すべてが終わって
暗く静かな闇の中、弥生はその声を聴いていた。
ずっと繰り返す見つけて……という言葉、何か焦ったように何回も何回も……
「なんで、泣いてるの?」
弥生が声音からそう思った。
――悲しいから
「……探すよ」
――――今は無理
声の主はそう言って遠ざかって行った。
その手に銀色の小さな板……ドックタグを握って……
「誰か……わからないけど。探すから……待ってて」
――うん
弥生は手を伸ばす。
誰かも、何処かもわからないまま……
「起きたかの? 声が出せたらでよい。痛むか?」
ぼんやりと明るい天井と、ゆったりした声に弥生はたっぷり10秒ほど呆けた後。
「ここどこっ!?」
見たことのない場所に驚いて叫んでしまった。
「統括ギルドとやらの医務室じゃ、時期に嬢ちゃんの弟と妹も合流する」
「え、あ……おじいちゃん」
「ほっほっほ、確かにおぬしの祖父と言っても通じる年じゃが……あいにくまだ孫はおらん」
のんびりと椅子に腰かけ、髭をなでながら洞爺は弥生に応える。
「先ほどは大変な目にあったのぅ、凄惨な物を見せてしまい年長者として恥ずべき事じゃが……あの場ではああするしかなかった。すまなかったの」
他にやりようなどなかったが、それでも洞爺には子供に戦いなど見せたくはなかった。
それも一方的に斬り捨てるという最も残忍な所業を……。
「びっくり……したけど。皆を助けてくれたんです。正直言えば怖かったですけど……ありがとうございました」
弥生もその光景を見て洞爺に恐怖感を持たないわけではない。
しかし、事実としてあの場に居た自分を含め助けてくれた事に変わりはなかった。
それに今の洞爺からは弥生を気遣い、労わる気持ちがまっすぐに伝わっている。そんな人に弥生は嘘偽りなく感謝を伝えた。伝えるべきだと思った。
「……おぬし、名は?」
「日下部弥生です。私もお名前うかがってもいいですか?」
ジェミニの背に居た時、弥生は聞いた気はするが風の音もすごかったしイストを必死で抱き留めていたのもあって覚えていなかった。
「は……はっはっは!! そうじゃな!! すまぬすまぬ、名を聞く時はまず名乗らねばな!! 洞爺じゃ、神楽洞爺……見ての通り刀を振るうぐらいしか能の無いどこにでもおるジジイじゃ」
そんなまっすぐすぎるとも言える弥生の言葉に、洞爺はおなかを抱えて笑いたくなった。
人は力を欲すると同時に恐れる生き物だ。
恐れれば逃げるか排除する、それが人間だが……真に強い人間はそれを飲み込んで相対する事ができる。昔、洞爺が師から言われた言葉だが……孫ほどの子供がそうであるとは想像もしていなかった。
「やっぱり、あの時に持っていたのは日本刀なんですね……その、私と弟、妹も日本人で……良ければお話を」
「まてまてまてまて弥生、今は疲れておるじゃろう? 弟と妹は二人とも無事でこちらにオルトリンデ殿が連れてくる手はずになっておる。まずはしっかり休むのが先決、慌てる必要はない」
「え、あ……はい」
「それにのう、先に言っておくが儂も迷子のようなものでな……かれこれ十年。宮城の地を踏んでおらん」
「じゅ!? え、じゃあ……」
「うむ、戻るのはあきらめて定住先を探しとる」
「そっかぁ……」
そこからしばらくは安静にしていた弥生と何をするわけでもなく洞爺の静かな時間が流れる。
白いカーテンの向こうでは青い空と雲がふよふよと漂っているだけののんびりとした風景を眺めるだけ。
小一時間ほどそうしていただろうか、弥生はふと気づいた。
「そういえばこんなにのんびりしたのいつ以来だろう?」
「……忙しいのか?」
「え、うん……まだこっちの世界に来てから一月くらいだし。まだ文香も小さいし」
「ふむ、オルトリンデ殿から多少お嬢ちゃんのことは聞いておる。ご両親がおらぬとな……周りは助けてくれんかったのか?」
「助けて……もらえてたのかもらえてなかったのか……わかんないです。何とかご飯は食べれてたし、学校には行けてたし」
「なるほどの……」
弥生は常に、この二年間は何かを考えて考えて……動き続けている。
でも、両親が生きていた頃は割と怠け者でもっとのんびりとしていた。
「でもまあ、お父さんとお母さんが残してくれたお金も家も親戚のおじさんとおばさんに持っていかれちゃって……そこからはアルバイトとかしてんですよ」
「…………そうじゃったか」
「一か月くらい前にすごく寒い夜があって、その時に簪で刺されて……死んじゃったんです」
「簪……とは古風じゃのう。テレビの時代劇でしか見たことがないのう」
「ふふ、私もです……なんか久しぶりですね。テレビの話題とか」
「こっちにはないしのう……」
洞爺もテレビは年明けの特番でやっていた笑点が記憶の中で一番古い。
日曜日の朝にやっている息子の好きな特撮ヒーローも正直興味が無かったので見ているふりをしてクロスワードなどに興じていた。
今どきの若い娘が何を好むかなど皆目見当もつかない洞爺は妻である楓、その幼馴染である牡丹の見ていた雑誌やテレビ番組を思い出そうとするが……そもそも弥生と年が離れているのでおそらく興味は引けなさそうだ。
「あの人、どうなったんですか?」
洞爺が黙り込んでしまったので弥生が思い出したかのように質問する。
数瞬……洞爺は迷うのをごまかすように髭をなで、静かに答えた。
「残念ながら生きとる。あの女騎士殿……イスト殿は重傷じゃがちゃんと静養すれば大丈夫じゃ。飛竜は……引退するらしいの。今度会いに行くとよい」
「……はい」
「ちょうどな」
「はい?」
「儂も定住先を探しておってな、オルトリンデ殿と話してお嬢ちゃんの護衛役にしてもらった。レン……あの黒い竜と儂の妻の幼馴染もここにおる。次はあのような真似は許さんよ……妻と息子もこちらに来るしの」
「そうなんですね……改めて、ありがとうございます。洞爺さん……殿?」
「呼び捨てでよい」
洞爺からそう言われたものの……弥生にはさすがに洞爺を呼び捨てするのは躊躇われる。
しばし顎に手を当ててうーん、と唸った。
「そうだ、おじいちゃん。洞爺おじいちゃんでどうでしょう?」
「構わぬよ、好きに呼べばよい……が息子より年上の孫か。なかなか得難い状況じゃの」
ほっほっほ……とほほ笑む洞爺。
妻である楓は実際には弥生と10歳も離れてないので、「おじいちゃん」と呼ばれるのはこそばゆかったりもしていた。が、悪くないとほっこりしている。
真司も文香もすでに『じいちゃん』と呼んでいるので急に孫が増えた気がしていた。
そんな折、にわかに病室の外からにぎやかな声が響いてきた。
「来たようじゃの。元気な顔を見せてやるとよい……心配しておったからの」
「……はい!!」




