迷子の迷子の保護者達、貴方の家族はどこですか? ②
白髪の女性、夜ノ華と弓を背中に背負った真面目そうな男性、幸太郎は二人並んで正座していた。
ぱちぱちと火が爆ぜる焚火で暖まりつつも膝から下はひんやりと冷たい。そんな二人の前に一組の男女が焚火を挟んで立って居る。さて、どうしたものか。そんな雰囲気を纏い曖昧な笑顔を浮かべていた。
「幸太郎は大分慣れてきたね。集中力が有る……反面ここは経験かな? 周りへの注意力が足りないからあの熊の接近に気づけなかったという所だね。弓使いにありがちだけどちゃんと目標を射落とす事は達成できているから悪くないよ」
片手で先ほど幸太郎が仕留めた鳥……すでに血抜きをして精肉までしたものをかざす。一撃で仕留めたため処理はとても楽だったし羽根なども確保できて上出来だった。
「私はこんな所かな? レティシアさんの方はどうです?」
特にこれ以上言うことは無かったので女性の方に話を振る。正直男性はお腹もすいてたのでさっさとご飯が食べたかった。早く終わらないかなぁ、と期待を込めた視線を隣に立つ女性……レティシアに送る。
「そうねぇ……私は長くなりますわよ? 食事を先にいたしませんか、由利崎様」
「じゃあ私が作ってる間に夜ノ華さんへお説教お願いします。幸太郎、手伝ってくれるかい。バーベキューにしちゃおう……串に刺してもらえるかな」
由利崎はレティシアの柔和な笑顔の奥にチロチロと燃えている怒りの炎を見つけ、幸太郎の救出を図る。夜ノ華は一気に青ざめて由利崎に非難の視線を送るが無視を決め込んだ。
だってフォローのしようが無かったんだもん。
「灰斗、助かった……」
「いいさ、あの状態のレティシアさんは私も怖い」
焚火から少し離れたところに作った簡易キッチン(幸太郎と灰斗の合作)へそそくさと避難して調理を始める。と言っても今日は一口大に切って串に刺し、香辛料を振るだけなのでのんびりと二人でちまちまと進めた。そして焚火の前では本日のメインイベントが始まる。
「さて、夜ノ華さん……何が問題だと思いますか?」
ほんわかした雰囲気、ふわふわとした金髪。朝は夜ノ華と二人並んで一生懸命櫛で整えているが……一見おしとやか、と誰でも彼女を評するだろう。実際レティシアは子爵の妻なので気品やしぐさは兼ね備えており、夜ノ華もうらやむ美貌の持ち主であった。
初めて会ったときは幸太郎の鼻の下が伸びていたのもいい思い出である。
しかし、彼女はそれだけの人物ではなかった。
「ええと、幸太郎から離れた?」
今回は前衛が夜ノ華、後衛が幸太郎。つまり幸太郎の護衛も兼ねているので熊を引きはがした後に深追いしたのはまずかった。そう彼女は考えていた。
「いいえ、それは問題ありません。そこまでで咎めるようなミスはありませんでしたわよ」
レティシアの口角が上がる。
「……(あ、まずいやつだこれ)」
夜ノ華がそれを見てさらに気分が下降していく。場合によってはこのまま土下座で平謝りをするしかない! と娘に遺伝させた諦めの速さを披露せざるを得ない。
「ダメだったのはそれ以降全部です。幸太郎様から離れた後の夜ノ華さんの戦闘判断、技術、武器の選定、全部褒められたものではありませんでしたわ。最終的に私がひねりつぶして幕引きになってしまいましたし……一つ一つ説明する前に、お約束通り失敗の数が10個たまりましたので……デコピンして差し上げますわ」
それは嬉しそうにレティシアは微笑む、外交の場でそれを出せば確実に有利に進められるであろう完璧な笑みだ。ただし背中から何か立ち昇っているのを隠せれば、の話だが。
「ひぃっ!? い、いや……お願いレティ!! それだけは!! それだけは勘弁して!!」
青ざめるを通り越して夜ノ華の顔は髪の毛の色と同じように真っ白に染まる……いや、色が抜ける?
「ダメですよ。夜ノ華さんがおっしゃったのですから……はい、おでこをお出しくださいませ」
「いやぁぁ!! 頭蓋が破裂する!! もしくは首だけどこか遠く彼方にすっ飛んでいくぅぅ!!」
「安心してくださいませ。ちゃんと左手で頭の後ろを支えて差し上げますわ」
「何一つ安心できない!? 壊されるぅぅ!! 由利崎さん! 幸太郎!! 助けてぇ!!」
うふふふふ、と夜ノ華に迫るレティシア。それを見て灰斗と幸太郎の二人はと言うと……
「「骨は拾う。巻き込まないでくれないかな?」」
と真顔で言い切り夜ノ華を切り捨てた。
「人でなしぃぃ!? い、いや……レティ、話せばわかるわ。きっと私達わかり合える」
そっと壊れ物を扱う様にレティシアは夜ノ華の後頭部を左手で保護する。
「夜ノ華さん」
夜ノ華の耳にそっと唇を寄せてささやくレティシアの声は、とてもとても優しかった。
「ひゃい」
「お覚悟を」
「のぉぉ!」
「ダメです」
――ドカンッ!!!!!!
ほんのちょっと、右手で放たれた軽めのデコピンはトラックの激突かというほどの鈍い音を周囲にまき散らして夜ノ華のおでこに炸裂した。
「うわぁ」
「夜ノ華……だからあんな約束しなきゃよかったのに」
幸太郎と灰斗は振り向かない、音だけでわかる。あれは普通に食らったら即死だ。現に周りの木々に留まっているフクロウや木の洞で寝ていたリス達が血相を変えて離れていく。とんだご近所迷惑である。
「はい、デコピン(ちょっとささやか)のペナルティ終了ですわ。では一つづつ説明を……あら?」
おでこに真っ赤な指の後を残して夜ノ華の意識は旅立った。
「ちゃんと左手で衝撃は逃がしましたのよ? 夜ノ華さん? 首はちゃんとくっついておりますのよー? 夜ノ華さん~?」
ぷらーんと垂れ下がる両腕と口の端から泡を吹いて白目をむく夜ノ華。
どう考えてもデコピンでこうなったとは考えもすまい……
「さすが鮮血の貴婦人、夜ノ華さんの分……晩御飯取っておくか」
「レティシアさんの腕力ってどうなってるんだろうな? 灰斗」
「理解不能だから気にしないことにした、少なくとも味方なんだから頼もしいと思っておきなよ」
「あれで生きてる私の妻も大概な気がする」
「私たち凡人組は地道に努力しよう。天才は天才に任せるのが良いですよ」
「……刀一本ですべて解決する君に凡人とか言葉に対する冒涜でしかない」
「解せない……」
穏やかな夕餉に向けて、串に刺した食材に振りかけた香辛料がみんなのお腹を刺激し始める。
南に向けて歩みを進める迷子たちは今日ものんびりとしていたのだった。




