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夜間監視 ①

「ひどい目にあったよ……まだ鼻が痛い。魔法ってあんなに厄介なのかぁ」


 この辺で一番高い建物かつ国の中心部にある飛竜宿舎、その屋根の上でエキドナは一人寂しくパンをかじっていた。

 生体パーツそのものに栄養素が無いと再生もできないので持てる限りの食料を持ち込んで監視中なのである。万が一のためにある予備の生体パーツは手元にないため地道に自己修復中だ。


 夜風はひんやりしているが若干湿り気があり、お月見にはちょうどいいのかもしれない。

 まあ今見ているのは眠りに落ちようとしているミルテアリアの街だった。


「運良く今日にでも接触できたらいいんだけどなぁ。ジーっと待つのは性に合わないしさ……」


 ふと空を見上げれば半分ほどに欠けた月が「たまにはいいじゃないか」とエキドナを優しく照らす。

 まだ経営中の酒場や宿で楽しそうな喧騒がBGMとなって彼女の耳を楽しませた。


「いいなぁ、平和だなぁ……ああいう風に暮らせたら幸せだよねぇ」


 ――無理だ

 エキドナはすでにその考えを捨てている。


「そうしたらさ、焔も氷雨もちゃんと結婚してキズナが妹で……僕は立ち位置微妙だけどのんびりと猫でも育てて」


 ――――戦え

 妹を、疑似的にとはいえ家族である仲間を護る。その覚悟はとうに済ませた。


「誰も戦いたくなんてないのにねぇ」

「暮らせばいいじゃないの」


 不意にエキドナの隣から声が届く。

 思わず心臓が止まりそうなほど……心臓は無いのだが思考が止まりかけた。


「どちら、さまかな?」


 見た目上はごまかせただろうかとエキドナがゆっくりと声が聞こえた右手を向く。そこには不思議そうに首をかしげる黒髪の一部が白いメッシュになった童女がいた。

 その童女は人差し指を口元に添えて「しぃ」と笑う。


「縁が繋がったから見に来たの。と言いたいけどおかしいわね……どうにもこうにもほっそい線ね? もしかして私間違ったかな」

「もう一度だけ、聞くよ? どちら様かな?」


 かちゃ、と腰のホルスターへ手を伸ばすエキドナは警戒心を露わにして問う。


「大丈夫、敵じゃないし名乗るわよ。その銃で撃つのはやめてくれない? 下の竜たち起きるわよ?」

「あいにく消音器付きだよ」

「ああもう……そんなに怖い顔することないじゃない。私は家鳴夜音(やなりよね)……まあその、座敷童ってわかる? 外人さん」

「データでは知ってる。それと僕なら外人じゃないよ()()()()()()()()()べきだね」 


 エキドナの言葉に意表を突かれたのか目を見開く家鳴夜音、エキドナが漢字を正確に理解して言葉遊びのような返しをしてきたのに驚いたのだ。

 しかし、その表情は一瞬で不敵で妖艶な笑みへと変貌する。


「お仲間? にしてはなんかこう……物っぽいというか怪しくないっていうか判断し難いんだけど。ご新規さん?」

「言いえて妙だけどアンドロイドだよ。エキドナ・アルカーノ、括りでいえば機械だったり?」

「へえ、本物って初めて見た……まあいいや、今日はちょっと話しておきたい事が」


 夜音が本題を切り出そうかという瞬間にエキドナの脳裏にアラートが表示される。


「まった、これは」


 ミルテアリアの民家の屋根、その上をかなりの速度で移動する二つの物体をエキドナの動体感知がとらえたのだ。その方向に向けて暗視モードにした目を向けるとかなり遠い所で疾走する人影が見える。


「え、ちょっと? 私これから良い事言うんだけど?」

「ごめんまたの機会に!! じゃあねっ!!」


 正体不明の来訪者より正体不明の不審者が先だ。

 ひらりと屋根から飛び降りたエキドナはそのまま全速力で追跡を始める。取り残された夜音はぽかんとそれを見送るしかない。あっという間に金髪をたなびかせて民家の屋根を飛び跳ねるように移動する様はさすがだが……


「せっかく迷彩服来てるのに金髪そのまんまにしたら目立つんじゃないかな?」


 至極真っ当なそのつぶやきは虚しく風に吹かれていった真っ黒な目出し帽だけが聞いていた。





 ◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆




「お姉さま。誰かが追ってきています」


 太ももまで露出したミニスカートのメイド服に目出し帽の女が少し遅れてついてくる白衣の少女に事実だけを告げた。


「この間の褐色女?」


 こちらは目出し帽をつけておらず、少し小さめのアタッシュケースを手に持ちながら走っている。


「……別口じゃないかと。私たちより足が速いです」

「目立ちたくないんだけどなぁ。なんで見つかったんだろう」

「そりゃあお姉さまがこれ見よがしに白衣を着ているからかと」

「あんたもメイド服じゃないの……あ、ちょうどいいわ。あの公園で待ち伏せましょう」

「かしこまりました」


 ちょうどテニスコートほどの公園を見かけた二人は屋根から看板などを足場に降りていく。

 が、困ったことに植木もないベンチがあるだけの空き地といった場所で隠れるのは無理そうだった。


「……仕方ありません。残り少ないですが目くらましで逃げましょうか」

「それしかないかしら。運がなかったわね」

「ですね……来ます」


 たん! と軽い着地音と共にエキドナが公園の入り口に降り立つ。

 不思議とエキドナが行ってほしい方に二人が来たので想定より早く接触できた。


 しかも相手はエキドナの聴力を知らないで話しをしている。おかげでエキドナはすでに閃光弾の対応まで済ませていた。


「やあ、月がきれいだね?」


 余裕を見せるつもりで定番の言葉を選ぶエキドナに二人は戸惑う。

 顔を見合わせてほんの少し考えた後、口を開いた。


「初対面の女性に告白なんて節操が無いのかしら?」

「お姉さまとしか添い遂げるつもりが無いのであなたはちょっと……巨乳だけは評価しますが」


 なんか濃そうな相手にエキドナの肩がかくんと落ちてしまった。

 何だこの二人?

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