閑話:お掃除大好き ②
「南雲糸子と言います~。旅館の仲居をしてるんですけど……ここ、どこでしょうかぁ?」
わさわさ、きょろきょろ……いっぱいある漆黒の目と脚。大きい胴体がどこかのんびりとした様子で迎賓館を見回す。複眼で硬直したオルトリンデと真司、目をキラキラさせて駆け寄ってくる文香。ぽかんと口を開ける弥生。ほぼほぼ全周囲を蜘蛛は見渡せる。
「なんか収まりが良くてぇ……大分寝てしまいましたぁ」
イノシシでも丸かじり出来そうな立派な牙の前に前足を持ってきてあくびをする蜘蛛。
愛嬌はたっぷりだが無視が苦手な人にとってはなかなか直視しがたい光景だ。
「蜘蛛さんだぁぁ!! かっこいい!」
「ふ、文香……怖くないんですか!? 蜘蛛ですよ!! いや私も虫は大丈夫ですがこのサイズは無視できないですよ!?」
「だめだよオル姉、文香の怖い物ってほぼほぼ無いもん。レンにだってすぐ懐いたじゃん」
「生徒と共感ができない!!」
あっという間に大蜘蛛の脚にぺとっと引っ付く文香。
そんな文香をあらあらまあまあと器用に恥ずかしがりながらもうれしそうな仕草で糸子は前脚をゆらゆらさせる。
「あ、あの。貴女は一体何なんですか?」
「え、ですから旅館の仲居……で、あら? 私ったら」
そこでようやく糸子は気づいた。自分がどんな姿をしてるのか。
「蜘蛛のまんまでてきちゃいました。ええと、私は女郎蜘蛛の妖怪なんですけど……この姿って内緒なんですよ? 困りましたぁ……はっ!? 今の内に証拠隠滅を!!」
「食べられるぅぅぅ!?」
お掃除どころではなくなる迎賓館を後にした弥生が冷静に関係者であろう、座敷童の家鳴夜音を呼びに行って戻ってくるまでにぎやかな混乱は続くのだった。
◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆
夜音と弥生が戻ってきた時、そこではサバトが行われていた。
高い天井の上から一本の蜘蛛糸で吊り下げられた真司、オルトリンデ、文香。体にはこれでもかと蜘蛛糸がぐるぐる巻かれていて指一本動かせない様にさせられている。ちなみに逆さにすると頭に血が上りますよねぇ、と糸子の考慮でちゃんと頭が上だ。
「おお、ゲームとかで見たことのある光景」
「オルトリンデ、意外と子供っぽい下着はいてるのね」
見上げる夜音と弥生にはすべてを諦めた表情の真司と、半泣きのオルトリンデ、きゃっきゃとはしゃいでいる文香の三者三様の捕まりっぷりが映っている。絵面だけ見ると今にも頭からがじがじと齧られる寸前の様だが当の糸子にはそんなつもりはなく、文香の糸を前脚でつんつんと揺らしてブランコをして本当に遊んでいたりした。
「糸子おねーちゃんすごーい」
「もう少ししたらおろすからねぇ。皆整列したぁ?」
糸子自身、何も意味がないまま三人を吊り下げたのではない。
下にいると間違えて大事故が起こりかねないからこうしているのであった。
「整列? ああ、弥生。そこから動いちゃだめよ? 糸子さんの眷属踏んじゃうから」
「眷属?」
弥生は首をかしげるがすぐに意味は理解できる。蜘蛛の眷属と言えば蜘蛛である。
視線を下に向けるとそこには親指ほどの大きさの蜘蛛がちょこちょこと隊列を組みながら集まっていた。
「まえならえ~」
糸子の号令に合わせて玄関ロビーには数千、数万体の蜘蛛が前脚を突き出して等間隔に並ぶ。
壮観なのだが偶に迷子なのかうろうろしている一回り小さな蜘蛛が居たりと笑いを誘う光景が広がっていた。
「可愛い……」
「糸子さんの蜘蛛は人を噛まないし簡単な事ならこっちの言うこともわかるから一匹譲ってもらえば?餌も自分で捕まえられるから世話も楽だし」
「大きくなるの?」
「ある程度……糸子さんにお願いすれば野球ボール位になるよ。いや、待てよ? 確か一回軽自動車サイズの子が居た気がする」
「後で聞いてみよう。おーい!」
玄関先で眷属の蜘蛛さんを踏まない様に天井へと弥生は声をかける。
両手をメガホンみたいにして声をかけたのだが、微妙に聞き取りづらかったようで巨大蜘蛛が糸を伝って弥生と夜音の所まで降りてきた。
「あれぇ? 夜音ちゃん……久しぶりぃ」
「久しぶり、糸子さん……何やってるの?」
「えっとねー、旅館の定期点検で起きたら女将さん達が居なくて皆を起こしたんだけど。ちょっと疲れてお昼寝してたらこの人達に起こされたの」
「昼寝って……千年単位で?」
「ううん、最近誰かが居た気がしてここに来たんだけどあの壺が私に寝てほしいとささやいたのぉ」
「……狭くて暗いところ好きだもんね。糸子さん」
「ついつい寝ちゃってぇ」
てへへ、と前脚で頭をぽりぽりとかく糸子。
「まあいいや、積もる話もあるし眷属の子を避けてあの三人降ろしてあげて。まさかと思うけど食べるつもりじゃないわよね?」
「たべないよぉ、あのちっちゃい子が……ええと黒髪のちっちゃい子が楽しんでくれてるから遊んでたの。眷属のみんなは何世代か入れ替わってたから一度全員集合中」
「あ、そう……まって、全員集合?」
「うん~、一杯増えたんだって~」
「……やばい!! 弥生、このあたりの全部の蜘蛛が集まってくるわよ!?」
――きゃあああああぁぁぁぁぁ
――――ひぃぃぃいいい!!
遠くから響く誰かの悲鳴、およそ三十年余り。
増えに増えた糸子の眷属である蜘蛛達は主の起床に歓喜で応え……国中から集まってくるのであった。
「ぜ、全部ってどれくらい?」
「多分……この迎賓館位なら蜘蛛でいっぱいになるくらい」
「夜音ちゃん、後よろしく」
「糸子さん! 今集めないで!? 私が後始末しなくちゃいけなくなるぅぅ!!」
「えええぇ、もう集めちゃったわぁ」
わたわたと焦る糸子と夜音。その二人を見捨てて弥生はぱたん、と迎賓館の扉を閉める。
たまにはのんびりもしたいのだ。そんな弥生の肩に先ほど迷子になりかけていた蜘蛛が一生懸命上ってきて前脚でつんつん、と自分居ますよアピールを始める。
「……もしかしてさっきの話聞いてたの?」
こくん、と頷く子蜘蛛君。
「じゃあ一緒にのんびりしようか? あ、真司とオルちゃん、文香……あのぶら下がってる三人を助けてもらえないかな? 私の大事な人たちなの」
任せとけ、と前脚で敬礼をして子蜘蛛君は颯爽と迎賓館に戻る。
ほどなくして蜘蛛達に担がれて三人は救出されるのだが。
あまりにも大量の蜘蛛の集合に、とあるバラバラになれるおねーさんは卒倒。
即決で落ち着くまで国外へ流浪の旅に出る事になるのだが……それはまた別の話である。




