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38年間の失踪、25年目の失恋、わたしの寿命はあと40年

 40歳なんてまだまだひよっこ。

 そう思っていた時期が、わたしにもありました。



「いや~、40ともなると、ちょーっと結婚相手が見つからないよねぇ」

 大迫力巨体の結婚相談所のおばちゃん相談員さん(通称:縁結びのアンナ)が難しい顔で首をひねります。

「はあ……」

 向かいに座るわたしは口半開きで生返事。

 

 ここはとある結婚相談所。

 絶賛婚活中のわたしシーラ・リトラ―40歳は今、年齢制限という厳しい現実の前に立たされていたのです。


 巨アンナが豊満な体をぶるんと揺すって険しい顔で詰め寄ってきます。

「やっぱりねえ、子どもが欲しいと思ったらフツー20代で結婚考えなきゃ。あなた、40になるまで何してたの? 若い時は遊んで仕事してって忙しいのはわかるけど、ちゃんと将来の事考えなきゃダメなのよ?」

 手厳しいお言葉です。


「はあ。でもわたし、仕事してないんです」

「はー、無職。今時女でも働くもんなのよー? で、学歴は?」

「あ、こちらの学校には行ってません」

「はっ!? ……まさか、字は書けるわよね?」


 責めるような視線をグサグサ浴びながら、わたしは最近習得して見せびらかしたかった()()()()()文字を得意顔で書いて見せます。

「はい! 自分の名前と住所が書けるようになりました!」

 渾身の『シーラ・リトラー』と、『モンマルタ、イースト通り1-20-13』の文字です。

 縁結びのアンナはなぜか可哀想なものを見るような視線をわたしに向けました。


「その他は?」

「絵本が読めるようになりました!」

 眉間のしわが一本。


「計算は?」

「勉強中です!」

 眉間のしわが二本。


「初等教育は?」

「勉強中です!」

 眉間のしわが三本。


「……お引き取り下さい」

 スリーカウントで外にひょいっとつまみ出されて、ドアをパタンと閉められてしまいました。


「ふうっ」

 ため息を一つついて、テクテクと道を歩き出します。

 鞄から母が作ってくれた結婚相談所リストを出して、『絶対結婚できる!縁結びのアンナ結婚相談所』を赤線で消します。

 これで通算五件目の相談拒否です。


 まあまだ結婚相談所はあるから、きっと大丈夫でしょう。

 それにしても年齢超過と学がないだけで結婚相手が見つからないなんて、なんて世知辛い世の中でしょうか。

「次は、『誰でも結婚できる!アマンダ結婚相談所』ですね」

 地図とにらめっこしながら次の結婚相談所を目指します。

 次こそ結婚相手を探してもらえるといいんですけど。




 今日も夕日が綺麗です。

 西に向かって川沿いの道を行くと、川面が橙色に染まってキラキラ輝いています。

 わたしの心もウキウキで、ワクワクです。スキップしたい気分です。


 なんと、アマンダ結婚相談所はダメ元で登録だけさせてくれました! さすが『縁定めのアマンダ』、心が広いです。


 わたしは足取り軽く、町はずれの一軒家に立ち寄ります。

 扉をノックすると、中から背の高い壮年の男性が顔を出してくれました。いつもながらに黒髪黒瞳黒いローブと、コーディネートが黒々としています。しかもそれがとても良く似合っています。

「イルディズさん、こんにちは」

「シーラ、来たな」

 あまり表情を動かさないイルディズさんが、わたしを中に迎い入れてくれます。

 そのままイルディズさんの後をひよこのようについて行き、いつも通りの居間にたどり着きます。彼がお茶を入れてくれている間に、わたしはテーブルに鞄から教科書とノートを出して、宿題の計算ドリルを提出です。


「じゃあ今日は教科書32ページからやろう」

「はい」

 これはわたしの大事なお勉強の時間。

 イルディズさんはわたしの勉強の先生で、そして――わたしの恩人でもあるのです。




 40にもなって、なぜわたしがこんな初等教育の勉強をしているかというと、それには深い理由があるのです。


 事の起こりは38年前、わたしが2才の時の事でした。

 星の流れる素敵な夜のことだったそうです。

 わたしはなんと寝ていたベッドから忽然と姿を消し、行方不明となってしまったそうなのです。

 もちろん2才の事なんてわたしは記憶にありませんから、すべては後から聞いた話なのですが、両親はそれはもう大変な取り乱し様で必死にわたしのことを探してくれたそうです。

 けれどわたしはどこにもいなくて、結局どこにいたかと言うと、まあ『異世界』だったそうなのです。寝てる間に異世界転移しちゃったわけですね。わーお。


 そんなこととはつゆ知らず、わたしは『異世界』で現地の方に拾われてすくすくと育ちました。

 『異世界』でのわたしのあだ名は『耳短けーの』でした。というのも、わたしの育った里は耳の長い種族が住んでいましたから、耳の短いわたしはとても個性的だったわけです。

 耳の長い種族はどんなに日に当たっても肌が透き通るように白く、全体に細長くなにやら皆キラキラした容姿をしていました。わたしは彼らとは違い日焼けをよくしていましたので、『黒焦げさん』というあだ名も持っていました。そして細長くもなくキラキラもしていませんでした。まあそれはともかく。


 耳の長い種族はわたしのことを他の子と分け隔てなく育ててくれました。耳の長い種族の里でわたしは勉強し、狩りを覚え、魔法の勉強もしました。他の子と違いわたしには魔力がなかったので、結局魔法は使えるようにはなりませんでしたが。


 ずっと『異世界』で暮らしてきたわたしに転機が訪れたのは、40歳の誕生日を迎えた夜のことでした。

 星が降り注ぐ素敵な夜、わたしは淡い恋心を25年ほど募らせた幼馴染マーくんについに告白する心積もりでした。


 マーくんは銀色のストレートヘアに薄紫の瞳、高身長、次期里長(さとおさ)、魔法は優秀、狩りの腕はピカ一、という3高を地で行くイケメンではありましたが、わたしが惹かれたのはそういうことではありません。優しさです。

 マーくんは特別わたしに優しかったのです。集まりの時はいつもわたしの横に座りたがり、ごはん時にはわたしに好きなものを譲ってくれ、わたしが崖から落ちそうな時はすぐに助けに来てくれました(みんな魔法が使えたので崖から落ちるというピンチにあうのは魔法の使えないわたしだけだったのですが)。記念日には必ずプレゼントをくれるし、何でもない日にまで花をくれることだってありました。

 こんな風に特別にされて落ちない女子はいないのです。


 そして星が降り注ぐ素敵な夜、わたしはついに想いを伝えるべくマーくんに家の外に出てきてもらいました。


「マーくん、わたし、あなたに言いたいことがあって……」

「シーラ。僕もなんだ。……きっと君は気づいていたと思うけど」

 ドキドキが高まります。なんということでしょう、これは両想い確定です。

 女は度胸。もういくしかないです。


「マーくん」

「シーラ」

 見つめ合う二人。

 満天の星空に流れ星が流れています。ロマンチック最高潮。


「マーくん、わたしあなたのことが好きなのっ!」

「シーラ、僕は君のお母さんのことが好きなんだ!」

 二人同時に告白しました。


 ん?

 二人で小首を傾げ合います。


「……わたしのお母さんが、好き?」


 マーくんは力強く頷きます。

「ああ! 君のお母さん、エリーさんのことが僕は好きなんだ! エリーさんは君のお母さんとはいえ未婚で205歳。年下の僕なんて目じゃないかもしれないけど、やっぱりこの想い、断ち切れない。明日エリーさんに告白しようと思っているんだ。でもその前に幼馴染でエリーさんの娘でもある君には伝えておきたくて……。でもごめん、シーラが僕の事そんな風に思っていたなんて……」

 わたし大赤面です。両想い確定かと思いきやまさかの確変が起きていました。


「じゃあ、わたしに優しくしてくれたのって……下心?」

 マーくんは慌てて手をブンブンと胸の前で振って否定します。


「ちがうよ! 君はもちろん僕の大事な幼馴染さ! 耳は短いし黒焦げだし、最近ちょっとお肌の手入れが行き届いていないな、若いのにどうしたんだろうと思うことはあるけど! でも、エリーさんが君と皆との違いに思い悩む度に憂いを含んだ表情が美し過ぎて、僕はエリーさんのこと支えたいなって思うようになって……。いや、シーラはシーラの魅力があるよ? でもほら、僕年上好きだから。シーラのことは我が子のように思っているんだよ?」


 なるほど、わたしに優しかったのは単純に我が子のように思っていたということだったんですか。

 わたしの恋心がガラガラと音を立てて崩れていきます。

 もう立つ瀬ない。


 わたしは無理やり笑顔を作って努めて明るくふるまいます。

「わ……わかったよ。もう大丈夫。ああ、そう。うん。お母さんは確かに美人だし、わたしを育てるのに一生懸命で結婚してなかったし。うん、マーくんがお父さんでもわたし、大丈夫。うん、わたし、マーくんのこと応援するよ。いけいけ! お母さんをよろしくね!」

 心の中で泣きながら一気にまくしたてました。


 マーくんは大喜びでわたしの手をガッチリと握ります。

「そうか! シーラは本当にいい子に育ったな! これからは家族3人、仲良く暮らそう!」

 好きな人に手を握られるのがこんなに辛いとは思いませんでした。家族3人……3人……、何か地獄のような響きです。

 早く逃げ出したい。誰か助けて。


 そう思った時。

「――失礼、そこの女の方」

 低く深い、夜空のような澄んだ声。


 わたしたちの横に、見知らぬ男性が立っていました。

 黒いローブを着て、髪は黒・瞳も黒。黒檀の木の杖を持って闇夜の使者のような様子の男性です。おおう、今までに見たことのないタイプのイケオジです。年のころなら500歳くらいに見えます。

「あなたは――」

「お迎えに上がりました。シーラ・リトラーさん」

 深々と頭を下げる男性。


「なんだお前は。シーラに何の用だ? 用は父である私に言え」

 マーくんはわたしと男性の間にずいっと体を滑り込ませ、わたしを守ってくれます。もう父親気取りです。マーくん、気が早い。


「お父上でしたか。私、イルディズ・ベルツと申します。『異世界』よりシーラさんを探しに参りました」

「『異世界』?」

 マーくんが怪訝そうな顔をします。

「そうです、シーラさんは38年前に元の世界より忽然と姿を消し、その後ずっと行方知れずだったのです。ご両親は大層心配されて私――当時は私の師匠でしたが――がその捜索にあたりました。これがお借りしてきた失踪したシーラさんの写真です」


 イルディズさんはマントの内側から分厚いアルバムを出しました。

 ピンク色の布張りのアルバムはリボンやフェルトで飾られとても可愛らしいです。けれど、手垢でところどころが薄茶に汚れていました。何度も何度も、見返したように。

 中を開くと、赤ちゃんの写真がありました。

 猿のようなしわくちゃで真っ赤な顔。短い耳。メモが添えられていますが、耳の長い種族で使う字とは違っていたのでイルディズさんが通訳してくれます。『シーラ0才。やっと会えたね、これからよろしくね!』


 白いベビードレスを着た写真。眠っている写真。おっぱいを飲んでいる写真。母親に抱っこされてぽやっとしている顔の写真。父親に抱っこされて泣いている写真。兄と思しき子どもにつつかれている写真。どれも日付と簡単なコメントが添えられています。ページを繰る度に、写真の中の赤ちゃんは少しずつ大きくなっていって、お座りでごきげんにおもちゃを掴んでいる写真がアルバムの最後のページとなりました。


「これが生後6カ月までのアルバムです。行方不明になった2才までのアルバムがあと8冊ほどあります。」

 マントの下からズッシリ8冊のアルバムが登場します。


「――シーラ。エリーさんのところに行こう」

 真剣な顔でマーくんが言いました。




 家に帰り、お母さんに事情を説明しました。お母さんはアルバムの全てに目を通して、ポロポロと涙をこぼしました。

「ええ――、ええ。ええ。これは……確かにシーラだわ……。出会った時、森で一人で泣いていたあなただわ」

 お母さんはわたしと出会った時に着ていたという水色のワンピースをタンスの奥底から出してくれました。

 それは、アルバムの写真『2才1か月。ユガ海岸にお出かけ。ロバートと貝殻を拾う』で、ピンク色の小さな貝殻を自慢げに差し出す笑顔の女の子が着ていた服でした。


 イルディズさんがお母さんに穏やかに告げます。

「あちらのご両親は、シーラさんのことを三十八年間ずっとお探しでした」

「そうですか……。けれど、シーラはもう私のかわいい子どもなのです。少し、気持ちを整理する時間をいただけませんか?」

 お母さんはわたしを抱きしめながら言います。

 わたしも、なんだか泣いてしまいそうです。

 マーくんもわたしとお母さんを守るように抱きしめてきます。だから気が早い。あなたまだ本人に告白もしてないでしょ。


 けれどイルディズさんは首を横に振ります。

「いいえ、異世界に通じる門が開いているのは流星の流れる今夜限り。すぐに元の世界に戻らなくては」


「そんな……!」とお母さん。

「急すぎますよ!」とわたし。

「そうだそうだ!」とマーくん。


「次にこの世界と繋がるのはあと百年後。その頃にはシーラさんはお亡くなりになっているでしょう」

 イルディズさんの言葉に、わたしたちはきょとんと目をしばたたかせます。


「100年後?死んでいる?」

「どういうこと?」

「わけがわからないぞ! 100年後なんて140歳だろう? まだまだ子どもだ! それからでも遅くはない!」


 イルディズさんも目を一つ瞬かせて、でもすぐに合点したように頷きました。

「――あなた方は長命な種族のようだ。けれど、わたしたち人間は――人生80年。つまり、シーラさんも私もあと40年ほどしか生きられないのです」


『!!!』

 その時の衝撃といったら。

 顔を三人で見合わせて、言葉も出ませんでした。


 あと、40年で、わたしは死ぬ?

 お友達と「200歳になっても、ずっ友だよ!」と言っていたわたしの余命があと40年?


「本当ですか!?」

「だって、40も80もまだまだヒヨッコ。一人前にすらなれていないのに!? 結婚だって180歳からですよ!?」

「――その年で結婚する人間はいません。百まで生きれば長寿扱いとなります」

 冷静沈着に応えるイルディズさん。


『!?』

 再び顔を見合わせるわたしたち三人。

 深い異世界間ギャップを埋めることができません。


 驚愕の事実に言葉も出せないでいると、お母さんがわたしの両肩をしっかりと掴んで真っすぐに見つめます。

「――シーラ、帰りなさい」


「お母さん……!?」

「考えてみればあなたは他の耳の長い種族とは違っていました。容姿も違えば魔法も使えない。おまけに最近お肌の張りだって400歳みたいに衰えてきていますね。――そういうことだったんですね。種族が違っていたから……」

 お母さんは、よよよと泣き崩れます。


 お母さんに肌の潤いのことを言われると、わたしも辛いです。実際問題、お母さんの方が若々しく見えるのは確かです。

 でもなるほど。これはわたしの不摂生のせいではなかったのです。甘いものを控えるとか脂質を減らすとか特別なお水を飲むとかそういった軽い問題ではなかったのです。


「私たちは耳の長い種族の常識しか知りません。危うくあなたを子ども扱いしたまま寿命を迎えさせるところでした。――人間の世界にお戻りなさい」

 お母さんは涙を流しながらわたしに微笑んで言いました。

「おか……お母さんんんっっっ!!」

 わたしたちはひしっと抱き合います。マーくんもかぶさってきます。だから(以下略


「夜が明ける前には出立です。それまでにご準備を」

 イルディズさんが静かに告げて、外に出てくれました。




 わたしとお母さんはその夜、一睡もせずに思い出を語り合いました。

 幼い頃わたしが夜泣いて眠れなかったこと。隣の子に耳が短いといじめられてお母さんが怒り狂った日のこと。テストで満点を取った日のこと。初めて狩りできじを獲った日のこと。お母さん200歳の誕生日を二人で祝ったこと。

 お母さんもたくさんのアルバムを出してきてくれて、わたしとの38年間を振り返ってくれました。

 それは、厳しくも優しいお母さんの愛に満ちていました。

 ちなみにマーくんにはさすがにお引き取り頂いて、里の人にわたしが今夜旅立つことを知らせる役割をしてもらっています。親子水入らずの時間を無駄にはできませんからね。


 お母さんは段ボールいっぱいに、思い出の品や食べ物やあちらではないでしょうからと様々なものを持たせてくれました。


 そして、空が少しずつ白んできた頃――里のみんなに見送られて、わたしはこの世界に別れを告げたのです。

挿絵(By みてみん)

シーラ40歳。趣味は雉狩り。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「200歳になっても、ずっ友だよ!」 笑ってしまいました! 面白いです!
[良い点] 耳短けーので笑って マーくんとの告白でやっぱり笑って エリーさんとの思い出話にうるうるです(´;ω;`) 設定がすごいですし、いい意味で予想がつかない! そして面白いw さすが「異世界に…
[良い点] むあああああ!! もう泣いて良いのやら笑って良いのやら、こんちくちょ、この混在加減がめっちゃ上手い!! マーくんの存在の大きさと鬱陶しさよ!(褒めてますw) いや、興奮してしまってすみま…
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