迷子の迷子の保護者達、貴方の家族はどこですか? ⑦
一方的だった。レティシアが拳を振るえばゴブリンの肉体が千切れ跳び、無造作に蹴り抜けば採石場の岩が砕け、無謀と分かりつつも殴り掛かればその殴り掛かった拳が折れ曲がり、隠れれば壁越しであろうとその細腕に捉えられ握りつぶされる。
普段はドワーフの陽気な歌と、岩を切り出すハンマーと楔の軽快な音、草木の香りと陽の光に彩られる採石場はゴブリンの悲鳴と身体一つで自然をぶち壊す鈍い破壊音、鉄錆にも似た血の匂いと青黒く染め上げられていた。常人であればその光景は目を覆いたくなる光景だろう。そんな中を一人の蒼いドレスを着た淑女が闊歩していた。
「黒い、と言う事はさびておりますのかしら? アリスなら……幸太郎様にもわかるのでしょうか? よく似た言葉を話しておられますものね。安全余裕がどうとか、はめ合いがどうとか」
ひょい、とレティシアは足元の小石をいくつか拾い。灰斗に教えてもらった通りゴブリンの数人に向けて振りかぶって投げる。ちょっと強めに投げるのがコツだ、そう言われた。
――ビュンッ!!
振り抜いた腕が風を切り小石が弾丸となりゴブリンを打ち抜く。悲鳴と血と肉がまき散らされる。
「あら凄いですわ!? 大きいほうが威力があると思ってたのですが……小さくても早ければ、言われてみれば弓もあんな小さい矢で射貫きますものね。勉強になりますわぁ」
ぴっと腕を振り抜き、ゴブリンの返り血を払いながらレティシアは感心した。
ちょうど同じころ……はるか遠くにいる彼女の大事な人たちがそろって背筋に冷や汗を垂らしたのは余談である。
「由利崎様も何と言うか……上手いですものね」
そんなレティシアの背後から決死の覚悟でゴブリンはさびた剣や石斧で飛び掛かる。
振り下ろされるさびた剣をレティシアは振り向きざま右手の甲を剣の横腹に添えて逸らそうとするが……バキッ! と折れた。
眉根を寄せてそのままレティシアは腰を起点に足を振り上げる。
手(?)の抜き方が難しいのだがもはや三……何十年も付き合ってきた身体だ。ゴブリンを吹っ飛ばすだけに留めた。
「あれはどうやっておられるのでしょうか? こう、ぬるりと言うかするりと言うか……当たってるのに気持ち悪い感触なのですよね」
レティシアは途中から原始的な武器を多用するゴブリンで由利崎灰斗の真似を繰り返す……いわゆる練習相手にしている。何か掴めそうなのだ、今まで領地で彼女とまともに訓練の形が取れるのは元騎士の夫だけ。それ以外の相手は残念ながらすぐに壊れてしまうから。
「私……もしかして不器用? いえ、そんなはずは……」
屋敷に居た頃は編み物とか料理だって……と遠い目で思い出すレティシア。まあ、そういう事とは無縁なのが灰斗の技術なのだが……案外レティシアは無頓着だった。
「どう思われます? あ、あれ? もうほとんどお亡くなりになられてます?」
無造作に考え事をしながら駆除を続けていたため、気が付いたら陽も傾き始めて……緑と青黒いシミばかりになっていた。
「いけませんわ、私やっぱり一人だとついついボーっとしてしまいまして」
そういう割にはほぼ九割以上をすでに葬っていたりするのだから始末に負えなかったりする。
「さて、後はあそこの洞穴だけですわね」
目印代わりに調べた穴はゴブリンの血で『おしまいですわ』と書いて回ったので一目瞭然だった。なぜそこを最後にしたのかと言うと一番大きくて深そうな穴だったからだし、入り口を木の枝や石で組まれたバリケードが守っていて。レティシアが蹴散らし始めた直後に臆病風に吹かれたゴブリンがそこに逃げ込んだからだ。
まとめて倒すのが効率的なので今まで放っておいたのだが、そろそろ良いだろう。
「……そういえばこの血、取れるのでしょうか?」
もはや染まっていない所を探す方が難しい自分の全身を見回してすぐに諦める。幸太郎にまた胸当てなどを作ってもらえばいい、なぜかこの血は粘着質で動くのに邪魔になって来た。
洞窟の入り口のバリケードを足で蹴り壊して、いくつかの岩を抱える。奥の方に何匹いるかわからないが間引きのためにと適当に投げつけてみた。
「砕けて細かくなっても当たればいいのです」
さっき学んだ散弾を洞窟の壁にぶつけて量産しておくと楽なのだ。ついでに当たっても良い。
とても岩が当たってるとは思えない鈍い打撃音とゴブリンの叫び声が聞こえた。その中に一つだけレティシアの聞き覚えのない声が混じっていた。
「やけに高い悲鳴ですこと……そういえば、オスのゴブリンさんばかりですわね。メスのゴブリンさんもおられるのでしょうか?」
もしかしたらメスを護るためにオスのゴブリンが籠城しているかもしれない。だとしたら少々警戒が必要だとレティシアはほんの少し、目を細めて歩みを進める。彼女は暗いところが好きだった、なぜかというと自分の表情を見られないからだ。
暫く進むと遠くの方に明かりが見える。どうやらドワーフが残した松明を勝手に使っているらしい。
「油もここに備蓄されていそうですわね。注意しませんと私……火が苦手ですから」
すん、と鼻を鳴らしてレティシアは立ち止まると埃や血なまぐさい中にかすかな油の匂いがした。さてどうしようかと考える。ゴブリンたちは賢いとはいえないが火を武器として使う位の事は出来るだろう……。
「いっそのこと埋めてしまいましょうかしら?」
確か娘曰く息をするには換気が必要で、それは火が燃えるのにも関係する。そういう風に娘が言ってるのであれば洞窟を崩して塞いでしまうのも一つの手ではあった。
「まあ、火を使われそうになったら引き返してしまえばいいのですわ」
のほほんと場にそぐわない声音ではあるがレティシアの戦闘感覚は本物だ、危ないと判断したら退くことも即決できるからこその結論。結局そのまま彼女は洞窟の奥へと進んでいくのだが……
「そろそろ行き止まりですわね」
壁についたゴブリンの血を辿り声の反響が変わってきたのを察してレティシアが歩みを止める。少し耳を澄ませると荒い息遣いがいくつか聞こえてきた。空気も埃っぽくなってきたし気が付けば松明も少ない。
さて、ゴブリンはどういう事をしてくるのだろうかとレティシアは最奥部に足を踏み入れた。




