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閑話:事故案件……神楽洞爺の場合 前編

「うむ、ウザインデス三世という試験官を頼む」


 洞爺は探索者ギルドで受付にそう伝える。

 その振る舞いは熟練の探索者ではなく騎士のような格好良さがあった。


 だが、受付のお嬢さんはそれどころじゃない。


「待ってください!! 再考を!! 絶対碌なことになりませんから!!」


 まさかの探索者ギルドの触れてはいけないあの人を『指名』したのだから。


「知っておる。()()()()()()()

「し、試験で死人を出すわけには……」

「ほっほっほ、お嬢さん。儂はこれでも腕は立つ、身を護る位はどうとでもなるのだ」

「いえ、その……見た瞬間に心臓麻痺でも起こされると困るので」

「……そんなにか?」

「そんなにです」


 真剣な面持ちの受付嬢さんに洞爺もほんのちょこっと早まったかも、と思いつつも武士に二言は無いと前言を翻さなかった。


「ウザインデス三世で頼む」

「本気……なんですね」

「うむ、仲間の無念は晴らさねばならぬ」

「わかりましたトウヤさん……いえ、トウヤ様。その覚悟受け取らせていただきます」

「……頼む」


 こうしてぎせい……勇者がまた一人、試験へと挑む。




 ◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆




 試験当日、洞爺は愛刀と共に試験会場へと現れた。

 朝一番で瞑想、素振りと気合十分に体を温め、ある人物も誘い……ここへ来た。


「洞爺じいちゃん……事と次第によっては僕覚えたての魔法でここら辺全部焼け野原にすることも辞さないよ」


 そう、瞳から光を失くした真司君である。

 魔法士ギルドで支給される戦闘用のローブ、出来上がったばかりの魔法発動用の杖。

 エキドナの勧めで一振り買った20センチほどのナイフ。


「真司、安心せい……儂がおぬしの闇を払って進ぜよう」

「じいちゃん……」


 ふわりとなびく洞爺の白髪、一本の芯が通った立ち姿。

 それはほんのわずかな希望を真司の瞳に宿した。

 そう、エキドナはただ単に相性の問題で翻弄されたに過ぎない。洞爺ならばと真司の期待も高まる。


「いくら理不尽の塊じゃと言ってもその技には必ず原理という物があるのじゃ。儂がそれを証明しよう……エキドナはほんの少し運が無かっただけ。ただそれだけなのじゃ」


 長年戦いに身を置く洞爺が経験した理不尽は数多く、その一つは邪竜族のレンが良い例だ。

 刀の刃が通らない生物など洞爺からすればそれこそ信じられなかった。


「人である以上、儂に斬れぬものなどない……神楽の一太刀は竜の角すら斬るのだからのう」

「……(なんか壮大なフラグにしか思えないとか言ったら洞爺じいちゃん嘆くかな)」

「ん? なんぞ言ったか? 呆けた顔して」

「え? ああ、うん。何でもないよじいちゃん。期待してる!!」

「うむ、見ておれ」


 ここまでは格好良かったのだ。

 前回も。


 そして、試験会場の入り口に立つ受付嬢が扉を開ける。

 すれ違いざま洞爺は無理を通してくれたその受付嬢に感謝する、と告げ。

 受付嬢もご武運を……と犠牲者(とうや)を送り出した。


 真司は二回目となる試験会場。

 先日の大崩壊からノルトの民の皆さんによってきれいに修繕されて、思わず別の場所かと錯覚するような光景の中。


 一人の少女が居た。


 真っ赤なドレスを纏い、フリルのついた長い純白の日傘を差し、ふんわりと巻かれた金色の髪を風に遊ばせて。


 数のなるような可愛らしい声で洞爺と真司に笑顔で問いかける。


「あら、貴方が受験者さんですのね? 初めまして、マリアベル・ウザインデス三世と申します」


 ぱたん、と閉じられた試験会場入り口のドアの音が響くほどに静けさが場を支配した。


「…………チェンジで」


 あのインパクトの塊でしかないフレアベルを別な意味で凌駕する少女。

 思わずエキドナと同じセリフが出ちゃう真司君、完全に魅入っていた。


「む? 受付嬢殿……相手が違うようだが?」


 さすがに洞爺は見惚れる事はなく、来るであろうフレアベル・ウザインデス三世の姿が無い事を受付嬢に確認するが……振り返ってもそこに彼女はいなかった。


 しかし、閉じられた扉の向こうから答えだけは帰ってきた。


「ご、ご要望の通り『ウザインデス三世』の試験官です。後は頑張ってください!」


 脱兎のごとく受付嬢は見捨てて走り去る。

 足音と気配でそれを察した洞爺が扉に手をかけるが、びくともしない。


「? ちょっと待て!! なぜ鍵をかけたのじゃ!? ウザインデス三世って一人じゃないのか!? 受付嬢殿! 受付嬢殿ぉ!!」


 がっちゃがっちゃと扉のノブを弄るが扉が開く気配はない。


「と、洞爺じいちゃん」

「むう、手違いがあったのじゃ……すまんのうお嬢さん。儂は同じウザインデス三世でもフレアベルという御仁を手配したつもりなのじゃ」


 仕方なく試験は日を改める事にしようとマリアベルに洞爺は謝罪をする。

 あらあらまあまあ、とマリアベルも苦笑しながら二人に近づく。


 が、洞爺の歩数にして12歩。 

 その距離に近づいた瞬間……


 ――ぞわっ!!


 洞爺の全身を怖気が奔る。


「お兄様より、わたくし強いですわよ?」


 洞爺の行動は早かった。

 真司のローブの襟をひっつかみ、素晴らしい脚力でマリアベルから距離をとる。

 ほんの一瞬、マリアベルが洞爺の『斬撃の範囲』に踏み込んだだけで洞爺に襲い掛かる圧迫感。


 そして……言い知れぬ違和感。


「ぐえっ!? じいちゃん!! ひどいよ!?」

「逃げるぞ……」

「へ? なんで?」


 戦闘感覚など無いに等しい真司では感じ取れず。

 洞爺の行動に理解が及ばない。


「あらあらまあまあ、久しぶりですわ。感じ取れる方は……」


 先ほどまで可憐だったマリアベルの背中から立ち上る気配を、洞爺は知っていた。


「何が変態じゃ……()を指名した覚えはないぞい。まったく」

「うふっ」

「どういうことだよ洞爺じいちゃん!!」

「どうもこうも……こういう事じゃ」

「タギリマスワァァ!?」


 みちっ!

 

 膨れ上がる上腕二頭筋!

 盛り上がる肩甲骨!

 躍動する大腿四頭筋!


 ぐしゃりと握りつぶされる日傘の柄、その内側から真の姿を現した刀身。


 そして内圧に耐え切れず破れ散る深紅のドレス。


 マリアベル・ウザインデス三世が嗤う。


「……チェンジで」


 呆けた真司がぽそりとつぶやいた言葉は筋肉の躍動音でかき消された。


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