
「???」
なんなんでしょうか、静電気? でもわたしは全然痛くありません。
手を抑えた3番さんは急にギョッとした顔をして、「やっぱりいいや!」と言って去って行きました。
気まぐれな人ですね。
しかしせっかくの婚活パーティー、わたしも攻めねばなりません。お金も払っているのです。
一番わたしの話に引いてなかった(当社比)8番さんに狙いを定めてGOです!
「あのっ、先ほどはどうも~。釣りが趣味って言ってましたよね」
「ああ、雉の人。ええ」
のほほんとした雰囲気の8番さんが応じてくれます。
でも『雉の人』って、なんだか『ハムの人』みたいな語感です。溢れるお歳暮感。
「このあたりだとどこで釣り出来るんですか~? わたし、引っ越してきたばっかりであんまり知らなくて~」
巧妙に語尾を伸ばして親しみやすさをアピールです。
「ああ、ユガ海岸なんかがおススメですよ。磯釣りでイサキとかマダイとか釣れるんですよ」
「ユガ海岸! 小さい頃に行ったことあるんですよ」
幼き日の写真の地ではありませんか! 知ってる地名がでてきてうれしいです。
8番さんと楽しく釣りの話で盛り上がります。わたしも里の川では川釣りはしましたが、海釣りはしたことがありません。
これは趣味も合うし良きお相手なのでは?
「日帰りもできますから、今度――」
連絡先を8番さんが手渡そうとした瞬間――
バチィッ
「うわっ!」
またもや静電気。
そしてギョッとした顔をして、「ごめんなさい~」と足早に去って行ってしまいました。
こちらも気まぐれさん?
なんでしょう、空気が乾燥しているんでしょうか?
わたしは二連続失敗にめげて、お花を摘みに行くことにしました。
トイレの入り口まで行くと、中の会話が聞こえてきました。
「あの5番ありえないよね~」
5番。わたしのことです。わたしは足を止めます。
「そうそうあの5番のおばちゃん、いったい何なのー? 雉撃ちとか、不思議ちゃん? めっちゃしゃべるしー。空気読んでよねー」
「てかさ、すんごい若作りしてんじゃん。40女は引っ込んでてよねー」
「そうそう、もう手遅れなんだしー」
キャハハと楽し気に笑う声が響きます。
中に入っていくのもはばかられて、わたしは会場に戻って一人壁に背を預けました。
なんなんでしょうもう。
あちらの世界では子ども扱い。
こちらの世界ではおばちゃん扱い。
まったく、やってられません。
お酒が入ってるのもあって、ついクサクサしてしまいます。
会場の真ん中あたりで、イルディズさんが女性に囲まれているのが見えます。
いいですね、おモテになって。
大恩人が幸せになるのはわたしだってうれしいですよ。ホントですよ。
ちょっと泣きそうな気分でいると、フリータイムが終わってしまいました。そしてカップル希望とやらの紙を渡されましたが、わたしは白紙で出しました。
もうすっかり白けてしまって、どうでもいいです。
カップル発表が行われて、2組の知らないカップルが成立していました。
拍手を送り、やれやれもう帰るかと思った時、会場の扉がすべて閉ざされました。
「さあ、カップル成立した幸せな人も、残念ながらカップル成立できなかった人にもおすすめの商品がこちら!」
司会者がことさら明るい声をだして、スタッフが何やら赤い布のかかった大きなものを運んできました。
もったいつけながら、布を取り除くと――
それは、
壷でした。
「この壷はただの壷ではありません! 霊山の土をこねて作り、聖なる炎で焼き上げた霊験あらたかな壷なのです。この壷さえあれば、家内安全・家庭円満・結婚・昇進・転職・合格間違いなし! どんな不運も跳ね返し、幸運を授ける魔法の壷なのです。 欲しいですよね? 欲しいですよね? 何と今なら100万ディガー! 安い! 安すぎる! この値段で買えるのはこの会場にいるあなたたちだけ!」
「買います!」
「買います!」
「買います!」
「買います!」
成立カップルたちが即座に手を上げます。
すると。
「はいっ! わ……私も欲しいです!」
乙女椿さんが手を上げました。
それを見た赤ドレスツンツンさんもすかさず手を上げます。
「はいっ! わたくしにも一つくださいまし!」
次々にみんな手を上げていきます。
その熱狂的な空気にわたしの頭はクラクラしてきました。
わたしの不運。
38年前にまさかの異世界迷子になり、40になってやっと戻ってきて、結婚しろと母にせっつかれ、婚活は上手く行かず、若い子には手遅れとか言われちゃう。
それが、あの壷さえあれば――?
熱狂的ハイハイコールに背中を押されるように、わたしの右手が少しずつ上に上がり――
突然ガシッと大きな手で掴まれました。
「!?」
それは、イルディズさんの手でした。
「何してるんだ」
呆れたような顔で見下ろされています。
その顔に、なぜか少し安心してしまって。
「壷を、買おうかと」
笑おうとして、失敗。声が震えてしまう。
周りは大熱狂ハイハイ学校の真っ最中。
「なんで」
優しく諭すような声。心配そうに見つめられて、胸の奥から抑えていたものが込み上げてきて、鼻がツンと痛い。
「幸せに、なりたいなあって」
震える声で、言葉にしてしまうと、涙がこぼれてしまって。
それはどんどんとあふれ出て、止まらなくて、わたしは一生懸命手で拭うのに、全然、まったく、これっぽっちも止まってくれなくて。
どうしよう。
どうしよう。
肩を震わせていると、ふいにわたしは温かくて大きなものに包まれました。
「イルディズさん……?」
ちょっとどころではなくびっくりです。
イルディズさんは黙ったままわたしをきつく抱きしめていました。
そんなにくっついたら、涙とか、鼻水とか、お化粧とか、ついちゃうのに。
ああ、でも。
少しだけ。
そう、もう少しだけ、このままで――
わたしはイルディズさんの背中に手を回して、その温かい胸に顔をうずめて目を閉じました。
しばらくして、警察が来ました。
会場は大パニック。逃げ出そうとするスタッフ&サクラカップルを警察が取り押さえ、参加者たちは全員事情聴取をされました。
なんでも、婚活パーティーにかこつけて高額なインチキ商品を売る悪徳業者だったそうです。
『縁定めのアマンダ』はその主犯格で、翌日の新聞にその顛末が載ってしまいました。逮捕劇を捉えた一葉の写真にはわたしとイルディズさんも写っていて、なんだかとっても……ビミョーな気持ちにさせられました。
しかも割と社会問題になっていたらしく、新聞で注意喚起とかされてたらしいです。……四コマしか読まなかったから、わたし。
「あああ……、わたしの婚活が……。アマンダ先生だけが頼みの綱だったのに……!」
わたしはいつものイルディズさんの家で、新聞を前に頭を抱えます。
「そんな大げさな。結婚なんてできなくても死なないぞ?」
イルディズさんが呆れ顔でわたしを見ます。
美形がそれを言うと鼻について、わたしはプイっと横を向きます。
「まあ、イルディズさんは非結婚主義者なんでしょうけど! でもわたしは結婚したいんです!」
「どうして?」
本当に不思議そうに首を傾げられて、わたしはうっと詰まります。
何となく、こんなこと言うと子どもみたいだなって思われるとは思うんです。思うんですけど。
「だって、親を安心させてあげたいじゃないですか」
わたしは口をとがらせて言いました。
「うちの母も父も38年もあきらめないでわたしを探してくれて、今だってその報酬を払うためにがんばって働いてくれていて。そういうのって、うれしいですよ。うれしいから、わたしだって何か喜ばせてあげたいって思うんです。……はじめての親孝行をしたいって思うんです……」
きっと呆れられるって思うから、わたしはうつむいてしまいます。
イルディズさんのため息が聞こえました。
ほら呆れた。
イルディズさんが立ち上がります。
そしてどこかに行くと思いきや、わたしの前にしゃがみ込みました。
わたしはきょとんとして、彼の顔を見つめます。
彼もわたしの目をまっすぐに見つめます。それは今まで見た中で一番真剣な顔で。
「だったら、私と結婚するか」
その瞬間、わたしの全身がぶわあっと粟立ちました。
顔から火が出そうなほど熱くて、頭がぐわんぐわんしてきます。
「ど……どうして……?」
やっと言葉を絞り出すと、イルディズさんは優しく微笑みます。
「君をせっかく23年かけて助けたのに、こんなところで不幸になられては……甲斐がない」
「……なるほど……」
納得の理由です。
でもわたしの心臓はずっと跳ねたまま戻りません。
イルディズさんはまるで騎士のように跪いてわたしの手を取ります。
「私に、君を幸せにさせてくれないか?」
すごく幸せそうに、そう言うから。
わたしは、飛び切りの笑顔で、
「もちろんです! わたしを幸せにしてください!」
とお願いしたのです。