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オルトリンデさんは頭が痛い 後編

「無事に回復したようで何よりですフェルトさん」


 キラキラした笑顔と薄く化粧をしていつものブラウスとベスト、パンツルックのオルトリンデは輝いていた。びしっと決めた余所行きの彼女の足元にぼろきれみたいに転がっているのはきっと気のせいである。


「ん、むう? ここは? 私はなぜ……オルトリンデ様?」


 ベッドで額に乗せた濡れタオルを退かしてフェルトは働かない頭で必死に現状を把握しようとする。


「何があったのか分かりませんが貴方はどうやら催眠をかけられ、魔眼まで仕込まれて私の所に表敬訪問で来たんですよ。ほら、私は魔眼が効かない体質なので申し訳ありませんが勝手に治療をさせていただきました」


 爽やかさと見る人を安心させる嫋やかな表情にフェルトは安堵感と共になぜか背筋に寒気が走ったが……きっと気のせいだと自分を納得させた。


「そうでしたか、ご迷惑をおかけしました。ところでそこのひ「何もありませんよ?」」


 ……被せてオルトリンデはフェルトの言いたいことを無かったことにする。

 暫くその床に転がる何かとオルトリンデを見比べて、フェルトは判断した。


「いったい何があったのか教えていただけますかな? ウェイランドへご迷惑をかけては秩序を重んじる我が国の一員として忸怩たる思いです」

「ええ、どうやらあまり良くない者が暗躍している様でして……まあ、紅茶でも飲みながらお話いたしましょう。クワイエット、紅茶」

「あい……まむ」


 床に転がっていた何かは目にもとまらぬ速さでどこかに消えた。

 フェルトは気にしないことにした。きっと自分が何かあっても今こうして無事なのだから許そう。

 あの様子ではきっと報いは受けているのだろうから。本来のフェルトさんはとても温厚である。


「では……まず私の方からわかっている事をお話いたしますね?」

「お願いいたします」


 元々国同士の交渉で顔見知りということもあり、オルトリンデの説明もフェルトに分かりやすいように要約されていた。途中でなぜかやたら背の高い黒髪のメイドがプルプル震えて顔を真っ赤にしながら紅茶を配膳していたが……フェルトはあえて無視した。慈悲はここにあったのである。


「にわかには、信じがたいですが……その、金髪の青年には心当たりというかおぼろげですが記憶がありますね」

「へ? 待ってください。この男に見覚えがあるんですか!?」


 関係は薄いだろうと思っていたが念のためと先日の飛竜体験で起きた死霊事件の事もオルトリンデは話していた。


「ええ、少し前に国王の相談役に抜擢された青年と似ています……とても大人しくてそんな事をするような人物には見えないのですが」

「意外な情報ですね……ジェミニの似顔絵は確かに上手いですが」

「思えば彼が来てから数名の議員が普段とは違うことをしていた気がしますね……私もその一人になってしまっていますが」


 ちなみにオルトリンデさんはフェルトが娼館でキズナにされたことに関してはマイルドな表現で受け入れやすい範囲だけで説明しています。


「しかし、ベルトリア共和国は治安維持の自警団や衛兵の力量がこの三国でトップクラスですよね? いったい何をしたのか分かりませんがそんなに簡単に中枢へ食い込むのは難しいのではないですか?」

「いやはや情けないと言わざるを得ませんね。私にかけられた魔眼が種明かしのような気がしますが」

「ああ……初見では難しいですよね魔眼対策は」

「オルトリンデ様には効果がありませんでしたがおそらく感染型の魔眼ではないかなと……」

「しかも条件発動……相当コストパフォーマンスが悪いやり方ですが」

「それを何人にもかけて……多分国王も魔眼の影響下とみてよろしいかと」

「さて、どうしたものか……ただただ掃除するだけなら先ほども言った通りウェイランドでも上から数えた方が早い者たちが運よくと言って良いのかわかりませんがそろってますよ?」

「ここで即答するのは難しいですな。他の議員……せめて7人の考えを揃えたい所です」

「13議員の半数以上ですか……クワイエット、貴方ちょっとミルテアリアに行って他の議員さんが来ていないか確認と状況共有してきてくれませんか?」


 ふと思い出したかのように天井に向けて無茶を言うオルトリンデだが、反応は速かった。

 一瞬だけ天井のパネルがずれたかと思ったらひらひはらりと紙が落ちてきてオルトリンデの手のひらに収まる。そこに書いてあったのは……。


「ギルドの特別許可証使わせてもらいます!」

「随分と行動が早いですね……我が国の衛視にも見習わせたい」

「多分いたたまれないからじゃないかなぁと……」

「はい?」


 その後数日、エキドナ達が釈放されるまで不眠不休で駆け回ったクワイエットの成果はオルトリンデですら驚くものだった。

 フェルト議員と同じように魔眼で操られていたのかミルテアリアに観光で滞在していたり、周辺にある村や街道の視察だとか無理やり理由をこじつけた感じですぐに全員13人とまさかのベルトリア共和国王が集められて治療を受けることになった。


「こ、これはさすがに軍の派兵も考えないと」


 口元に余裕がなくなるオルトリンデとベルトリア共和国の重鎮たち。

 その全員を前にクワイエットが諦めた様に言い放つ。


「民の安全が確保できればお掃除してもいいですかね? 俺たちで」


 なぜかこの数日間、どんどんと顔色は悪いしそれでいて達観した老兵のような雰囲気を纏い始めた彼は偉い人たちを前に不敵な態度だ。


「まあ、建物なんかはこの際協力しますけど……どうです? ベルトリア共和国としては」

「是非もない、この分だと今はあの国に首相のライゼン殿しか残っておらん……建物などはいくらでも何とでもしていい。助けてくれ……ウェイランド」


 悲痛なベルトリア共和国の国王の言葉を得て、クワイエットがオルトリンデの執務室の窓を開ける。

 そして、虚空へと声をかけた。


「レン、許可が出た……弥生の作戦通りに城ごとあの金髪野郎を消し飛ばすぞ」

「その方が早いよね。僕もお城直すのを手伝うよ」


 ――ごうっ!!


 窓から吹き込む突風にたたらを踏むオルトリンデたち、そしてオルトリンデは悟った。

 外から差し込む日の光が遮られ、空を打つ羽ばたきの音は空の覇者でありウェイランド非公認の最高戦力……


「邪竜族も込みであれば事足りるかと思いますので、ウェイランド隠密衆クワイエット。これよりベルトリア共和国奪還戦及び秘書官の護衛任務に戻ります」

「ちょ! クワイエット!? いつの間にレンとそんなに仲良く」

「クワイエットも苦労人だから……」


 どうやら洞爺の事で苦労している自分とオルトリンデや弥生に振り回されているクワイエットが重なったらしく。レンが自主的に移動手段を買って出たのが事の始まりだった。


「お、オルトリンデ殿!? 大丈夫だろうな!? 国ごと消し飛ぶとかないだろうね!?」

「ベルトリア共和国国王! 現時点を持ってそれは保証できかねます!!」

「では行ってきます。レン、最速で行こう」

「おっけー、洞爺達もそろそろ暴れたいだろうしね」


 ひらり、とレンの背中に飛び降りるクワイエットの手慣れている感が今はベルトリア共和国の面々にとっては恐怖に近い感情しかもたらさない。


「クワイエット!! レン!! 頼みますから手加減してくださいねぇ!?」


 あっという間に小さくなる二人(?)の影に声を張り上げるオルトリンデ。

 その声に答えるかのように頭上をくるりと旋回するのを茫然と見送る事しかベルトリア共和国の重鎮たちはできなかった。

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