母の狂乱、40歳からの婚活
新しい世界は、案外普通でした。
耳はみんな短いし、ちんちくりんが多いし(長身美形に囲まれた生活を送っていましたから)、でもそれ以外は――、ああ、魔法を使わず狩りをしないことはまあまあ驚きましたが、それだけです。
こちらの両親はわたしのことを待ちわびていて、会うなり泣いて抱き着かれてしまいました。
知らない人、それも見慣れないちんちくりん族(わたしもそうなんですけど)に抱き着かれてとてもわたしは困惑したのですが、でもあの愛のこもったたくさんのアルバムを作った人たちだと思うと、とても不思議で、けれど温かい気持ちになりました。
そうして、わたしと両親との生活が始まりました。
新しい両親は、38年間のすき間を埋めるように、わたしを美食に溺れさせ、あちこち連れまわし、おもしろおかしい生活をさせてくれました。
そんな生活が一か月続いてすっかりわたしがこちらの世界に順応したころ、新しい母はわたしに言いました。
「ところで――、シーラちゃんは、そろそろ結婚したいとか思わないかしら?」
「結婚ですか?」
ごろんとソファーに寝転がってくつろぎモードのわたし。
「えー、まだ早いですよー。まだ40だっていうのにー」
笑いながら言うと、母はギョッと目を剥きました。その顔は般若によく似ていました。
わたしが初めて見るその顔にびっくりしていると、母は取り直すように笑顔を作ります。
「あのね、シーラちゃんは異世界に行っていたから知らないのかもしれないのだけど、こちらの人間は20代でだいたい結婚するの。遅くても30代。40代ともなれば子どもだって産めるか怪しいわ。せっかく異世界から帰ってきたのだからもっとゆっくりさせてあげたいのだけど――、子どものことを考えると、ねえ」
母は言いづらそうに、けれどしっかり言いたいことは全部言ってきました。
「はあ……そうなんですか」
でもやっぱりわたしにはピンときません。なにせ人生800年の世界から来たので。
「うん、だからまずは結婚相手の候補を探してもらっているのよ。何か好みはある?」
そう聞かれて、思わずマーくんのことが頭に浮かびましたが、彼は過去の人。それもきっと今やわたしの古い方のお母さんとくっついているかもしれない人なのです。
そういえばわたしが旅立つ時ちゃっかりお母さんの肩を抱いていましたね。彼のことをお父さんと呼ばなくて済んで本当に助かりました。だってまだちょっと胸が痛い。
だから、
「いいえ、選り好みはしませんよ」
と答えました。
すると。
「いない! いないわ! あなたの結婚相手がどこにもいない!」
翌日、半狂乱で母が帰ってきました。
「親戚中、友達という友達、みんっなに当たって独身の男の人にも声をかけまくったのに! キーッ!」
ハンカチ噛み噛みしています。
「お母さん落ち着いて」
わたしは母にお水を飲ませて背中をなでてあげます。どうどう。
「私のかわいいシーラちゃんにむかって、『異世界帰り?それはちょっと……』とかあっ、『40かあ……』とかあっ、『顔がなあ……』とかあっ、『せめて綾○はるかじゃないと』とかあっ、なああああんっって失礼なのかしらああああ!! 結婚もしていないゴミクソ野郎どもが生意気言ってんじゃないわよ! 私の天使シーラちゃんと結婚できるチャンスを逃した馬鹿どもには寂しい老後を送る呪いをかけてやるわっっ!!」
憤る母をなだめながら、「結婚もしていないゴミクソ」って言われちゃうとわたしもなんだよなあ、と思います。言わないけど。
「かくなる上はぁ……、シーラちゃんの愛らしさを伝えるチラシを作って国内五十都市のご家庭に投函してぇ……」
「やめて! お母さん、やめて!」
血走った眼をした母のまさかの言葉にギョッとして、わたしは慌てて止めます。
全国的怪文書を流すのはやめて下さい!
「わたし、自分で探すから! 結婚相手! 大丈夫!」
というわけで、わたしは40にして婚活を始めることになったのです。
そして冒頭のような結婚相談所をめぐるわたしの生活が始まったのですが……。
「結婚相手がなかなか見つからないんですよー」
勉強を見てもらっているイルディズさんに愚痴をこぼします。
母にこんな愚痴を聞かせようものなら即怪文書発行に踏み切られますから。くわばら。
ちなみに父は「結婚なんてしなくていいよ、ずっと家にいて。私の天使」と言っては母に睨まれています。意外にメンタル強いんだあの人。
「そうか……」
イルディズさんは無表情にわたしの計算ドリルに赤ペンで丸をつけていってくれています。数字まで元の世界とは違っていて厄介極まりないです、算数。
ところでなんでただの異世界救出請負人(本職は魔術師です)イルディズさんがわたしの勉強をみてくれているのか?
それは、わたしが子どもと一緒に初等学校に通うのは恥ずかしいと駄々をこね、かといって両親はわたしの捜索費を彼に払うために働きづめでそんな暇がなく困っていたところを、それなら勉強くらいみてやると言ってくださって、こんな関係になっています。
本当にイルディズさんは心の広い素晴らしい方だと思います。ちょっと黒ずくめが怪しげ、いいえミステリアスで、そっけない、いいえ何事にも動じない、ですけど。
「まさかこんな手こずるとは思いませんでした。40なんて赤ちゃんに毛が生えたようなものかと思っていたらそうでもないんですね。子どもと結婚しようなんてロリかと思いきやババア扱いされるとは」
「君はまずはその異世界常識を改めた方がいい。今の世界の年齢に10を掛ければいいだけだ。簡単だろう?」
「あー、なるほど。うーん、でも自分が今400歳ともなかなか思えないんですよねぇ」
イルディズさんは肩をすくめます。
ふと、彼のことが気になりました。
「イルディズさんは?」
「ん?」
「何歳なんですか? そういえばご結婚は?」
「私か? ……今年で45だ。」
「45!」
わたしの当初の予想500歳……もとい50歳は少し外れていました。
「なんで驚く」
ジトっとした目で見られてしまいました。ありゃ、何かプライドを傷つけた?
「いえ、大人びて見えたもので。それでご結婚は?」
「しているように見えるか?」
「いえ」
一人暮らしの様ですし。
「そういうことだ」
わたしはついニッコリしてしまいます。
「……なんだその顔は」
反対にしかめっ面のイルディズさん。
「え? うれしいなあと思って」
わたしはニヤニヤしながらスペルドリルを進めます。
40過ぎたって結婚してない人だっているじゃないですか、こうして! うれしー。お仲間~。
「……………………ここ、間違えている」
「あ、ホントです。ありがとうございます♪」
独身仲間イルディズさんに勇気をもらい、その日の勉強は本当に捗りました。
次の日、わたしはアマンダ結婚相談所に行きました。
紹介できる男性はいなかったものの、なんと婚活パーティーなるものに誘っていただけました!
パーティー! なんて素敵な響きでしょう!
ウキウキと心を弾ませ、ニコニコが顔からあふれ出たまま、今日も今日とてイルディズさんの家に勉強しに来ました。
「……何かいいことがあったのか?」
むっつりしながらも聞いてくれちゃうイルディズさん。
「えー、わかっちゃいますよねー。フフフ、なんと! これを見てくださいっ! 『婚活パーティー』ですっ!」
ずいっとチラシをイルディズさんの目の前に掲げます。
それを一瞥したイルディズさんが、しらーっとした目をわたしに向けてきます。おやおや?
「パーティーですよパーティー。ワクワクしますね! 何着てけばいいんでしょうね!ドレスですかね? 踊るんですかね? あ、ちゃんと聞いてみないと」
わたしと反対で、なぜかいつにも増してテンション駄々下がりのイルディズさん。
「……君は字が読めないんだったな」
ため息が一つ。
「? どういうことでしょう? あ、イルディズさんも一緒に行きますか? 素敵な出会いが待ってるやもしれませんよ!」
ウキウキが過ぎてつい誘ってみたというただの出来心というか、まあ社交辞令だったのですけど。
「――そうだな。私も行く」
意外にもイルディズさんは乗ってきてしまったのでした。