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7「双子の名」

 かつてそこには村があった。


 畜産業が盛んなそこは様々な家畜と共に100人ほどの人口でお互いに手を貸し合い、協力しながら充実した日々を送っていた。不便を感じることはあれど不足や不自由はなく、笑顔で楽しい毎日を過ごしていた。

 だがいつまでも続くと誰もが疑わなかったそんな日常も、唐突に終わりを迎える。


 バドラギ王国の襲撃によって。


 村は跡形もなく焼失し、村人も家畜もその姿を消した。


 ──それから十年。


 人っ子一人いなくなり、しんと静まり返ったその村の土を踏む生き残りがいた。


 乱雑に切られた刺々しい赤髪に、鍛えられ引き締まった長身の少年──彼の名はアマト。

 故郷を滅ぼしたバトラギ王国に復讐を誓い、魔王となっても構わないと決意を固めた少年だ。


「……それにしてもなんか変だな」

「うむ、気づいておったか」


 顎に手を添え独り言をこぼした少年に、しかと頷いたのは土色の髪を腰まで伸ばした褐色肌の快活そうな美少女──彼女の名はチトセ。


 一見するとただの少女だが本性は少女にあらず。その正体は世界で三匹しか存在しないドラゴンである。現在の姿はそのドラゴンが人の姿をとったものだ。ついでに二児の母でもある。


 そんな二人は、村のとある異変に勘づいていた。


「ああ。誰もいなさすぎる(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)


 村を離れてから十年。その間のどのタイミングで村が襲われたのかは知れないが、それにしてはなにも残っていないのだ。


 具体的には、死体が。


 人間の死体はおろか、家畜の死骸も見当たらないのは少しばかり不可思議な光景に思えた。土に還ったとしても、十年程度ならば白骨くらいは残っていよう。

 仮に逃げたとしても、パニック状態になった動物ならばなにかしら痕跡を残してもおかしくはない。例えば方々に散るように足跡が残されている、とかだ。


 それらが影も形も無いのだから、こう考えるしかない。


「てことは、連れ去られた……?」

「かもしれん。あるいは跡形も残らんようにやられたか。我の鼻も血の匂いをあまり感じぬ」


 人間より強いドラゴンの鼻を持ってしても、感じる血の匂いはほんの僅か。それも村の中に限定されており、手負いになって村の外へ逃げていったという可能性は低い。時間と共に消えてしまった、という可能性も否定はできないが。


 消されたのでなければ、抵抗はしたがバドラギ王国の圧倒的な戦力を前に早々に白旗を上げた、といったところだろう。この判断をしたのは八代目村長に違いないが、村人の安全を考えれば当然の判断と言える。


 ファウストリ村からこれ以上南下してもひたすらに森が広がっているだけなので最北端にあるバドラギ王国か、あるいはその途中にあるどこかへ連行されたと見るべき。

 ならば、まだ希望は残されている。希望が残されているのならば、まずはそれを確かめなければならない。


 いずれにせよ時間が経ち過ぎているため確かなことは言えない。どこでもいいから近くにある人の集まる場所へ赴き、情報を集めるのが得策。


 聞き込みをするなら大きな街が望ましいので、ひとまず大陸中央にあるセターン王国を目指しつつ、道中にある近場の町などに立ち寄りながら北上していくのが理想か。


「みんなはまだどこかで生きてるかもしれない。ならさっさと移動しよう。ここから一番近いところだと──」

「確か北東の方角に町があったはず。そこはどうだ?」

「よし、まずはそこを目指す」


 チトセの提案に乗ったアマトたち四人(に見える一人と三匹)は北東にあるという町を目指し、復讐への第一歩を踏み出したのであった。




   ***




 ひたすらにどこまでも続く草原を歩く大きさの異なる人影が四つ。北東にあるという町を目指し、空腹を堪えながらも足取りは案外軽いものであった。


 その理由は、双子のドラゴンにある。


「そっちにいったよー!」

「まてまてー!」


 二つの小さな人影は黄色い蝶々を追いかけて無邪気に走り回り、大きな人影はそんな二人を見守るように後方からついていく。


 この子ども特有の明るさが、先行き不安な復讐の道を明るく照らしてくれるかのようだった。

 目的地までの進行方向からは逸れないように蝶々を誘導しながら追いかけているのだから、本当に賢い子どもたちである。


 そこでアマトはふと疑問に思った。


「なあ」

「チトセと呼ばんか。どうした」

「子どもの名前はなんて言うんだ?」


 思い返せば彼女は自分の子を名前で呼んだところを見ていない。何度も呼びかけるタイミングはあったが、「子らよ」と曖昧な言い方しかしていなかった。


 アマトの問い掛けに対し、チトセは首を左右に振った。


「知らぬ」

「はあ? 親なのに自分の子どもの名前もわからないってか?」

「それを言うならお主もだがな」

「俺は親じゃねぇ。十年も時間があって名前を付けてないって言うのか? お前それでも本当に親か?」


 人格を疑うように眉根を潜めて気持ち距離を取るアマト。チトセはそうとは知らずに自信満々に胸を張る。


「無論。特別に夫であるお主に少し教えてやろう。ドラゴンは人間と違い、己の名は己で付けるものなのだ!」

「……さいで」


 どおりで名乗ったときに意気揚々としていたわけだ、とアマトは納得した。

 自分で考えた名前なのだから、誇りを持っていて当然だ。ドラゴンの気高さは自分に名前を付けるところから始まるのかもしれない。


「じゃああの二人が自分で名前を考えるまで名前はないってことか……」


 これから長い旅路を共にするので名がないのは不便だが、そこは人間とドラゴンの文化の違いなのだろう。人間の文化をドラゴンに強要するつもりはないので、しばしこの不便と付き合っていくことになるだろう。


 と思っていたら、チトセがなにか思いついたように手を打った。


「そうだ、アマトよ。お主が名を付けてやるというのはどうだ?」

「はああ?」


 今さっき『己の名は己で付けるものなのだ!』と豪語した次の瞬間にはクルリと手の平を返す身軽さに、思わず顎が外れそうになる。


 ドラゴンとはもっと気高き生き物ではなかったか? 八代目村長には紙芝居で確かにそのように教わったのだが、本物はいい加減もいい加減だった。


「お前、さっきと言ってることがまるで違うんだが」

「たまには人間のやり方に(なら)ってみるのも面白かろうと思ってな?」

「お前が面白がってどうすんだよ。決めるのは二人だろ」

「無論、どうするかは子らに決めさせる」


 人間の子どもの姿をしているとはいえ、二人も立派なドラゴンである。なのでドラゴンの文化に(のっと)るのが筋であるが、どうやらチトセの〝気まぐれ〟が発動したようだ。


 彼女は「それに」と言葉を続ける。


「母である我はドラゴンだが、父であるお主は人間だ。ならば人間のやり方で名を決めるのも別段おかしな話でもあるまい」

「俺が親父であることがすでにおかしな話なんだが」

「まあそう言うでない。そのように器が小さくては良き手本になれぬぞ?」

「手本っつってもだいたい俺は──」

「おーい子らよ! ちと話があるから近う寄れ」

「「はーい!」」


 アマトの言葉を遮るように声を上げて手を振ると、双子は無邪気な様子で素直に駆け寄ってくる。

 このように微笑ましい光景も、化けの皮を剥がせばドラゴンなのだから、まこと世界とは不思議に満ちているものである。


「二人とも、名は決まったか?」

「「まだー」」


 首を振り、素直に答える双子の頭に笑顔で手を乗せる。


「焦らずとも良い、じっくりと考えよ。その上で一つ提案があるのだが、パパに名を決めてもらうというのはどうだ?」

「パパに?」

「パパがなまえをくれるの?」

「うむ、そういうことだ」

「おい、俺は考えるとは一言も──」

「ほしい! パパがかんがえたなまえー!」

「わたしもわたしもー!」


 脚に纏わりつかれ、子どもとは思えない力で「ちょうだいちょうだいー!」とおねだりをしてくる。

 名前よりも先に加減というものを覚えてもらった方がいいかもしれない。危うく千切れてダルマになるところだ。


 チトセは思い通り、とでも言いたげにニヤリと口角を上げて笑う。


「だそうだアマト、考えてやれ」

「俺の意思も少しは尊重してもらえませんかね?!」


 あの親あればこの子あり。全く聞いてもらえないままにどんどん話が進んでいき、結局名前を考えることになってしまった。


 見た目が人間なのも手伝って、どうにも断り切れなかった。これがただのドラゴンであったならば、もっと頑なになれただろうに。アマトは子どもが嫌いではなかったのである。


「えーっと……」


 アマトは双子をまじまじと観察する。


 双子なだけあって見た目は瓜二つだ。緑色の大きな双眸に天真爛漫(てんしんらんまん)で無垢な表情。赤茶けた髪は肩で切りそろえられていて、肌も健康的な小麦色。

 チトセの子どもなだけあって受け継いでいる特徴も多く、明確に違う点があるとすれば瞳の色くらいか。


 ならば、と考えを巡らせる。

 しばしの思案の後、小さく頷く。


「ヨウとリョク、ってのはどうだ?」

「よう?」

「りょく?」


 揃って小首を傾げる双子に、腰を落として視線の高さを合わせる。


「ああ。お前らの瞳の色から考えた。ヨウには『木葉』って意味があって、リョクはそのまま『緑色』って意味だ」


 アマトは二本指を立てて説明し、指同士をくっ付けた。


「そして、二つ合わさることによって『天高く舞い上がる』って意味になる。……どうだ?」


 とっさに考えたにしては悪くないと思うアマトであるが、それは人間の感性だ。ドラゴンの子どもにはこの響きがどのように聞こえるかが問題である。


 肝心の双子はお互いの瞳を覗き込むように見つめ合っている。正直これ以上のものは考えられそうにないので気に入ってくれると助かる、とアマトは心の中で念じた。


 その念が届いたのか、双子の表情がパッと華やぐ。


「ヨウー!」

「リョクー!」


 同時に指を差し合ってお互いの名前を呼ぶ。どちらがどちらの名を名乗るかで一悶着あるのではないかと懸念していたが、杞憂に終わってなにより。

 名前を与えられてよほど嬉しかったのか、手を取り合って飛び跳ねるように元気にはしゃいでいる。


 ホッと息をつくアマトに、チトセが意外そうに言う。


「人間にしては良い名を付けたな」

「そりゃどーも、ドラゴン様に褒められて光栄だよ」


 皮肉混じりにやれやれと肩を竦める。

 これで不便が一つ解消されたわけだが、問題がまだ残されていた。


「で、どっちがどっちだっけ……???」


 一難去ってまた一難。


 ククク、と堪えるように笑うチトセの横で、頭を悩ませるアマトであった。

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