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工房区画の奮闘者 ②

「真司……本当の本気でやるのかい?」

「女は度胸だって姉ちゃんが言ってたよ」

「僕性別不詳なんだけど……」

「大丈夫、エキドナ姉は黙ってれば女の子にしか見えないから」

「はあ、どうなっても知らないよ?」


 エキドナに背負われながら真司は気合十分とばかりに獰猛な笑みを浮かべる。

 

「エキドナ、真司……僕もサポートするけどダメだったらすぐに引き返すんだよ! もう上位個体に進化してるやつが出てきてもおかしくないんだから」


 エルクはエキドナの隣に浮遊し、前を見据えながらタイミングを待つ。


「うん、数を減らせばそれだけ安全になるよね!」

「……真司、やっぱり弥生と君は姉弟だよ」

「へへ、じゃあ……いくよっ!! ゴーゴーゴー!!!」


 ばぁん! と扉を開けたと同時にエキドナが三段飛ばしで階段を駆け上がる。

 死霊も勢いよく飛び出して来た真司たちに気づき、一斉に躍りかかってきた。


 階段を上りきるまではエルクの補佐が重要で、エルクはエキドナの速度に食らいつきながら迫りくる死霊を光の精霊を使って追い払う。


 すでに時間が経っているため死霊も恨みがましい叫びを放ちながら、追い返されてもすぐに戻って三人をあの世に引きずりこもうと縋りつく、


「あと二秒!! 真司っ!!」

「うんっ!!」


 黒煙と死霊の陰に空が覆われ、薄暗い地上に飛び出たのもつかの間。

 エキドナは真司をふわりと放り出し、足で地面に図形を描き始めた。


 その線は一切の迷いなく引かれていき、二つの正円を描く。

 それだけではない、今度は指で幾何学模様を刻む……ほんの十数秒で一つの『術式』が出来上がった。


 「ほんとに描いちゃった……真司! いくよっ!!」


 あっけにとられたエルクだが、即座に真司の身体に潜り込み不死族のお家芸。憑依を実行する。

 もともとその手はずだったので真司も抵抗することなく、エルクが身体の支配権を握るのに身を任せた。


 そう、三人の作戦は機械ゆえに正確な図面を地面に描くエキドナに、術式を暗記してるエルクが真司の身体を使って発動させるというものだった。

 もちろん付け焼刃だし、本当に発動できるかどうかは図面が正確に描かれていないといけないため。一発勝負である。


『我が命に邪なる者を退ける聖域をここに!! サンクチュアリ!!』


 エルクが真司の口を使って、詠唱と共にエキドナの描いた図へ手を添える。

 すると煌々と輝く魔力が線に沿って奔った。


 仕上げにその光が図面を隈なく満たした後、指先で術式言語を虚空に描く!!


『できたっ! エキドナっ!! 探してっ!!』


 エキドナが滑るように光の結界へ飛び込んで、周りの生体反応を探知する。

 数秒後、崩れかけた家の奥に子供と思しき反応が確認できた。


「見つけたよ!! 真司! エルク!! 10時の方向距離20メートル!!」


 エキドナが指を差すのが早いか、エルクが真司から抜け出して精霊魔法をありったけの魔力で連発する。


「真司! 行って!! 長く持たない!!」

 

 もう目標なんて決める必要もないほど死霊は数を増していた。

 死霊の特性として、死に追いやった相手もその場で死霊にしてどんどん際限なく増えていく。

 それゆえに……たとえ一体であっても即座に騎士団や強力な浄化魔法、もしくは神官が祈りをささげて鎮魂するのだ。


「おおおおおっ!!」


 一時とはいえ身体のコントロールを失い、感覚が鈍いにもかかわらず真司は素晴らしいスタートを切る。

 興奮状態の為か先ほどまで気になってなかった鉄さびの様な血の匂い、むせ返るほどの死臭に嗚咽が混じりながらも真司は駆けた。

 エキドナの指示通りに崩れかけた家に飛び込んで、職人に聞いたお弟子さんの名前を叫ぶ。


「ここ、ここに居ます!」


 返事は早かった。声変わりする前なのか高い声音ではっきりと真司の呼び声に答えたのだ。

 しかし、上手くいったのはここまでだった。


 声に気づいたのは真司だけではない。


 ほんの数分前に『彼』は自我に目覚めた。

 何人もの恨み辛みが折り重なり、傷をなめあい、共感し……一つとなることを選んだ死霊たち。


 上位個体である『亡霊』と進化したのだ。


「ニク……ウラメシィィ」


 やっとの思いで真司が子供を救出できるかという時に乱入した亡霊は、聞くに堪えない低い声を上げて襲い掛かる。

 それでも真司はあきらめなかった。

 一撃食らってでも、この子供をエキドナが待機している結界に連れて良ければそれで勝ちは確定だ。


 今までの死霊とは違いより鮮明な姿をした亡霊を睨みつけ、真司はその背に子供を隠す。

 亡霊が振り上げた右腕が今まさに真司を襲う瞬間。


 ――せーのっ!!


 メキィィ!!


 亡霊の顔面に、かかとがめり込んだ。


「行って、これくらいじゃすぐ戻ってくる」


 ゆっくりと足を戻し、拳を引き。残身の構えを取るタンクトップとホットパンツの女性。

 その眼差しは鋭く、微塵も油断をしていない。


「……僕は日下部真司、そこの金髪の女の子が居るところまで逃げ込めば僕らの勝ち。待ってる」


 ふわりと香る花の匂いにちょっとドキリとしながらも端的に真司は言い残して、子供を連れて遠慮なく走る。

 その様子を視界の端に収めながら、彼女は頷いた。


「……ちゃんと殴った感触があるから負けないとは思うけど。しんどくなりそうだし……あの真司って男の子の言うとおりにしておこうかしら。洞爺さんと楓とはぐれちゃったからね」


 ――ォォォオオオ!!


 先ほど蹴り飛ばした亡霊が目を爛々と光らせて襲い掛かる。

 しかし、彼女は慌てない。


「神楽流闘技『牡丹』」


 すぅ、と一息吸って、己の名を関した一撃を体重を乗せた踏み込みと共に拳を放つ。

 たったそれだけ、愚直なまでに繰り返された突きは吸い込まれるように亡霊の胴体に突き刺さった。


「あたし、いつもは竜をぶん殴ってるのよ。あんたらより硬くて黒くてデカい奴……もういっぺん死んで、生まれ変わってきなさい」


 ズン!!


 さらに踏み出した右足に重心を移して拳を突き入れる。

 数舜遅れで亡霊は殴られたのを思い出したかのように水平に吹き飛んでいった。


 しかし、苦悶の声を上げてない所を見るとまたすぐ戻ってくるのは想像に難くない。

 なので牡丹は遠慮なく真司の言う通り、家から出て金髪の少女と真司が待つ結界に向かう。



「……しかし、幽霊って殴れたのね。初めて知ったわ」


 

 己の拳をまじまじと見て、牡丹は今更すぎる事をのたまうのだった。

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