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8「戦火の渦中へ」

 双子のどちらがヨウでどちらがリョクかは、髪型で見分けることになった。服を作り出したように、ドラゴンの不思議な力で名前にちなんだ木葉の髪飾りを生成し、前髪を分けたのがヨウ。

 同じように木葉がデザインされた紐で小さなお下げ風に縛ったのがリョクだ。髪型を戻したら相変わらず見分けはつかなくなるが、簡単にできて現状で打てる手では最善の選択をしたつもりだ。


 たかが髪飾りにキャッキャとはしゃぐ子どもたちを後ろから眺めながら、アマトは隣を歩くドラゴンの少女、チトセにうんざりとした様子で問いかける。


「おい、本当に方角合ってんだろうな?」

「我を誰と心得るか。記憶は確かだ」


 心外だと突っぱねるようにチトセは言うが、アマトがうんざりとしてしまうのも致し方ないと言えよう。


 なにせ──


「じゃああとどんくらいで着くんだよ」

「もうすぐだ」

「三日もその返事だから不安になってんですけど?!」


 いい加減にしてくれと、聞き飽きた彼女の返答に噛みつく。


 ──目的地を定め、歩き始めてからすでに早三日が経過していた。


 だというのに目的地が見えてくるどころか、だだっ広い草原の景色が変わることもなく、まるで地平の果てまで草色で埋め尽くされた砂漠に迷い込んだかのようだ。

 水も食料もなく、このままでは遠からず餓死して干からびてしまう。


 地の果てと空の果てとの境目がわからなくなってきそうだ。


 幸いなのは三日も飲まず食わずだが、不思議と空腹感はあってもまだ辛くないのが救いか。早いところ目的地へと向かい、腹を満たしてボロボロになった服を新調しなければならない。


 いつまでも双子ドラゴンに(じゃ)れつかれたときのままではこの先、出会う人に変な目で見られてしまう。


 色々と心許ない現状からさっさと脱出しなければ、打倒バドラギ王国など夢のまた夢だ。


 どこか焦っているアマトに、チトセは諭すように言う。


「急ぐ気持ちはわかるが、急いては事を仕損じると言う。男児ならばもっとおおらかに、どっしりと構えい」

「そいつはわるぅござんした。俺は人間だから、ドラゴンほど心も図体もデカくないんだよ」

「なにを申すか! 確かにドラゴンの姿であれば大きいのは認めるところであるが、この可憐な姿に対して使う言葉ではあるまい! それに幼子の時分ではアレ(ドラゴン)でも『ちっちゃなチーちゃん』でご近所では通っていたのだ!」


 ドラゴン状態のチトセが『ちっちゃなチーちゃん』ならば他のドラゴンの大きさやいかに。なるほど確かにそれほどの巨体であるならば、現在に至るまで人類に恐れられる存在であるのも納得だ。


 その具体的な大きさはあまり想像はしたくないが。


「ドラゴンのご近所事情なんぞ知るかよ! ──って待てよ?」


 特段聞きたくもない情報を得て突っ込んだアマトは自分の発言に引っかかりを覚え、途中で言葉を切る。

 次いで頭を抱え、呻き出した。


「うあああ、なんでこんな簡単なことすぐ思いつかなかったんだ! 馬鹿か俺は?!」

「なんだどうした、申してみよ」


 アマトの唐突な言動にチトセは目が点になりかけるが、彼は何かを思いついたらしい。


 興味が湧いたので聞いてみると、彼はチトセのことをピシャリと指差す。その勢いに彼女は若干首を引っ込めた。


「お前ドラゴンじゃん?」

「うむ、ドラゴンだ」


 なにを今更、と思いつつ頷くと、今度は空を指差した。


「空飛べるよな?」

「うむ、飛べるな」


 チトセは有翼種のドラゴンである。アマトが初めて目撃したときにしかとその大きな翼を確認していた。

 ここまでくれば、なにが言いたいかは明白であった。


「じゃあ飛べばいいじゃん!」


 と、いうことだ。

 彼の考えは確かに、的を射ている。


 人間の姿からドラゴンの姿に戻り、大きな翼をはためかせて大空を飛び回って北東にあるという町へ向かえばあっという間に到着するではないか。


 三日間も汗水垂らして歩き続けていたのが馬鹿みたいに思えてきたアマトであったが、


「うむ……しかしなぁ」


 会心に思えたこの案も、なぜかチトセは難色を示した。歯に物が詰まったように渋い表情を浮かべる。


「なんだよ、できないってのか? もしかして空飛ぶの苦手とかか? ドラゴンのくせに?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべてチトセを挑発をすると、わかりやすく乗ってきてムッと頬を膨らませた。ドラゴンの硬い鱗に覆われていたら決して出来なかった表情であろう。


「ふん、我をあまり見縊(みくび)るでないわ。これでも全盛期は大空を飛び回り、ぶいぶい言わせたものだ」

「ぶいぶいて」


 誇らしげに胸を張る彼女であったが、すぐにその表情は陰る。


「しかし子守やらでずっと森で丸まっていたからな、正直に申すと、上手く飛べる自信がない」

「本当に正直だなおい」


 少し煽ってやればそのまま乗ってくると思っていたが、裏のない告白に毒気が抜かれてしまった。


 人間ですら子育てには苦労が強いられる。スケールの違うドラゴンならば、その苦労は人間の比ではない。主に食料の調達には難儀することであろう。大食らいの子どもドラゴンが双子で、つまり二匹もいるのだから。


 偶然にも助かったが、アマトはその糧になりかけたのでトラウマものだ。


「……ちなみにどれくらい丸まってたんだ?」


 単なる興味本位で聞いてみた質問だったが、


「さあな。確か何十年だったか──」

「ああもういい。ドラゴンの感覚で言われても頭が追いつかん」


 手と頭を振ってチトセの言葉を遮った。

 人間とドラゴンの時間の感覚の差異は著しく、だからこそ三日間の移動に文句を垂れるアマトと余裕のチトセという図ができあがっていた。


「で? 結局飛べんの? 飛べないの?」

「飛べるに決まっておろうがたわけ! 我を見縊(みくび)るなと──」

「ママー、あっちなんかへんだよー」

「む?」

「パパー、おそらにくろいせんがあるー」

「え?」


 双子が揃ってなにもない地平の彼方を指差し緑色の無垢な瞳を二人に向ける。


 指差された方角は進行方向の遥か先だが、いくら目を凝らそうともアマトには黒い線とやらも確認することはできなかった。


 だがチトセは目をしっかりと凝らすと「ふむ……」と小さく呟いた。


「……確かに見えるな。どうやら例の町が近いようだ」


 流石はドラゴンと言うべきか。人間の視力では捉えられない地平の先まで見ることができるほど目が良いらしい。


「ふぃ〜……やっとか」


 ようやく目的の町とやらが近いことを知り、ホッとしたのも束の間。そんなことよりも重要なヒントを言っていたことを思い出し顔を跳ね上げた。


「ってか『黒い線』ってなんだ?!」

「煙のようだな」


 町のある方向に黒い煙が立ち昇っている。

 よくない想像が脳裏を巡り、チラつくのは真っ黒に焦げて跡形もなくなった故郷の村の姿。


 あのときは十年という歳月が流れていたので悲惨な光景を現在進行形で見ることはなかったからショックもそこまで大きなものではなかった。


 だがいま手の届く範囲で同じ悲劇が繰り返されようとしている。これを見過ごすことはできなかった。


「早く行くぞ! 襲われてるのかもしれない!」


 アマトは自慢の脚力を全開に回して疾駆する。景色を切り裂く風の如き速さに、みるみるうちに距離も縮まり彼も黒い線とやらを目視する。波打つように天へと立ち昇る黒き道は確かに煙のそれであった。


 人間離れした脚力を発揮しているとは露知らず、ぐんぐん離れていく彼の背中を見つめながらチトセは呟く。


「やはりドラゴンの血とは、これほどの影響を人間に与えるのだな」


 どこか寂しげに感じられるその言葉は早々に飲み込み、チトセもアマトを追いかけるように駆け出した。


「我らも行くぞ! パパとママと追いかけっこだ!」

「パパまてー!」

「ママまてー!」


 子どもたちは無邪気に、楽しそうに、笑顔で走り出す。


 その先には、戦場が待ち構えていた。




   ***




(おんな)子どもを優先的に避難させろ! 動ける男は消火急げ! 衛兵は迎撃に当たれ! 市民に手を出させるな!」

「「「おう!」」」


 鉄製の鎧を着た老人が、老いを感じさせぬ力強さで指示を出す。その指示に従い、町の男たちと部下が迅速に動き出す。


 屈強な男たちが井戸からバケツをリレーして燃え盛る家々に水をぶちまけ、(おんな)子どもを安全な場所へと誘導し、軽鎧の衛兵が身の丈以上もある槍を構えて陣列を組むと、市民を守るために壁を作る。


 穂先には全高が(﹅﹅﹅)人間の二倍ほどの体躯をもった巨大な熊が群れを成して町を襲撃していた。


 この熊は〝グリズギル〟と呼ばれる凶暴な熊で、岩を砕き人をも喰らうことで有名だ。

 普通の熊は群れないがグリズギルは例外で、ひと回り大きい一匹のリーダー格を中心に数十匹単位で群れを形成し、集団で襲いかかる。

 世界各国で被害報告が絶えないので、討伐対象となっている危険な種である。


 壁のように迫りくるグリズギルに矛先を突き立てるもまるで痛みを感じていないのか、意に介さず強引に歩みを進め、衛兵に爪と豪腕を振るう。


「ぐあぁ?!」


 薄い金属の鎧は軽くひしゃげ、ボキベキ、と生々しい音が響く。

 成人男性がまるで枯れ葉のように宙を舞い、地面に叩きつけられた。防御面において彼らの装備はろくな効果も期待できない。


 それでも衛兵たちは果敢に立ち向かう。


「密集陣形崩すなぁ! 開いた穴はすぐに埋めろ! 奴らをこれ以上抜けさせてはならん! 負傷者は下がって医療班に!」


 老人の指揮に従い、素早く負傷者を引きずるように後ろへと下げさせ、周囲の者が隙間を埋める。


 どうにかこうにか守りを固め、グリズギルの侵入を妨げてはいるものの、時間の問題であった。すでに侵入している個体も複数いる。そちらも早急に手を打たねばならない。


 そうこうしている間にもグリズギルはその巨体を持ち上げ、猛威を振るわんと太い腕を振りかざす。


「くっ、手が足りん!」


 徐々に焦りが募っていく老人。


 ──その時であった。


「だあああああっらぁ!」


 誰かの威勢の良いかけ声と共に、突如としてグリズギルの一匹が真横へ吹き飛び、数匹が巻き添えを喰らって地面に転がる瞬間を垣間見た。


 そこには、燃えるような赤髪の少年が背を向けるようにして立ちはだかっていた。


「手を貸すぜ! ここは任せな!」


 老人の目にはただの少年に見えた。だが確かに見た。

 立ち上がったグリズギルの側頭部を後ろから蹴りつけ、軽々と吹き飛ばした瞬間を。


 どこの誰かはわからないが、手を貸してくれるという。あの巨体を蹴り飛ばすほどの実力の持ち主が、だ。


 老人の判断は早かった。


「わかった、協力感謝する! 一班から三班は現状維持! 残りは町の連中と協力して事に当たれ!」

「「「おう!」」」


 迅速に、適格に指示を飛ばし、気合のこもった鼓舞が燃え盛る町中にこだました。

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