閑話:事故案件……マリアベル・ウザインデスの場合
注意:変態が変態するお話です。本編には一切関わりの無いエピソードであり、読まなくても何も問題がありません、作者は発作的にこの話を思いついたと供述しており。後悔も反省もしていないとの事です。
前後編で多分いいお話をこの投稿後、即座に書き始めるんじゃないかと思います。
振り下ろされる刃、普段は日傘に仕込まれている特殊合金製の剣。
鍛冶師ギルドでお金に糸目をつけずに作った折れず曲がらずの一品、しかし……。
――ギィギギギャリッ!!
火花を散らして切っ先が震える。
鋭く研ぎ澄まされた剣先とマリアベル天性の剣技、さらに鍛え抜かれた肉体が加速する刺突が……ホンの僅か、皮膚に食い込みすらせず拮抗していた。
「ぐぅぅ……あああああ!!」
普段は鈴の鳴るような甲高い声を荒げ、震わせ、マリアベルは右腕を突き出す。
「あああああああああっ!!」
喉が裂けんばかりに咆哮して初めて剣先が安定した。
「あまいのであっる!!」
対する白タキシードの偉丈夫は気合一発、額に食い込まんとするマリア別の一撃を真正面から弾き飛ばす! たった一歩踏み込んだだけで大気が震え、ウザインデス家の中庭の木が木の葉を散らした。
「お兄様! お覚悟!!」
「嫌なのであっる!!」
しびれが残る右腕を無視して、マリアベルは左手に剣を持ち替える。細かい剣筋など兄であるフレアベルには必要がない。通りさえすれば己の一撃は確実に棺桶送りにできるのだ。
ここで止める理由はない、むしろ止めてはいけない! 元々執着が薄いマリアベルが本気を出すことなど数年に一回あるかどうか。
前回本気を出したのは……ついこの間だったが。その前は……洞爺だった。
…………ええと、その前が2年前! ひょろっとしたぼさぼさ頭の青年と見たことのない動きにくそうな服装の青い髪の女性の時。いきなり凍らされてしまったのでついつい楽しくなって本気を出してしまった。
「なぜ……本気を出さぬのであるか!!」
「何を言っておりますの! マリアベルは本気ですのよ!!」
「ならばなぜ……筋肉を震わせぬのだ!! お前の筋肉は泣いているのである!!」
「戯言を!! ただただ震わせるだけのお兄様と違うのです!!」
そう、ウザインデス家の当主は代々『マッチョ』である……一人として例外はなく成人が近づくにつれ己が肉体を……いや、肉体そのものが筋肉を欲する。その脈々と受け継がれたウザい精神はただただひたすらに筋繊維の断裂と再生を繰り返し、数年かけて人間の領域を超えていく。
ノルトの民ですら、体格差を覆され……魔法の一撃すらも表皮で食い止め。その鍛え上げられた腕力は素手で鋼鉄を割いていった。
その最強の武器を誇りとし、ウザくある事をモットーとしているのに!
マリアベルはその小さな体躯を維持したまま……かれこれ二日間、兄と戦い続けていた。
「日和ったのであるか……我が弟よ」
「こういう時は……あの子ならこう言うのでしょうね。その口から出していいのは血反吐と悲鳴だけだぜ、と」
「愚かな……恍惚とした元気な掛け声。ほとばしるオイルと汗の光沢、万民を奮い立たせる笑み。それこそがウザインデスの家訓にある『キレッキレであれ!!』である!!」
「お兄様、それは家訓の下に書いてある私のいたずら書きですわ」
「なんと……やはりお前の筋肉は闘争を求めているのであっる!!」
「その筋肉が……人を救うのだと信じていた時もありました」
神妙なマリアベルの表情、その見たことのない顔をフレアベルは捨て置けなかった。
だからこそ、向き合うために真摯に笑顔を浮かべたのだ……胸筋をピコピコさせながら。
「救えるのであっる! 民は筋肉と笑顔を受け入れてくれてるのであっる」
「いいえ、お兄様。私は気づいてしまいましたの」
「何にであるか?」
「ぎりぎりまで隠して、ここぞという時に『魅せて』こその筋肉!! 普段からひけらかす筋肉はひたすらにクドく!! ほとばしる汗と性癖は最終兵器! 笑顔は絶望への最終案内に! そうしてこその……ウザさではありません事?」
「………………」
フレアベルが絶句する。弟の成長にではない、最近感じていた焦燥感の根源に触れた気がしたから……。
「一理……あるのであっる」
なぜか城下を歩いていても子供に石を投げられなくなった……
「あの頃は良かった」
冒険者ギルドに来るだけで悲鳴が上がり、探索者ギルドに試験官として出向けば海が割れる様に人の波が綺麗に避ける。
「妻が来た日、一言もしゃべらず失神した義理のお父様、お母様が今では吾輩を囲み普通に談笑しているのであっる」
それは……良いんじゃなかろうか?
「統括ギルドの書記官の蔑む視線が……最近何の感情もない気がするのであっる」
それどころじゃねぇんだもん、ウザインデス家の家系からまさかの書記官が生まれていた事実に現役世代、死ぬ気で仕事してるんですよ。マリアベルの同期、とか言われたくないから。
「そうでしょうお兄様。今や時代は一見マトモで実は……と言うのがウザさの最先端ですのよ」
「だから……家訓を破ってまでの書記官試験だったのであるか」
「そんなわけある訳ないじゃありませんの」
「……え?」
「後輩のウザさと言うものがある事を知ったのです。ですが、貴族である限り職務につかねば後輩にはなれません」
「……すまぬ、ちょっと話を理解できない箇所が多いのであっる。もう一回言ってくれないであるか?」
手に職をつけ、一見まじめに働いてからのギャップに目を付けた慧眼ある弟に戦慄する……はずだったのだけど。なんか違う事をマリアベルは言い始めた。
後輩のウザさってなんだ?
さしものフレアベルも弟の思考についていけなくなりこめかみに指を当て、真剣に悩み始める。
最近のマリアベルは非常に活動的なのだ。先日急に書記官の試験を受けに言ったかと思えば今まで断り続けてきた探索者の戦闘試験官を引き受けたり……。
そういうこともあるか、では済まされないほどにアクティブになった。
「お兄様はそのままでいいという事ですわ。私は私のウザイ道を極めていきますので」
「そ、そうであるか。まあどうでもいいのである」
「所詮ざぁこざぁこなお兄様ごときに理解できるとは思っておりませんの」
「……吾輩がうぜぇ、と感じるのであるから相当であるな。あの金髪のお嬢さんが引き金であるのか……それとも鬼神のごとき老剣士か」
「はああ……キズナ、貴女にいつか飛び切りの……最上級のウザさを届けるために。このマリアベル、今は気が狂いそうになる常識を貫いてあなたと共にありますのよ……」
……いろいろ言いたい事があるがとりあえずキズナに惚れたらしい。
いやな惚れられ方だなぁ……とフレアベルですら視線をそらしてしまう。もちろんキズナの身を案じての事。今のまともな関係はマリアベルが必死で普通を演じているという事実に彼女が耐えられるのだろうかと。
「当家の業は深いのである……ところで、急に訓練を申し込んできた理由はなんであるか? 吾輩にも一応当主としての仕事があるのであるが」
「え? 何を言っておりますのお兄様。先日キズナを泣かせたことを思い出してちょっとあの世へ送ろうと思い立ったのですわ! そうでなければこのマリアベル、お兄様と積極的に関わろうなんて思いません事よ? うふふ、変なお兄様ですわね」
思い出し殺意らしい、これから幾度となく弟に処刑される未来はさすがにフレアベルも嫌だ。
「ものすごくいい笑顔でものすごくひどい事を言っておる自覚はある……のであろうな。そうでなければウザくない……のである」
「さすがはお兄様、このマリアベルの事。よくわかっておられますのね!」
「まあいいのである。吾輩これから北へ行くのである」
「北へ? 遠泳でもして行方不明になればいいのに」
「マリアベル、実は吾輩の事嫌いなのであるか?」
「いえ、キズナの一件を抜かせば敬愛しておりますのよ?」
「……」
確かに、突発的な……と言うか発作的な物なのだろう。落ち着いてさえいれば先ほどのような渾身の一撃は何だったのかと穏やかな表情のマリアベル。反対に弟が制御不能になってしまっている兄、フレアベルは本当に一度徹底的に話し合わねばと項垂れた。
「ああ、明日はどんな悪態をついてくれるのかしら。あの蔑みとぶっきらぼうな言葉を投げつけられたらと思うと今から滾り……こほん。大丈夫マリアベル、まだ耐えられる、耐えられる。今迸ったらすべてがご破算、すべてが無為、すべてが……」
「マリアベル、兄は所用を思い出したので城へ行く」
「あら? そうですの? 一生帰ってこなくてもよいですわよ」
「……とりあえずお茶でも持ってこさせるのである」
「お兄様っ!!」
「何であるか?」
「対魔物用睡眠薬特盛でっ!!」
そんなスープの薬味をいっぱいにして! みたいなノリで親指を立てながら睡眠薬を兄に頼む弟。
意外と当家は吾輩の代で終わりであるか。と嘆くフレアベル。ウェイランドで最も恐れられる変態も弟の前ではかすむのだろうか? いや、我らがフレアベルはここで終わらない。
「……あの老人が言っていた爪の垢を朝食に混ぜたせいかウザさが半端ないのであっる……なんでもじっけ……試してみるものであるな」
いや、実際に入れる物じゃねぇよ? 現在北の大地へ妻を迎えに行く途中の老人ならば呆れるような発言。そして、それを聞いた……おそらく食べちゃった人の動きが止まった。
油の切れた稼働人形の様に首をぎしぎしと音が鳴りそうな速度で回す。つい先ほどまで元気いっぱいだった中性的な美貌が形容しがたい表情でくるくると変わり、顔色も虹の様に(比喩です)色とりどりに……
「うっぷ」
あ、すみません。本作品初の『きれいな景色とさわやかなテロップ、良い感じのクラシック音楽が流れる映像』必要になります!! 事故りません!! 放送事故なんて起こしてませぇぇん!!
きっと弥生なら……うまくごまかしてくれると信じて。
「お兄……様……お覚悟……を」
「受けて立つのであっる!!」
なお、マリアベルは手を変え品を変え……ギルド祭当日まで。その身を犠牲にしてフレアベルのギルド祭参加を阻止したのであった。
後でキズナと弥生がとても優しかった。




