エピローグ
夏も近付く八十八夜の昼下がり、家の庭でお義母様と楽しくお茶会をすることになりました。
いつまでも若々しくキラキラと輝くお義母様は王子様のような白い衣装で、白いガーデンチェアに足を組んで座っています。
庭に植えた薔薇がつぼみをつけていて、それを背景としたお義母様はまるで一枚の絵画のよう。眼福です。
見た目は20代の王子様、しかしてその実態は63歳の美魔女。その存在は三年経つ今もなお強烈です。ていうか、最近キラキラがより増している気がします。一応、人間種族だと聞いてはいるのですが、まだまだ世界は広いようで、お義母様と会うたびにわたしは井の中の蛙だと思い知らされます。
わたしの膝の上には愛娘2才(世界一可愛いだけで変な属性はついていません)が座り、動物の形のクッキーを一生懸命ほおばっています。
「いやあ、私もやーっと、王宮付なんて堅苦しい仕事を引退出来て、やれやれだよ」
王子様――もとい、お義母様は晴れやかに笑っています。
「もともとさあ、イルディズにさっさと首を挿げ替えたかったのに、アイツ、なんだかんだ逃げまくるから。『妻との時間が減る』とかなんとか。でも今度は娘が生まれたら、『家族の時間が減る』だろ? お前いつまでそれ続けるんだ!って言って、補佐つけまくってよーやく観念させたよ。はー、やれやれさ」
「お疲れさまでした」
わたしは紅茶のお代わりを注いで差し上げます。
「うん」
紅茶を受け取り、満足げなお義母様。
「王宮付はね、まあちょっとどころじゃなく面倒くさいから気持ちはわかるんだけどさ。でも、アイツは第十六王子ルーガン殿下の信頼も厚いし、アイツがやるのが一番いいんだよ」
湯気の立つ紅茶を一口。
「そうなんですか」
「うん、あの自由奔放なルーガン殿下についていけるのはイルディズぐらいなものだから」
苦笑するお義母様を見ると、大変なんだなあとお察しします。このお義母様をもってして自由奔放と言わしめるくらいですからね。ただ者なわけがありません。
「でも、イルディズさんは面倒見いいですから。頼りがいがあるのはとってもよくわかります」
「まあね。それはヤツの美点だ。顔は怖いのにな」
クスクス笑われてます。
「それにイルディズにとっても、ルーガン殿下は20年来の付き合いだから。友人と言ってもいいんじゃないかな?」
「へえ、素敵ですね」
お友達がいるのはいいことですよね。わたしも今や乙女椿さんとはママ友です。
「うん。私的な相談とかも、結構してるし――。あ」
そこで、お義母様は何かを思い出して、ニヤニヤし始めました。
「?」
「前さあ、シーラとイルディズで婚活パーティーに行っただろう?」
「!」
なぜそれを!
「……ええ……」
わたしはつい遠い目になってしまいます。
あの踏んだり蹴ったりパーティー……。記憶の彼方にぶん投げたい。
「そう、その婚活パーティー! イルディズがルーガン殿下に相談してたのは面白かったよなあ!」
「相談?」
「ん? あれ? これは、秘密なのか?――まあ、もう時効だろう。
あの時、君が怪しげな婚活パーティーに行くのにイルディズもついて行くって言って休暇取ったんだよ。まあそれだけでもお前過保護なパパじゃないんだからってところなんだが……、それで――ククッ……! 聞いてくれよ。これがまあ、傑作なんだ!」
「?」
「ルーガン殿下に、初対面で印象の悪い女はどんな女だって聞いて……っククッ……! 殿下が『自分の事ばっかベラベラ喋る女かな~』って言って……」
「!?」
私の顔に血がガンッと上ります。
それ、心当たりが!
「そうさせるにはどうしたらいいんだとか、真剣に聞いててさ。それでルーガン殿下が『え~? 女なんてちょっと興味示したらそればーっか喋るだろ。あと、流されやすいからこっちがたくさん喋ったらそれだけあっちも喋りまくる』とかテキトーなこと教えてさあ! で、仕事中もブツブツなんか練習してるんだよ。あの仏頂面で。
だから私もちょっと面白くなってきて、まじめな顔で『お前に足りないのは、笑顔だ』って言ったら、今度は鏡に向かって笑顔の練習までし始めるんだよ。……プッ……!アハハハハッ! アイツほどからかい甲斐のあるおもちゃもなかなかいないね! ハハハハハッ!」
お義母様は、手で自分の膝をバシバシ叩きながら大爆笑しています。
鬼です。
鬼がいました。
なんということでしょう。イルディズさん、かわいそ過ぎます……。
3年越しにあの謎が解けてしまいました。
お義母様はひとしきり笑うと、紅茶を一口。
「まあ、でも、悲愴な顔して生きてくよりはずっといいさ」
少し目を伏せて。日の光に金糸のまつ毛がキラキラと光ります。
「孤児院からあの子を引き取った時、あの子は本当になんの表情もなかったんだ。
住んでいた土地も親も兄弟も失って、孤児院では魔力があるからって気味悪がられて、隅の方でひっそりと座っているような子だった。
その頃私は丁度弟子を取れ取れうるさく言われてる時でね、資質のある子どもを探していて、どの子もピンと来なくて、それでたまたま――そう、本当に偶然に用事で立ち寄った教会で、あの子を見つけたんだ。
魔力を持っていたから話しかけてみれば、一言しか返さない。けれど、拒絶するわけでも、誰を傷つけるわけでもなくて、静かに、静かに生きていて、まるで透明人間みたいだったんだよ。
まあ、それでちょっと興味が出たんだ。この子に生きる術を教えたらどう変わるかなって。実験みたいなものさ。なかなか愉快な実験中だよ、――今でも」
そう言って顔を上げて笑う姿は、やっぱりお母さんらしくて。
「だから、こうして君と一緒になって、子どもまで授かるなんて奇跡的なことになるとはね。45まで君を探し続ける姿はもう見てられなかったんだけど。結果は200点満点花丸おまけつきってとこかな」
お義母様は膝元に来たエステルを抱っこします。
キラキラした光物が大好きなエステルはキャッキャと楽しそうな声をあげて金色の髪をひっぱって、それすらお義母様はうれしそうにしていて。
「なー、エステル。もうすぐ君もお姉ちゃんだ。楽しみだよなー?」
目線を合わせて語り掛ける声は愛情に満ちていて。
「ねーね。えすてる、ねーねになるんだよぉ? いっぱいあそんであげるんだー」
エステルもうれしそうに笑います。
わたしは少し大きくなったお腹をなでて「お姉ちゃんが遊んでくれるんだって」と優しく語りかけます。
お義母様とエステルの『リアル☆王子様とお姫様ごっこ』が始まります。
ワルツを踊り、決闘をし、歌いながら行進。
葉っぱのお皿に花びらのごはん、石のハンバーグで晩餐会を開き、最後にはガラスの靴を落として。
ひとしきり遊んで、
「はー、遊んだ遊んだ。さて、そろそろ夕飯の準備でも始めるか」
芝生に座り込んだお義母様がエステルを抱っこしたまま立ち上がります。
「はい」
私も立ち上がって。
「えすてるもー」
「ああ、今日はじーじもばーばも来るからなー、いーっぱい準備が必要だ。エステルお姉ちゃんも頼りにしてるぞ?」
「うんっ」
わたしたちは、家の中に入って夕食の支度を始めて。
空が夕焼けに染まるころには、父と母が来て。
薄闇の中、あなたが帰ってきて。
「おかえりなさい」
「ただいま」
おかえりなさいのキスを交わして。
エステルからも、パパにキスを。
あなたは、わたしのおなかにも、ひとつキスを落としてくれて。
こんなにたくさんの幸せをくれて、まだまだ幸せは増える一方で。
――これは、すべてあなたからの贈り物。
すべては、あなたが起こしてくれた奇跡。
ねえ、
わたしはあなたの幸せになれているでしょうか?
あなたを幸せにできているでしょうか?
そうだったら――とても うれしいです。