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6「復讐の狼煙」

 降り(しき)る雨の中、滴る雫に流されて彼の心の中は空っぽになった。空いた器に満たされ渦巻く激情は、憎悪か、憤怒か。

 生まれ育った故郷の滅びた姿の如く、彼の心はひどく荒んでいく。


 嵐のように荒れ狂う感情の矛先がどこへ向けられるかなど、考えるまでもない。

 御丁寧にもこの惨状を引き起こした犯人の足跡はしっかりと残されているのだから。


「バドラギ王国……! 敵討ちだ、一泡吹かせてやる……!」


 視線の先には竜の爪と牙が意匠された国旗が初代村長の石像を砕いて地面に突き刺さっている。


 怨嗟(えんさ)の感情に歯を噛みしめ、静かに、しかし力強く心に誓う。


 唐突にやってきた滅びに気持ちの整理をつけるため、アマトは決意を固めた。

 例えこの身が滅びようとも、道連れにしてでもバドラギ王国に一矢報いると。


 彼の言葉に、チトセはピクリと反応を示す。わなわなと震えだし、瞳孔を細めている。


「バドラギ……? アマトよ、今そう申したか?!」


 慌てて駆け寄り万力のような力で肩を掴み激しく揺さぶる。


 見た目は美少女の姿でもやはりその中身は化け物なんだと思わせられる勢いがあった。下手をしたら肩と首の骨がポッキリと折れているところだ。ドラゴンの血が混ざっていなかったらグシャグシャにされていただろう。


 無理やり現実に引き戻されたアマトは、腕を掴んで止めさせて落ち着かせる。


「そ、そうだよ。割と最近……つってももう十年経ってるらしいけどな、新しい国の名前だ」


 死にかけて目覚めたら十年も経過していたなど笑えない冗談だが、焼失し、朽ちた村の様子を見ればそれが間違いでないことは察することができた。


 バドラギ王国については、いかんせん遠い国な上に田舎村では縁のない話だと、あまり情報を耳にする機会はなかった。

 そんなことよりも日々の生活の方が大切であり、楽しかったからでもある。


 アマトの中での最新の情報は、王がとにかく若く、たった一代で国を築いてしまうほどの才覚に恵まれた人間だということ。悪い噂は言うに及ばず、非常に有能であると伝え聞いている。


 十年の歳月が流れてなにかしら変化はあっただろうが、元がどのようだったのかよく知らないので変化のほどはわからない。少なくともわざわざ辺境の地まで遠征してきて村一つ滅すくらいには、過激な思想とそれを実現できる実力が備わっていると見ていい。


 ここだけにとどまらず、他の町や村もきっとバドラギ王国の歯牙にかけられているだろう。なんの目的があってか不明だが、このような所業は早々に止めねばならぬ。


「アマトよ」


 チトセは掴まれた腕を掴み返して、彼の手の平を柔らかく包み込む。その手は雨に打たれていても、燃えるように暖かかった。

 小さな火であっても、合わさることによって大きな炎となり、復讐に渦巻く暴風に炎を投じれば瞬く間に膨れ上がり、地獄の業火となる。


「……やはり我とお主が出会ったのは運命なのかもしれん」

「は? 急になんだ? どういうことだよ」


 意味を問い質すと、チトセは沈鬱な表情を浮かべた。


「バドラギは……我の仇なのだ……!」

「……仇ってことは」


 チトセの握る手に力がこもる。


 先ほどから言われた通り静かにしている賢い双子のドラゴンを見やる。人間の子どもの姿であどけなく首を傾げているが、この子らは本当の父親を知らない。

 そして母親が『仇』と言うからには、バドラギは父親ドラゴンを殺めた張本人ということだろう。


 アマトとチトセは、同じ人物に大切なものを奪われたのだ。

 種族は違えど、ここに志を同じくするもの同士が揃ったことになる。


 手を離したチトセは鋭い八重歯を覗かせてニッと凶悪に笑う。


「我はこの時を待っていた。奴を討つ時をな。味方は多いに越したことはない。共に行こうぞアマト! 依存はあるか?」

「……ない!」


 拳を手の平に打ち付けて気合を込める。


 ウジウジしているのは自分らしくない。どこまでも真っ直ぐに突っ走るのが取り柄だと村のみんなが言ってくれた。いつまでも濡れた地面に立ち止まっていては腐ってしまうばかり。


 下を見るな。前を向け。天を仰げ。大空は行手を示してくれる。それでこそ天人(アマト)であると存在を示せ。


 分厚かった雲が裂け、天からの光が地上に差し込む。それは人間とドラゴンの先行きを照らしてくれる希望の光となるのだろうか。

 チトセの濡れた土色の髪に光が反射して煌き、大きな青色の瞳は覚悟の色を揺らめかせている。


 チトセは腰に手を当て力強く頷いた。


「良い返事だ! 少しでも渋っておったら〝竜言(りゅうごん)〟を使っておったところだわ!」


 アマトの体に混じったドラゴンの血に働きかけ、強制的に言うことを聞かせる悪趣味な能力である〝竜言〟。例え断っても結果は同じだったわけだが、アマトは不敵に笑う。


「そんなもんは必要ない! 俺は俺の意思でバドラギ王国に復讐する! お前はついてくるなら勝手についてくればいい」

「ハッ! 若造が言いよるわ」


 言葉では怒っていても、その表情は満足げに笑っていた。


 意気投合し二人は簡単そうに言うがその実、問題は山積みだ。

 チトセの本当の夫は、当然ドラゴンだろう。そしてそれを打ち倒したということは、バドラギは【竜殺し(ドラゴンスレイヤー)】を達成した偉人でもある。

 そんな相手に立ち向かうなんて分の悪い賭けだが、賭けずして勝利できるほど生易しい相手ではないだろう。


 アマトは実際に本物のドラゴンを目の当たりにしたからわかる。普通の人間が立ち向かってどうにかなるような存在ではないことを。どうすればあんな化け物を殺すことができるのか見当もつかない。


 そんなドラゴンを殺した人間は、人々から〝勇者〟と称えられ、英雄としてその名は後世に語り継がれる。八代目村長が紙芝居で教えてくれた通りなら魔法とやらを使って倒したはずだが、そんな神様みたいな力は眉唾だった。


 もし本当だったとして。英雄の肩書を約束されている偉大なる勇者を、二人は手にかけようとしているのだ。

 そして──勇者を倒しうる存在など、世界広しと言えどもただ一つ。


「俺に魔王(﹅﹅)になれってか……! やってやるよ、上等だぁ!」


 遥か北の大地を睨みながら、人としての道を踏み外した少年は、いったいどこへ向かうのだろうか。






 ──ここから、少年とドラゴンの、魔王になるための長い旅が始まる。




      第1章【魔王の卵】──完。

 これにてプロローグ的な第1章は終わりになります。村人を皆殺しにせず「消えた」としたのは自分の甘さですかねぇ……。


 ここまで毎日投稿でしたが、次回からはストックが無くなるまで「毎週」の更新になります!自分、書くの遅いので!


 この物語がお気に召しましたら、ブックマークや評価、レビューなどなどしてくれると嬉しいです!心待ちにしております!

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