牢屋スタートは様式美
「牢屋……」
冷たい石畳、ほんのりと湿っていてその小さな膝に赤い跡を刻む。
牢屋 ―― 一般的に犯罪者かその容疑者を拘束し、場合によってはそのまま拘留する一時的な場所。
もちろん間違っても国賓や善良な一般の方々が入ることはあり得ない場所だ。
だが……
「ねえ、いい加減壁に向かって頭付けたままつぶやくの止めようよオルトリンデ。案外快適だよ? かび臭いけど」
「あ、雨降るとちゃんとこの窓閉まる。よかったぁ……寝てる時濡れると寒いんだよね」
弥生とエキドナはのほほんと牢屋ライフを受け入れていた。
代わりに――ぐりんっ!! とぶっ壊れたおもちゃのごとく首を回したオルトリンデはダメだった。
「ナンデアナタタチハフダンドオリナンデスカ?」
片言で虚ろな目、いつもはラフな格好でもしゃんとした姿勢やしぐさで出来る幼女!! となっているのだが、今にも造型が崩れてスライムにでもなってしまいそうだ。
「え、僕そもそもベッドで寝ることが稀だったし。野宿や殺される心配ないから今すっごくリラックスできてるよ?」
「窓の隙間に詰め物してできるだけ風が入ってきませんように、ってやってもそもそもガタついてる窓から雪や雨が吹き込んできていたし、ごはんは保証されてるんでしょ? 好待遇だよねこれ」
二人で至極まじめな口調なのだが、言っていることは分かるのだが……牢屋のほうが本当に安心なのだ。
オルトリンデが心のメモ帳にエキドナと弥生の心の矯正計画最優先!! と記す。
「貴方達は一体どんな経験を……まあ、いいです。それよりあの女です」
「呼んだかしら?」
かしょん、と鉄の扉の出窓が開き。
鈍色の双眸が弥生達を興味深そうに値踏みする。
「こ、の……性悪エルフ。容疑は晴れているでしょう? 早く出しなさい、こんな所」
「やあねぇ、オルトリンデに似た誰かさんが居丈高に何か言ってるわ。あ、そこの金色の髪と黒い髪の女の子は釈放ね。ごめんなさいね、どこぞの監理官が情報を通達しないっていう意地悪してきたからわからなくて、お詫びに私の屋敷のお風呂とおいしいごはんを用意したから好きなだけ堪能して頂戴」
「フィ~ン~!!」
顔を真っ赤にして憤慨するオルトリンデに扉の向こうにいる人物はけらけらと笑う。
「冗談よ。でも本当に時期が悪いわ……なんだって新顔の子を連れてきちゃったのよ。待ってて、今開けるから」
がちゃん、と鉄の扉にかかっている南京錠を外してドアが開かれる。
「ふわぁ……かっこいい、綺麗な赤い髪」
「いいなあ高身長、僕も胸の大きさなら同じだけどやっぱり均整の取れたプロポーションって正義だね」
「やぁん! オルトリンデ、この正直な二人頂戴!! あんたの所にはもったいないわ!!」
エキドナと弥生にダイブする勢いで熱烈なハグをする褐色の肌のエルフ。
「絶対にダメですミルテアリア魔法ギルド長、フィヨルギュン・アルトリデ!! なんですかその破廉恥な服装! あーやだやだ、背中丸見えで寒そうです事」
「ご心配どうも!! 生憎ここ20年風邪一つひいてないわよ!!」
あっさりと二人を離してフィヨルギュンはオルトリンデへつかつかと歩み寄る。
その身長差は実に40センチ、お互いの鼻と鼻がくっつく位に顔を突き合わせてにらみ合う二人はなぜか笑っていた。
ああ……きっとこれは仲良しだなぁとエキドナと弥生がなまぬるーい笑顔で見守る。
「2か月ぶりね」
「2か月と2日ぶりです。相変わらず適当ですね」
「「ふふ……」」
「「……(トムとジェリーだ)」」
「とりあえずギルドに行きましょ、こんな埃くさいところで話すのもなんだし」
「今年のセカンドフラッシュを持ってきています。今年の紅茶も――「「言わせねぇよ!?」」」
急な弥生達の突っ込みにオルトリンデが唖然とする。
元ネタを知ってるのはその二人だけなのだから当たり前なのだが、フィンは何がおかしかったのかおなかを抑えて笑いをこらえていた。
「なんか面白い子達連れてきたわね。雰囲気もなんかいつものお付の連中より緩いし」
「ノリが良すぎて今回みたいなことになります。なんかちょっと私も最近毒されてきた気がしますしね」
「いいんじゃない? 締める時だけ締めれば問題ないわ。一気に書記官のスキルアップを10年早めた天才って聞いてたからどんな子かと思ったら、あ……」
そんなことを言ってしまったら、幼女は怒る。
「待ちなさい、フィン……今聞いていたって! こら、目を逸らすなぁ!」
「さあ、あの飛竜ちゃんも待ってるわよ!! この国自慢のビスケットも用意してあるわ!! 女子会よ女子会!!」
「貴女、知ってて私を牢屋に放り込みましたね!? 外交問題ですよ! 外交問題!!」
「あーあーあー聞こえない聞こえない、幼女が何か言ってるけど聞こえないわぁ」
「この性悪エルフ!! このっ!!」
それはそれは素晴らしいフォームで飛び蹴りを敢行するオルトリンデだが、悲しいかなフィヨルギュンの腕のほうが長く。ぽふんと受け止められてしまう。
「ねえ弥生」
「なんでしょうエキドナさん」
「暇だね僕ら」
「暇ですねぇ」
それはそれは楽しそうな二人が、置いてけぼりになっている弥生とエキドナに気づいて。恥ずかしそうに慌てながら牢屋から案内するまでもう10分ほど必要なのであった。




