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夢で逢えたら

 静かな闇の世界で上も下も無い中、弥生は目を開ける。

 ゆらり、ふわり、と……風もないのに身体は揺らぐ。


「真司」


 弟の名を呼ぶ……されど答えは返らない。


「文香」


 妹の名を呼ぶ……声は暗闇に吞まれ拡散した。



 ――誰か応えて。



 そんな弥生の思いは届かない。


「お母さん」


 ………………名は?


夜ノ華(やのか)



 ……………………。



「お父さんは……幸太郎(こうたろう)



 ………………………………名は?



「…………誰の?」



 ――肝心な者の名が抜けているんじゃない?



「そっか…………弥生。私は日下部弥生」


 ――探すと良いよ。


 弥生はどこかぼんやりした思考の中で明確なその言葉を記憶にとどめる努力をする。

 霞がかって上手く思い出せない声にもどかしさを感じながら。

 必死に頷いて……でもその身体はどこまでも自由が利かずに段々と弥生に苛立ちをもたらす。


 ――大丈夫、今は無理だから。


「覚えていられるの?」


 ――少しは……でも、ちゃんと覚えてる。


 夢の中なんだろうな、と。弥生はおぼろげに理解する。

 しかし、同時にあがいても無駄だという事がわかってしまい直ぐにあきらめた。弥生は元々夢を見た後その内容を覚えていたためしがないのだ。


 ――――そうそう、良いよ。リラックスしてくれたほうが私は楽なの。


「またあなたに会える?」


 淡い期待を弥生は精一杯言葉に乗せる。

 すると……黒一色の世界に初めて他の色がぽつんと光った。


「もちろん」

 

 そして明確になる言葉。

 明らかな声の高さとしっかりとした口調。そして柔らかい響き……。


「絶対に……会えるから。諦めないで」


 弥生にとって一番懐かしくて、甘くて、取り戻したい――の香り。

 夢の中であろうと、走馬燈(そうまとう)であろうと、この二年間決して姿を見せてくれなかった……大好きな人の姿。


「おかあ……」


 最後まで弥生が言い切るのを待たずに……無情にもずぶり、と今まで柔らかく弥生を包んでいた何かが粘度をもって沈めにかかる。


「探してね皆で……」


 ――うん!!


 きっとこの夢を忘れる。弥生はそんな確信を持っていたが……それでも……


「必ず! 見つけるから! 私……がんばってるから!!」



 あっという間に胸まで沈んでも、苦しい位に締め付けられる全身の圧迫感にも負けず。

 弥生は叫ぶ。



「うん」



 顔まで沈むほんの一瞬、淡い桜井の色をした唇が笑みの形に変わるのを弥生には確かに見た。









 朝日と木の香りに弥生は起こされる。

 おなかに乗った文香の左足を丁寧に除けてあげて、上半身だけをむくりと起き上がらせるとゆっくりと窓からのぞく青空にその双眸(そうぼう)を向ける。


「……探さなきゃ」


 心地よい目覚めに思い出せずとも幸せな夢。


「忘れない内にエキドナさんにも話して……」


 視線を落として弥生は自分の手のひらをじっくりと見る。

 お世辞にも綺麗とはいいがたい、マメがつぶれた跡や擦った跡は目を凝らせばすぐにわかった。

 16年間慣れ親しんできた自分の身体。


 マメは酒屋さんでバイトした時、重たいビールケースを運んでできたもの。

 擦った後はロープを縛る時にこすれて皮がむけた痕……


「もしかしたら転生じゃなくて……転移?」


 いろいろな推測が弥生の頭をめぐるがさすがに確信まではいかない……そういう時はどうするのか。弥生は両親から学んでいる。


「夢の件も……ここの世界の事も、知るために『探さなきゃ』」


 ぎゅっと握った両手は知らず知らずの内に力が入り、弥生は苦笑した。

 この世界で目覚めてまだ数日、やっと疲れが取れたかな……程度なのにもう行動を起こそうとしている自分の気の早さに弥生はため息をつく。


「だめだめ、まずは真司も文香の事を最優先。焦る必要はないんだから……落ち着け私」


 しかし、弥生の口角は自然と上がってしまう。


「良いことはきっとある」


 何せこんなに目覚めが爽快だった事は岩手のアパートの頃にはなかったのだから。

 

 こんこん!


 弥生と文香が寝床に借りている部屋のドアがノックされる。


「やあ、起きてるかな? 起きてたらそこの棚にある水差しの水とタオルで顔を洗って居間においで。朝ごはんにしよう……真司も起きてるよ」


 エキドナがドア越しに声をかけてきた。

 きっと自分が起きたのを察知したんだろうと弥生は納得し、すぐに行きます。とだけ返事をする。


「急がなくてもいいよー。豚のベーコンはたっぷりあるからさ」


 安心する言葉を残してドアからエキドナの気配がコツコツと規則正しい足音も連れて遠ざかっていった。

 

「んーっ!! 文香、いい加減起きて」


 弥生は両手を上に突き上げ、胸いっぱいに空気を取り入れ背伸びをする。

 文香も声に反応してとろんとした目をゆっくりとさまよわせていたが、ほのかに漂う香ばしい肉の香りに……居間で焼かれているベーコンの匂いに一瞬で覚醒(かくせい)した。


「お肉だ!」

「おはよ。眠れた?」


 姉の問いかけに文香は……


「おねーちゃん文香探さなきゃ!!」


 起き抜けとは思えないくらい文香のしっかりした主張。


「……もしかして文香も見たの?」

「……も?」

「も」

「……おねーちゃん、いっせーのーせーで!」


「「ドラゴン(おかあ)さん!!」」


 ちなみに真司は見た事のない黒い肌のおねーさんだったという。

 一貫性のないこの夢は三人の中でいったん問題を棚上げするしかなかった。

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