閑話:事故案件三度 キズナの場合
「で? あたしの相手は誰なんだ?」
「うむ、普通の試験官殿じゃ」
「……爺さん、なんで今わざわざ普通ってつけた?」
「必要だからじゃ、いいな? 絶対に試験官殿を殺してはならぬぞ、普通じゃから実弾なんぞもってのほかじゃ。刀も峰を返して殴るにとどめよ……」
「なあ爺さん、その口ぶりだと実弾も効かねぇし刀の刃が通らねぇ試験官が居るように聞こえるんだけど?」
「そんなことは無い、そんなことはあり得んのじゃ。普通に戦って己が技量を示せばよい……なに、お主なら難しい事ではあるまい」
すっかり洞爺には見慣れた冒険者ギルドの待合室でキズナと試験について談話中、そこはかとなく洞爺がぷるぷると震えるのがキズナにはどうしても気になった。
「爺さん、どうして震えてんだ?」
「歳じゃからのう……」
「爺さん、どうして汗がすごいんだ?」
「今日は暑いからのう」
「爺さん……なんで居合の構えを崩さねぇんだ?」
「武士じゃからだ」
どう考えても洞爺が怯えているようにしか見えないキズナさん。
先日タッグを組んでみてキズナの洞爺への評価は高い、真っ向勝負では歯が立たないと認めざるを得ないほどに技量に差があると実感していた。だからこそ興味を惹かれてしまう。
「あらぁ? 洞爺様ではございませんか! 奇遇ですわね、これは運命と言っても過言ではないですわ!!」
ふわり、と上品な花の香り。綺麗に巻かれた縦ロールの髪はつややかな金色をしていた。
「すげぇな、真っ赤っかじゃねぇか……ドレス高いんだろうな。しかも室内で日傘って意味あんのか?」
至極真っ当な疑問を述べるキズナに反して、洞爺の顔色はドレスの色とは正反対に真っ青に染まっていく。しかも震えを通り越して腕が痙攣している気もする。
「ふふ、この日傘に意味などありませんわ。ごきげんよう新たな冒険者様、本日は試験でございますか?」
「意味ねぇんだ。あたしはキズナ、お察しの通り試験受けに来た……んだけど。爺さん、大丈夫か? なんかすげぇ顔色悪いように見えるんだけど」
「あらあらまあまあ、洞爺様いけませんわぜひぜひ私の屋敷でお休みください。このマリアベル、全身全霊をもって解放させていただきますわ」
「今絶対介抱の字が違ったのぅ!? 儂絶対騙されんぞ!!」
洞爺の様子は口の端から泡を吹きそうな位に必死で、キズナがちょっと座る位置を離しちゃう。
「さすが洞爺様ですわ! ぜひぜひ再戦をご再考くださいませ! ウザインデス家の全てをもってお相手させていただきますわ!! あ、はしたない……鼻血が」
「爺さん、質問ばかりで悪いんだけどよ。何やったんだ? このお姫様控えめに言って気持ち悪いんだけど」
「キズナよ、世の中には聞いてはいけない物、見てはいけない物、口に出してはいけない物があるのじゃ」
「見ざる言わざる聞かざるは結構だけど……もう目の前にそれがある場合はどうすんだよ……あたしだけ訳が分からんのは困る」
ちなみに今はマリアベルさん、戦う気が無いというかただ単に散歩なので気配やらしぐさが本当に上品な淑女である。キズナが困惑するのは当たり前と言えば当たり前で、目の前のお嬢様が洞爺に対して欲情というか恋慕してるようにしか見えない。
「そうですわよね。改めて……私はウザインデス家のマリアベル・ウザインデス三世と申します。洞爺様にはおしりを叩いて、罵倒していただく間柄ですわ」
それはもう上品に、これ以上ないほどに堂々とした聞くに堪えない事故紹介だった。
「おい、爺。聞きてぇ事がある」
ベンチから腰を浮かせるキズナの両手が銃と刀にのびる。その表情は今の洞爺に確認できる度胸は無かった。当然ではあるが今の所キズナの中では株価が大暴落中になっている。ここで挽回しないと大変なことになる未来しかなかった。
「何じゃ」
「辞世の句ってちゃんと作ってあるか?」
「生憎まだ読む気はないのう」
「埋まるのと燃えるのはどっちが好みだ? 聞いた上で沈めてやる」
「誤解ってどうしたら解けるんじゃろうな」
「今の所誤解も糞もねぇよ」
マリアベルが今の所本当の事しか言ってないので否定もしづらく、根は素直すぎる洞爺ではどうやってキズナの誤解を解くかと思考を巡らせている。しかし、事態はどんどんマリアベルによって流されていく。
「バニースーツも新調しましたのよ洞爺様! 今回はなんと! いくら殴打されても大丈夫なように網目を細かくしましたのよ!」
「お主……わざとやっておるよな? わざとじゃよな? 場合によっては儂、後先考えんが良いんじゃよな!?」
「……汚い大人って書いてトウヤって読むことにするわ、あたし」
「ほらぁ!! 事故ってるんだって!! 儂の中でお主の発言がきっかけで大事故起こしてるんだって!! 言っていい事と悪い事って絶対お前わかるんだって!! 頭良いじゃん! もっと人に優しくなれるんだってぇ!!」
どうやらウザインデス家の『次男』は意地でも洞爺の口調を壊したいらしい。
とっても溌溂とした笑顔でくるくるとスカートを躍らせていた。
「まあ、冗談はさておいて……いったいこのお嬢さんは何なんだ?」
「キズナ!! 儂は信じておった!! お主だけはまともだと!!」
「……さすがに半べそで腰にしがみつかれたらなんか酷い目にあったことぐらいわかるって」
「ふふ、申し訳ありません。ついつい洞爺様との会話が楽しくて……洞爺様はキズナ様と同じくこちらで試験を受けた際の試験官が私でございますわ」
優雅な物腰でスカートを摘まみ上げ、腰を折る姿は戦いからは一番縁遠く見える。
しかし、そういう事であればバニースーツ以外のつじつまは確かに合わなくもなかった。
「そういう事か、見た目で判断して悪かったなマリアベル……さん。爺さんと互角とか世の中広いぜ」
「ではまた、機会がございましたらお茶でもご一緒いたしましょう。ごきげんよう、洞爺様、キズナ様」
「ああ、またな」
「嫌じゃ……またあの悪夢が……」
みっともなく腰にしがみついている洞爺以外はなんか普通な邂逅だった気がしなくもない。
しかし、ウザインデスの神はちゃんとお仕事をするのだ。
だってうざいから。
のっしのっしとしっかりと地を踏みしめる足音と共に、元祖変態はエレガントに表れた。
「む? マリアベルではないか。また鉄格子を壊したのか? 父上がそろそろミスリル製の拘束具も必要かなと言っておったが……さすが我が弟であっる!!!!」
ぴちぴちに張り付いた白いタキシード、そして筋肉の形に生地が伸び一部がふっくらと盛り上がるスラックス。整髪油を使いすぎな位塗りたくって撫でつけられた変態が居た。無駄に爽やかでそれ以外の表情を知らないのではないかという気持ちの悪い笑み。まごうことなきフレアベル・ウザインデス三世だ。
「……」
「……」
何やら不穏な空気をいち早く感じ取り、洞爺がキズナから距離をとる。
全身の産毛が総毛立ち、ピリピリとした気配がキズナを中心に広がった。もちろんそれは人型だけど形容しがたい何かであるフレアベルも感じ取る。
「ああっ! お兄様! だってあの鉄格子の棒が懸垂用にちょうどよかったんですもの!!」
「そうかっ! ならば仕方がないのであっる!!」
みちぃっと躍動する上腕二頭筋を震わせてポーズを決めるフレアベル。
今日もキレてますわぁ!! とのんきな兄弟を視界に収めてキズナの瞳孔はきゅーっと締まる。
「こ、これがエキドナが忌避する兄とやらか……なんという筋肉」
こっちは初見の洞爺がごくり、と唾をのみ額の汗をぬぐう。
弟と違い、見たまま変態なので洞爺にはダメージが低い。
「い、一度出るかキズナ。何か冷たい物でも飲んで気を切り替えて……キズナ?」
「………………」
幸いこちらへのアプローチが無いので逃げるなら今がチャンス。
洞爺がキズナの手を引き動こうとしたが……それはかなわなかった。
「大丈夫か?」
「だいじょばない……」
「ど、どうした」
「筋肉……」
「う、うむ……見事ではあるが」
「キズナ、筋肉嫌い」
「……キズナ?」
「ふえ…………」
あの勝気でどう猛さを讃えたキズナの眼がまん丸く、文香のような可愛らしさを獲得したかと思えばぽろぽろと雫をこぼし始めたではないか。
「ぬっはっは! どうしたのであるかお嬢さん! 吾輩の筋肉で元気はつらつとほとばらせると良いのであっる!!」
「お兄様、私なんか嫌な予感が……」
兄であるフレアベルより強いと公言するだけあって、マリアベルの感は正しかった。
「いやああぁぁぁぁぁ! 助けてねえさぁぁぁぁん!!」
――ぽちっ
「キズナ!! どうしたのじゃ!!」
「筋肉きらいぃぃぃ!!」
ぺたんと可愛らしくへたり込み、わんわんと泣き叫ぶキズナは……洞爺にとっては理解不能だった。
そして……あからさまに怪しい赤いボタンを押している。
そこにちょこんと『緊急用、ふるあーまーえきどなねえさんしょうかんすいっち』……そう書いてあるシールが貼ってあった。
「逃げろ、マリアベル殿、フレアベル殿」
「で、ですわね洞爺様。お兄様!! 今すぐ逃げますわよ!!」
「む? なぜであるか? 泣いている淑女を介抱せねばウザインデス家の家訓に背くのであっる。さあお嬢さん、吾輩の手当てを受けるのだ!!」
ほとばしる光沢用の油、残像すら残さぬポージングからのポージング。
それらすべてがキズナの恐怖を増長させた。
「ねえさぁぁぁぁん!! ふええええん!」
――ぁぁぁ!!
遠くから響く咆哮。
家族のために、姉は駆ける。
――ズナァァァァ!!
例え明日動けなくなろうとも、戦闘用アンドロイドとしての矜持はその身を前に走らせた。
「うそやん」
茫然とする洞爺の視線の先には……
「なんで僕が銃で脅されてるの!? ねえなんでぇ!?」
漆黒の巨竜が泣きながら白煙を上げるエキドナさんに脅されて全力で低空飛行していた。
それでも地上に影響を出さない様に風の結界を張りながら、なんとも器用なレンさんである。
「お兄様、マリアベルはここで終わりですわ」
「はっはっは! 吾輩も終わりであるな!!」
「目標発見、リベンジだぜ!! ロックンローーーール!!」
ありったけの弾丸の雨、次々と投擲される手榴弾と投げナイフの嵐。
間一髪でなんかいきなり可愛くなったキズナを抱えて離脱する洞爺、重火器の恐ろしさを戦争経験者は骨身にしみているだけに必死であった。
ずざざぁ、とレンから飛び降りて冒険者ギルドのロビーに飛び込むエキドナ。
その両肩と背中からは放熱口がのぞき、全身から蒸気を立ち昇らせる。もちろん手加減なんて言葉はウザインデス家に対して不要だ。
「また、お前か……」
銃は以前効かなかった。しかし、今度は違う……すべてを戦いのためにかけるエキドナは一味違うのだ。
「待つのである!! 今回吾輩何もしてないのであっる!!」
「本当でございます! お兄様も私もまだ何もしておりませんわ!?」
確かにマリアベルは洞爺相手にいろいろ問題発言をしているが、キズナには特に何もしていないし。フレアベルは割と本気でキズナを心配してくれただけである。まあ、普段の言動が悪すぎただけだった。
ちらりと物陰に隠れた洞爺とキズナを見る限り、何かされたというより……フレアベルを見てキズナがトラウマ発動しただけだとすぐに気付いた……が、これはチャンスである。
何がというと……仇をとる最大のチャンス。
「……弟分の仇も込みで有罪」
「「弁護士を呼んで!?」」
「そんな暇与えてたまるか!! 〇ねぇぇ!!」
己の信条はどこへやら。結局手持ちの武器が尽きるまでエキドナさんは大ハッスルした。
そして今回は本当に何かするつもりはなかったウザインデス家から正式に抗議の書面をいただいてオルトリンデさんの頭痛がまた一つ増える。
「なあキズナ……」
「ひっく、なに?」
「お主、普段はエキドナの事『姉さん』と呼んでおるんじゃな」
「言いふらしたら奥さんと子供にさっきの事一言一句伝えるけど?」
「儂最近物忘れがひどいのじゃ」
爆音は夜の帳が降りるまで、景気よくウェイランドの街に響き渡るのだった。




