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閑話:弥生の退院 前編

「という訳で!! 私ニートになります! 食っちゃね最高!!」


 弥生が退院し、三日ぶりに家に帰ってきた瞬間に宣言したのはそれだった。

 まず真っ先にエキドナと真司が洞爺へ視線をぶん投げる。洞爺は首がもげるかの勢いで横に振った。


 文香はとことこと弥生に駆け寄り、姉の額へ手のひらを押し当てて数秒……真司へ首を横に振って目線を伏せた。


 ただ一人、牡丹だけが「うん、食っちゃ寝は最高よね……スマホ、ポテチ、コーラは人類が生み出した最強の神器セットだと思うわ。至ったのね……この子」と強者を見出した戦闘狂みたいなことを言っている。

 しかし、犯人ではなかった。


「おねーちゃん、ニートは敗北者だって前に言ってなかったっけ?」


 文香が両親が亡くなって、弥生が何とかしなければいけなくなった時に叫んでいた言葉を思い出す。

 確かに数年前まで弥生はのんびり屋で、社畜体質とは無縁だった。


「気づいたのよ文香、働いたら負けなの」

「どうやってご飯食べるのさ……まあ、姉ちゃん働きすぎだから少しはやすんでほしいけど」

「ニートは永久! A級ニートに私はなるっ!!」


 ……洞爺ですら弥生の主張にあっけにとられる。

 芸人だったら放送事故レベルのスベりっぷりだ。


「弥生、疲れてるんだよ……おねーさんが作ってあげるから何かおいしいものでも食べて一回寝よう? ね?」


 弥生の両肩に優しく手を添えてエキドナが促したが、弥生は止まらなかった。


「エキドナさん、一緒にベッドでゴロゴロしません?」

「瞳の中のハートが無ければ」

「こうですか?」


 <●><●>


「猟奇的になれとは言ってない!? どうなっちゃったのさ弥生!!」


 さすがになんかおかしい、エキドナはがくんがくんと弥生の肩を揺さぶって正気に戻そうとするのだが……うふふ、えへへ……と不気味に笑い続けていた。

 なにがあった!? 一同がその思いを共有していると、がちゃりと家のドアが開き。オルトリンデが入ってくる。


「オルちゃん?」


 文香がオルトリンデに声をかけるが、彼女は黙して語らない……それどころかなぜか肩を震わせて目線をあちらこちらにさまよわせていて……。


「「「「「あんたが犯人かっ!?」」」」」 

 

 とてもとても分かりやすかった。

 そして流れるような膝折! 両掌は重ねるように正面へ! 額は手の甲に触れる1センチ上に!!


「すみませんでしたぁ!!」


 完璧な土下座と自白と謝罪だった。








 ――数時間前――


「じゃあ、これで退院ですけど。無理はしないこと、後は寝つきが悪い事があるんでしたよね……良ければ寝る前にこちらを飲んでみてください。リラックスできると思いますよ」


 白衣を着たお医者さんが善意で処方してくれたのは睡眠導入剤、睡眠薬ほどではないが寝つきを良くする物だ。

 彼は夢魔と呼ばれる魔族で睡眠に関する魔法や薬の扱いに長けている。

 浅黒い肌とこめかみから出ている黒い角でなんだか不健康そうに見えるのが悩みの種だというが、患者からはとても慕われており国王の薬も処方しているエリートさんだ。


 弥生もそんな彼の好意を素直に受け取り、今晩にでも飲もうとお礼を言った。


「弥生、迎えに来ましたよ……ああ、まだ診察中だったんですね?」


 ひょいっと首を出してオルトリンデが確認する。

 

「ああ、オルトリンデ監理官。弥生書記官の診察は終わりですよ……ちょうどいいので国王陛下の処方箋も出しておきますね」

「先生、ありがとうございました。オルちゃんありがとう。今行くね」


 肩掛けのカーディガンを手に取り、弥生が帰り支度を。先生もさらさらと紙にペンを走らせて薬の内訳を書いてオルトリンデに渡した。


「ええ、では行きましょうか。皆が待ってますよ」

「イストさんは?」

「あの子はまだ入院ですが、弥生と違って鍛えてますから大丈夫です」

「良かったぁ……あ、お薬代とか」

「後でいいですよ、統括ギルドに請求書出してもらえば良いんです」

「はーい」


 何事もなく薬局で薬を受け取った二人だが、係員にオルトリンデが呼び止められた。

 

「すみません、国王陛下のお薬なのですが……最近頻度が上がっているので一度診察に来るよう言ってもらえませんか? おそらく心労などが溜まっての事だと思うのですがあまり薬に頼りすぎるのはと思いまして」


 オルトリンデが預かった国王の薬、それは弥生に処方された薬とよく似ていた。

 茶褐色の錠剤で効果もリラックスが主な目的である。


 ただ、弥生の薬が眠る前の睡眠補助程度なのに対して……国王の薬は精神安定剤の役割を担っている。

 効果の強さが違っていた。

 ここ最近国王はこの薬に頼ることが多いらしく、心配した薬師の言葉に共感したオルトリンデはちゃんと伝えることを約束した。


「王様も大変なんだね」

「まあ、先日の死霊騒ぎの後始末もありましたし……古代竜が庭に居るのに慣れてませんからねぇ」

「あー、レンさんだっけ? 私まだあの騒ぎの時一瞬見ただけだからお礼言ってないや」

「では今度一緒に行きましょう。すでにクラスの人気者なので文香もいるかもしれませんが」

「…………一体何があったの?」

「聞かないでください、私もまだ受け入れるのに時間が欲しいので……」


 それからはいつも通りに二人で雑談しながら帰路についた。

 が、途中でどうにものどが渇いた二人は露店で果実を絞ったジュースを購入。


 道端で飲むのもはしたない、と公園のベンチに向かったのだ。


 そこで事件は起きる。


「あ、先生にもらったお薬飲んでおこう」

「もう飲むんですか?」

「夕食前に飲んでおくといいって書いてあったの」

「そうなんですね……夢魔の薬は良く効きますからきっとよく寝れますよ。えーっと、あった。はい、弥生……1回2錠です」


 2粒の錠剤を袋から取り分けてオルトリンデは弥生に手渡す。

 その錠剤を弥生は口へ放り込むとジュースで胃の中に流し込んだ。


 甘さの中に酸味があるジュースはのど越しもよく、さっぱりとした味わいで……後でもう一杯飲もうと弥生が一気に飲み干した。


「ぷはっ! この一杯のために生きている!!」

「何を言ってるんですか、そういうのは酒場の……」


 弥生の軽口にオルトリンデが切り返していたのだが、途中で言葉を止める。

 どうしたのかと弥生が振り向いたら……顔を真っ青にしているオルトリンデが薬の袋を握りしめていた。


「や、やややや……弥生。吐けますか!?」

「乙女に吐けってオルちゃん!? 何を!?」

「すす、すぐ吐いてください。今この場でおえぇぇって!!」

「いやだぁ!? え、なに」


 涙目でプルプルと震えるオルトリンデが薬袋を2枚、バックから取り出した。

 右手に持っているのが弥生の処方された睡眠導入剤。

 左手に持っているのが()()()()()国王の処方された()()()()()……。


 開封された袋には『人族使用厳禁』と真っ赤な文字で書かれていた。


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