案外鈍いちょんぱさん
「あれぇ? なんか静かだなぁ」
精悍な顔つきの初老の男性を足蹴にしながら金髪の青年は豪華な革張りの椅子に身をゆだねる。
白いワイシャツに黒いスラックスを纏い薄ら笑いを浮かべて彼は暇を持て余していた。しなやかで荒事とは無縁に見える指を首筋に当てて窓から見える夕暮れの空を眺めながら。
「ま、こんな日もあるよね。ようやく首も繋がったばかりだし今晩は何を食べようかなぁ?」
ぐりっ……
「かはっ!」
無造作につま先を捻られて老人の腹部が抉られる。
身をよじる事すら許されないままうめき声をあげていた。
「首相ともなればおいしいもの食べてるんでしょ? 何がおすすめなのか僕に教えてよ?」
「化け……物」
「化け物? ひどいなぁ。僕は君等なんかよりよっぽど人間してるよ? ちゃんと食べて飲んで寝て……犯して産ませてまた食べて、今はほら首が取れちゃって大変だったからさ食べるだけだったんだけど……寝るのもなぁ?」
ひょうひょうと無意味に指を振りながら楽し気に語る姿は確かに内容さえ別にすればどこにでもいる学生のような雰囲気だ。だが、それ故に彼は異様だった。
「そういえば君は魔眼が利かなかったんだっけ? やっぱり適性が無いと定着しないんだよなぁ……魔族が本当に少なくなってるよね。困ったもんだよ全く」
「……」
首相であるライゼンからしてみれば魔族はこの世界中に点在しており人口の約半数を占める種族なのだが……それでも少ないとはどういうことなのだろう。そんな疑問も口に出せないが目の前の青年は間違いなく危険、それだけは間違いのない事実だった。
「死体をいじって評議会は手に入ったし国王の人形も君を元にして作れば終わりだし……次はどうしようかな? やっぱりあれかな? この間邪魔が入ったあの女の子が良いなぁ」
その青年の脳裏に浮かぶのは飛竜を必死に操りまっすぐに見据えてきた地味な少女だ。
年齢的にもちょうどいいし、何よりあの顔が良い。
絶望を知らない輝かんばかりの眼光はとてもとてもきれいで、だからこそ……
「壊れるとどんな言葉を言ってくれるのかな?」
べろりと口元に垂れたよだれを舐めるしぐさはその容姿とは真逆の醜悪さを醸し出している。
「もう何回も夢の中で遊んであげてるんだけど……予想つかないんだよなぁ」
「異常者め……」
「さっきからさぁ……君は失礼じゃないかな? 家畜の癖に」
ぎろりと青年の視線が足元のライゼンへと注がれる。年齢と共に刻まれた経験と道徳観。そしてこの国を良くするという決意はこの国にライゼンあり、と隣国はおろか海を隔てた遠くの地でもその名は出てくるほどだ。
短命種と呼ばれる人間であるライゼンだが今後彼の遺志を継ぐ愛弟子たちが間違いなくこの国を盛り立てる。だからこそ彼は。
「その家畜に……魔眼の一つも通用しない未熟者じゃないか。笑わせる」
「よくしゃべるよね、はあ。ま、もうすぐお目当ての子も来るし……生かしておいてあげるよ。他の連中みたくさっさと操られてどっかに飛ばすつもりだったのに」
そう、他の議員は早々にこの男の魔眼に不意を突かれて傀儡となったがライゼンだけは頑として意思を失わなかった。
それを面白がられて青年にこうして遊ばれてしまっている。
「一体……何を考えている。ウェイランドの使者に手を出せばあの国はなりふり構わずこの国に攻め入るぞ」
「え? うん? 僕言わなかったっけ? 僕の目当てはこれから来る黒髪の女の子ただ一人だよ? 他はどうしようが何があろうが興味はないから安心してよ。暇つぶしだよ、あの金髪の女の子も珍しい銃を持ってたけど煩くてしょうがないし」
つかみどころがない、狙いが定まらない、ライゼンはなかなかに忍耐を強いる青年とのやり取りを繰り返していた。
一度だけ運が悪い王城の使用人がライゼンを訪ねてきた際に、その使用人はこの青年を見て悲鳴を上げただけで癇に障ったのか『処理』してしまう。当たらず触らずをしつつも情報を聞き出す術は幸か不幸か政治に長く携わるライゼンには慣れ親しんだ感覚だ。ただし非常に精神は摩耗する。
「それに僕の首を刎ねた人も居るみたいなんだよね……こっちは恨み骨髄だから泣いて御免なさいって言わせなきゃ。なんかあの女に似てるし」
「……」
問題はもう一つ、ライゼンと話すこの青年は固有の名前を一切出さないで『あの女』だとか『〇〇の人』と相手を指すのでどうにも話の流れが読みづらい。急に関係ない人物の事を言っている様で実は話は繋がっていたりと混乱させられていた。
「早く来ないかなぁ……ねえ、偉い人。今晩だよね? そのウェイランドからの使者って」
「ああ、向こうから指定された時間で良いと答えた。お前の言う通り面会の人数や武装に関しては一切制限を出さなかった」
この事はライゼンにとっては幸運だった。
今回ウェイランドで新設された統括ギルドの秘書官、それは一級書記官をもしのぐ監理官の直下の役職と聞いている。
もちろんこの国の事だって調べているはずだ。そんな彼女が何の制限もなく、しかも通常の謁見時間を外した打診を当たり前の様に受けたのだ。こちらの事をある程度異常事態だと察してくれている。と思いたい。
「いいよいいよ、何を用意してくるかな。どんな手を使ってくるかな? 楽しみだなぁ……観客が多いほうが楽しいもんねぇ」
「ウェイランドは……いや」
「うん? 何か言いたいのかな? いいよ、僕は今ちょっと機嫌良いから殺さないよ? 多分」
「なんでもない、気をつけろ。と言いたかっただけだ、無駄だろうが」
それはライゼンが自分自身に向けて話す言葉だ。
何せあの国は……まじめに『ふざける』、天才や秀才を片っ端から受け入れる反面。突拍子もないことを平然とやってくる国だ。時代を先取りしすぎて周りがついていけていないだけで……唯一あの国のトップである国王はかわいそうに、良く胃薬や睡眠導入剤を処方されているとまことしやかな噂が流れる。
「まあいいさ。そろそろ時間かなぁ?」
本来ならば夕食の時間を告げる壁時計は静かに時を刻み、ライゼンの執務室はすっかり闇に閉ざされた。
――こんこん
「はいっていいよぉ」
奇しくも青年の浮かべる笑みは上弦の月とそっくりに、深く細くその口をゆがめている。




