新婚旅行へ
というわけで、二泊三日の温泉旅行にGOです!
はい、帽子もかぶって旅行の準備万端のわたしのお隣にはむすーっと不満顔のイルディズさんです。初夏だというのに相も変わらず黒ローブ。暑くないんですかね?
「……休みは全部家にいたい」
ひどいインドア派発言です。これはいけない。
「まあまあ、せっかく素敵な温泉宿を手配してくださったんですから。しかも!炎竜の鱗を見つけたらお駄賃をもらえるお使い付きという、とっても素敵なボーナスチャンス付きですよ! 宝探しも加わって素敵倍増ですね!」
旅行なんて人生で一度たりとも行ったことのないわたしは、ウキウキMAXです。なんとか夫をなだめすかせてでも旅行は行きたいんです。
ルンルンなわたしにイルディズさんは、
「……君は私と二人きりでいるよりも旅行を選ぶのか」
とかなんとか言っているので、
「ほらほらそんなこと言わずに。新しい刺激を受けることでマンネリも打破できますから!」
と返すと、なぜかガーンとショックを受けています。あれ?お義母様直伝新婚さんジョークが通じなかった。まあいいや。
ともかくともかく、楽しい新婚旅行の始まりです!
目的地ハッコーネの地は火山ハッコーネマウンテンの山麓にあり、ここ王都モンマルタからは鉄道で繋がっています。
鉄道というのもわたしは初めてで、こんな鉄の箱の中に乗るだなんて驚きでしたが、怯んでいてはイルディズさんが「じゃあ帰ろう」となっちゃうので、プルプル震えながらも笑顔で乗り込みます。
「た……たのしいですねー」
ガタンゴトンと揺れて鉄の箱は進んでいきます。ちょっと待って下さい、カーブでそんなにスピード出したら横転しちゃうんじゃないんですか……ひいいい。
車窓からは景色がビュンビュン通り過ぎていきます。3両目に乗っているので進行方向が見えないのも恐怖です。ハラハラで足がすくみっぱなし。
「……無理することないんだぞ」
ここにきての優し気発言。けれどこれに乗っかると即ゴーホーム。もちろんそんなのノーセンキューです。
「無理? あきらめたらそこで旅行終了ですよ。わたしは絶対にあきらめません!」
手を胸の前で合わせて全身全霊で旅行の安全をお祈りしながら、時が過ぎるのを待ちました。
昼過ぎにハッコーネの駅につくと、馬車乗り場もあったのですが、もう乗り物に乗りたくないので、旅館まで少し歩くことにしました。途中のシャレオツなカフェでランチも取りました。
緑深い高原の道を歩くのは気持ちがいいです。
初夏になりじりじりと暑さが増してきたモンマルタと比べ、涼しい風が吹いてとても爽やか。 お散歩するのにもってこいの日和ですね。
ゆるやかな上り坂を歩いていると鉄の箱ショックも和らいで、再び楽しい気分になってきます。
「イルディズさん、手をつなぎましょう」
横でぷらぷらしてる手を取ります。
わあ、こうしているととってもデートっぽい。デートですよ。ウキウキ。
小鳥がさえずる中、木漏れ日の道を行きます。自然の中にいると超落ち着きますね。思わず肉類を探してしまいます。
ですが今回弓は持ってきていません。もっと長居するなら持ってくるんですけど。
イルディズさんの顔は相変わらず不機嫌そうです。
けれど、今回わたしはこの不機嫌を吹き飛ばす秘策を用意しているので問題ありません。
30分ほど歩くと、雅な旅館につきました。
艶のあるこげ茶色をした木造りの異国情緒あふれる建物です。
中に入ると、赤じゅうたんの敷かれた玄関で早速旅館の方がお出迎えしてくれました。
「ようこそいらっしゃいませ、お待ちしておりました」
そう言って、腰低く出迎えてくれたのは――
「赤ドレスツンツンさん!?」
婚活パーティーでお隣の席だった赤ドレスツンツンさんでした。
「わたくし、あの婚活パーティーで警察のお世話になっているときに今の主人に励まされまして、それで結婚することになったんです」
「雉の子じゃん~! こんなところでまた会えてうれしいぜいっ」
赤ドレスツンツンさんのご主人は3番のチャラ男さんでした。
雉の子って、わたし哺乳類なんですが。
ともかく、世間は狭いです。
わたしはお二人と握手をして再会を喜びます。
凸凹した雰囲気の二人はとてもお似合いのご夫婦です。夫婦の形は人それぞれなんですね。
でも二人とも前合わせの異国情緒あふれる装束に身を包み、やっぱり幸せそう。
「わたしたちもあの後結婚したんですよ」
イルディズさんと手を繋いで一応ご報告。
「まあ! そうでしたの! お似合いでしたものね!」
「そ……そうなんだ~……」
華やかに微笑んで喜んでくれる赤ドレスツンツンさんとは違い、3番さんことご主人が小刻みに震えだしました。
「? どうかされたんですか?」
「いいえ! お幸せそうで何よりです!」
なにか言いたいけど言ってはいけないことを隠しているような雰囲気ですが、気のせいでしょう。
イルディズさんは横でずーーっとむすーっとしてます。むすっと魔人。感じ悪いですねー。
「あのパーティー、最後はインチキでしたけど、婚活としては大成功でしたのね」
赤ドレスツンツンさんが上品に笑います。
「そうなんですよ、わたしの隣の席だったピンクのドレスの方も結婚されて今はご夫婦でお花屋さんをやってるんですよ」
「まあ、そうですの。皆さん幸せを掴んで、わたくしとしてもとてもうれしいですわ」
気高い微笑みを浮かべる赤ドレスツンツンさんはデキる女って感じでカッコいいです。
「ご夫婦で旅館をやられているなんて、素敵ですね」
素敵な旅館を見渡します。
落ち着いた上品な設えの老舗旅館です。飾られた壺とか掛け軸とかも高そう。
「ええ、主人の家業だったんです。わたくしもこんな素敵なお仕事ができるなんて夢のようですわ……。……実はわたくし、元は蹴落とされる人生を送っていまして……。だから、パーティーの時はつい5番さんにひどいことを言ってしまってごめんなさいね? 少し緊張してしまっていたんです」
「いいえ、大丈夫です。済んだ話ですから」
やっぱりこの世界の方は気が高ぶると発狂するということがわかりました。3件実績があります。確定です。
「本当に心の広い方――。あの……もしよろしければ、お友達になってくださいませんこと?」
「ええ、もちろん!」
この世界にまたお友達が増えました。
通されたお部屋は窓からの眺めの良い素敵なお部屋でした。
部屋の中は草を編んだ絨毯が敷かれ、木と紙の扉、低いテーブルと、薄いクッションを敷いた足のない椅子があります。
「素敵なお部屋ですね」
早速すみっこで魔術書を広げて一人の世界に入ってしまっているイルディズさんに話しかけます。
「……ああ」
そっけなーい。
新婚さんとは思えなーい。
なんでしょ、この家の中と外とのギャップ。家だとだいぶ懐いてきてくれたんですけどね。うーん。
「大浴場があるんですって。行きましょう?」
「……私は後でいい」
つれなーい。
数々の無下にため息をついて、わたしは一人でお風呂に入りに行きました。
広いお風呂は気持ちがいいですね。
一緒に入った年かさのおばちゃん軍団と意気投合してつい長話をしてしまいました。
広くても泳いじゃいけないんですって。聞けば何でも教えてくれます。マナーうんちくの出てくること出てくること。嫁姑問題について熱く語る方もいました。
そしてこの温泉、なんと美人の湯なんだそうです。さすがお義母様、美魔女の選ぶ温泉は違います。
そんなわけで、つるつるつやつやほかほかになったわたしは部屋に戻ってきました。
「戻りましたー。やー、気持ち良かったですよー」
ずーっと同じすみっこに座ってるんですけど、イルディズさん。借りてきた猫の子なんですか、あなた。
そんなツッコミを胸の中だけでやっていると、イルディズさんが目線だけ上げてわたしを見て、
「シーラ……!」
驚いた様子。
目論見が完全にあたって、わたしは満足顔でその場でくるっと回って見せます。
「じゃじゃーん! 『浴衣』っていうんですって。温泉旅館の衣装なんですって! かわいいでしょ!」
白地に藍色の模様の入っている前合わせの衣装を見せつけます。その上には同じく藍色の半纏。
異国情緒あふれる衣装です。仲良くなったおばちゃんに着せてもらったので着方だってばっちりです。
なんでもここはコンセプト旅館らしくて、異国の温泉街の衣装を取り入れたんですって! さすが商売人は発想が違いますね。
お義母様にこのことを聞いた時から、イルディズさんに見てもらいたかったんですよね。
イルディズさんがすごい勢いでわたしに駆け寄って、眉間にしわを寄せて自分の黒マントをかけてきます。
おやおや? なんだか思ったのと違う反応。
せっかくのかわいい浴衣が全部隠れてすっかり黒いてるてる坊主と化してしまったわたし。
「こんな格好でうろついてきたのか……!? 誰にも会わなかっただろうな?」
切実な目で訴えてきます。
「別に誰にも会いませんでしたけど……。でもコレ、この旅館での正装ですよ?」
そんな「妻が痴女になってしまった!」みたいな反応をされるとは……。
「……心臓に悪い。やめてくれ」
「えええ……? かわいくないですか?」
ひらっとまた回ろうとして止められてしまいます。
「……可愛すぎるからだ。誘拐されたらどうするんだ」
またそういうこと言うー。
「イルディズさん、過保護ですよー。そんなこと思うのイルディズさんだけですって」
身内びいきが過ぎます。前の世界ならいざ知らず、こっちの世界で40女を誘拐する人なんていませんよ。わたしは異世界迷子になっただけで、攫われたことなんて一度もありません。
たまに過保護なんですよね、イルディズさん。
「君は……! ……いや、いい。もう外には出ないだろう? 部屋にいよう」
そう言って元の定位置に戻ってしまいました。
「ぶーぶー」
ブーイングにも無反応。
つまんないなーと思って、寝転んでイルディズさんの膝の上に頭を乗っけてみます。
無反応。
ひたすら小難しい本を読んでます。
さらに仰向けになると、いつもと違う角度からのイルディズさんが見れてちょっと面白いです。
真剣に本に目をやるイルディズさんのまつ毛は長いし、下からだと鼻の穴まで見えちゃいます。男の人って喉仏がすごく出っ張ってますよね、ぶつけると痛そう。でもこの角度からも全部かっこいいってどういうことなんでしょうか? イケてる種族に死角はないのか。
あ、でも髭の剃り残しを発見。
フフッと心の中で笑っていると、頭にイルディズさんの体温が移ってきてとっても温かくなってきました。
お風呂に入ってホカホカでふわふわしているのも相まって、うとうとして、まぶたが重くなってきます。
そして、わたしは黒いてるてる坊主姿のままいつの間にか眠ってしまったのです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
膝の上で寝息をたてる妻の乱れた髪を指でなおしてやる。
ゆるんだ口元、上がった頬。
何か楽しい夢でも見ているのだろう。
――平和の象徴のような彼女。
笑みをこぼして、また本に目を戻す。
とても静かで、彼女の寝息だけが聞こえる。
本のページを繰ると、
「……イルディズ……さん……」
膝に乗った頭がもぞもぞと動き横に寝返りを打つ。
その拍子に黒いマントがめくり上がり、白い足が露わになった。
「………………」
前合わせの衣はしどけなく着崩れてしまっている。
一枚の布を帯で留めているだけなのだからそれはそうなるだろう。
……こんな格好を他の男に見られたらどうするんだ。
「勘弁してくれ……」
ため息をついて、マントで覆いなおす。
可愛い顔も、可愛い格好も、私の前でだけしてくれればいい。
だから外に行くのは嫌なんだ。
だが、今回は――
服の下から首に下げた金色の鍵を取り出す。
あのくだらない親子喧嘩の後、私は44にもなって「ごめんなさいおかあさま、ぼくがわるかったです」と謝罪させられた。ひどい侮辱を受けて悔しがる私に、師匠はこの鍵を手渡した。
『――ついでだ。コレも引き継げ』
師の言葉を思い出し、ため息が口から洩れる。
こんなものまで隠し持っていたとは……。
日の光にキラリときらめく金色の輝き。
「……炎竜の、巣の鍵……」
私の村を焼いた相手。この地の土着の神。
千年の眠りについた異形の生き物。
……これも、背負っていかなければならないのか。
――23年間、彼女を救おうとすることで、あの日の自分が救われる道を探し続けていた。
なのにそれが叶ってもまだあの夢をみる。
結局、他者を救ったところで自分は救われない。向き合うべきものを挿げ替えることはできないのだと、いつまでも悪夢は付きまとい続ける。
ズシリと重い責任まで渡されて。
『……敵討ちをするとは思わないのか?』
そう問うと、すぐさま
『――そんな事、お前はしないよ』
そうやってせせら笑われた。
信頼が憎らしい。
同時に、師匠が背負うものを手渡す意味に胸が苦しくなる。
……身軽なままではいられない。
だから、押しつぶされる前に。
明日、あの焼け跡へ。
悪夢を、終わらせるために。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




