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33「終わりの始まり」

 とうとうリィチが魔力を使い果たし、倒れる。


 慌ててスピルが駆け寄って介抱するが、魔力を使い切ったリィチはまともに身動きすら取れない状態で、闘技場は不気味な静寂に包まれていた。

 勝敗の行方がわからず、(みな)固唾を飲んで見守っているのだ。


 だがリィチが放った先の強烈な一撃は完全に決め手となっただろう。


 誰もが待つ。

 実況の男性の、高らかな勝利の宣言を。


 自分の仕事を忘れかけていた実況の男性は慌てて実況を再開する。


『た、ただいま確認が取れました! どうやらアマト選手は闘技場の外まで行ってしまったようです。闘技場の外に出てしまうと〝逃亡〟とみなされ失格となってしまいますので、よってこの試合──ハイバイ=リィチ・マホル=スピル選手の勝利です!!』


 ワッ! と沸き上がる会場。


 激しい戦いにとうとう終止符が打たれ、年に一度の祭典はグランドフィナーレを迎える。


「勝負にはまだ負けておらんかったが、試合には負けてしまったか……ま、致し方あるまい」


 祝福に舞い散る紙吹雪を見上げながらポツリとチトセが溢す。


 チトセの耳はすでにその足音を捉えていた。


 ……ざっ……ザッ……。


 センカンダル闘技場に穿たれた穴の奥から静かに聞こえてくる足音。


 壁の穴から身を乗り出すように現れたのは、紛れもなくアマトであった。

 打撲痕で全身もボロボロで、口の端からは吐血による赤い線が顎に向かって伸びている。確実にダメージは蓄積されていて息が荒いようだが、しかし足取りはしっかりとしたものだった。


 ドラゴンの血による治癒力で今も治り続けているが、それを大きく上回る攻撃を喰らってしまった。


「あー……くっそ……完っ全にやられたわ……」


 リィチの蹴りを受けた腹部を手で抑えながら、アマトは苦しそうに呟く。


「どうにか無事のようだな。まったく……冷や冷やさせおって」

「二重の意味で死にかけたぜ……あの言葉(﹅﹅﹅﹅)が耳に入ってきてなかったら危なかった……リィチにもある意味助けられたな」


 ──アマト! 己を見失うなよ!


 彼の体に流れるドラゴンの血に呑み込まれそうになったときにかけられた言葉だ。


 頭の中が真っ白になって、目の前は真っ赤に染まって、聞こえる音は濁っていて。


 それでも何故か、チトセの言葉だけは共鳴するかのようにしっかりと響いてきた。


 ドラゴンの血を取り込んだ人間のほとんどは死亡するとチトセは言っていた。興奮状態になって血の力が高まり、肉体と精神が破壊される寸前だったのだ。


 そのときアマトは理解した。この感覚が〝血の選別〟だと。


 危うく呑み込まれそうになったとき、リィチの一撃が彼を現実に引き戻してくれた。


「リィチには礼を言いたいところだが……」

「完全に魔力失調で気を失っておるな」


 大量の汗を流し、目に深い(くま)を刻んでぐったりとした様子のリィチだが、すでにスピルが〝接続(リンク)〟で失った魔力を供給しているので大事はないはず。


「スピル。リィチが目を覚ましたら伝えておいてくれ。『いい蹴りだった。助かった』ってな」

「助かった……? わ、わかったわ、伝えておく」


 彼女にはどうして蹴りを喰らって『助かった』のか理解できなかったが、戦っていた本人(おとこ)たちにしかわからない世界の話なのだろうと考えることを諦めた。


「一瞬意識が飛んでたっぽいんだけど、もしかして俺ら負けた?」

「負けたぞ、アマトの所為(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)でな。これが試合でなかったらまだわからんかったが、場外で逃亡とみなされたそうだ」

「マジか」


 自分(チトセ)の所為で負けたわけではないと強く主張する。もしチトセが戦いに参加していたら、優勝は間違いないものだっただろう。

 まさかそこまで考えて一騎打ちを提案したのかと勘繰るが、リィチにそこまで回る頭はないので「いやいや」と即座に首を振った。


 しかしアマトもチトセもあまり悔しそうな様子は見られず、むしろ清々(すがすが)しささえ感じられる。


 アマトからしたら大きな深傷(ふかで)を負ったもののまだ戦えたため不完全燃焼だったが、負けは負け。そこは潔く認めるとして。

 勝者にはまずかけるべき言葉がある。


 リィチを甲斐甲斐(かいがい)しく介抱するスピルへと歩み寄って。


「おめでとさん。これで孤児院も立て直せるな」

「え、ええ、ありがとう。でも良かったの? そっちだってお金が欲しかったんじゃ……」


 くくく、と小さく笑ってからチトセが腰に手を当てて胸を張る。


「なんだ、知らんのか? 準優勝にも賞金は出るらしいぞ。それがあればツケなど余裕で返済だ」


 申し訳なさそうに言うスピルに、なんの問題もないと片目を瞑ってみせるチトセ。


 実は、決勝まで来てしまえば支払いは問題ないことに気がついた二人は、修行も兼ねて正々堂々と戦い、余った賞金は孤児院に全額寄付しようという話でまとまっていたのだ。


「そ、そうだったの?!」


 二人があまり悔しそうではない真相を語られ、驚愕するスピル。


 最初から勝っても負けてもお互いに目的は果たせたのだ。


「だったら戦う必要すらなかったんじゃ……」

「それもそうだが、お主らとは一度手合わせをしてみたかったのだ。それにせっかくの決勝だ、手を抜くようなことをしては客どもが喚くであろう? 子らのことは心配だが、心配などいらないくらいに賢いことはわかっておるのでな」


 ヨウとリョクの双子は親の帰りを待ちつつ、なんだかんだで宿屋兼酒場で楽しくお手伝いしている。そのことは知らないはずだが、流石は親と言ったところか。はたまた流石はドラゴンと言うべきか。


『それでは! 早速表彰式を始めたいと──おや? どちらさまでしょうか?』


 センカンダル闘技大会を締め括ろうと元気よく声を張り上げたそのとき、実況の男性の虚を突かれたような反応が闘技場全体へ響き渡る。


 誰かが実況席へやってきたようだ。


『ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。外の者に言われませんでしたか? すぐに出ていってください』

『なら関係者だから大丈夫だね♪』

『はい? ──うわっ?!』


 少女の(にこや)かな声と椅子が倒れるような物音が魔法に乗って聞こえてくる。


「……様子がおかしくないか?」

「うむ。嫌な予感がする」


 アマトが首を傾げ、チトセが頷く。


 なんだ、どうした、と会場中から戸惑いの気配が伝播していく中、どよめく空気にそぐわぬ少女の明るい声が耳朶(じだ)をうつ。


 その声は楽しそうでありながら、どこか空虚でもあった。


『あー、あー。初めまして皆さまがた。わたしはテンレン=レンリュー。ちょっと呼びづらいから「レンレン」って呼んでね♡』

「レンレン?」

「声と喋り方でわかる。此奴(こやつ)はいけ好かない女だ」

「ウチも同意見。なんかムリかも」


 チトセとスピルの女性陣が生理的な嫌悪感を抱き、嫌そうに眉根を潜めながら頷き合う。


 実況席を見てみるが、頑丈な壁に囲われ、正面のガラスからも反射で中の様子が窺えない。


『せっかくの祭典だもの、これで終わっちゃうのは勿体無いよねぇ? だからわたしからみんなへ楽しい楽しいプレゼントがありまーす!』


 跳ねるように言うレンレンと名乗った少女。


 直後、激しい地鳴りが闘技場を揺さぶり、遠くから微かに聞こえてくる人々の悲鳴。


『なんと! この闘技場にいる動物全てを解放しました! おまけで周辺の動物もここへ呼んじゃった! テヘッ☆ これがどういう意味か、わかるかなぁ? わかるよねぇ??』


 彼女の言葉を証明するかのように、どんどんあちこちから人々の悲鳴が連鎖してくる。それは闘技場の外、センカンダルの街全域からも聞こえてくる。


「おいおい嘘だろ……!」

「信じ難いことだが、どうやら真実のようだな。アレを見よ」


 チトセが睨みつける先には、入場口の大きな扉を吹き飛ばし、津波のように押し寄せてくる闘技場の動物たちで溢れていた。


 アマトたちが戦ったザンティスや、リィチたちが戦ったトータルタートル以外にも、見たこともない多種多様な動物が一斉に押し寄せている。


「この会場にはたくさんの人が居るんだぞ?! なに考えてやがんだ?!」


 出場者たちは戦うための準備や覚悟が決まっているが、観戦客はただの一般人がほとんどだ。彼らが闘技場の動物たちに襲われてしまったらひとたまりもない。


 そして重要な問題に気づく。


「さっき外からも呼び寄せたっつったよな……?」

「プテギノドンのようなやつが街へやってくるかもしれん!」

「そんなことになったら大変だ! 早くなんとかしないと!」


 そうは言っても闘技場内は多くの人が集まっているし一番の激戦区だ。戦える者が守ってやらねばならない。


 そのとき、音も無く舞台に降り立つ四つの人影。


 全員が目深にフードを被り、素顔を見ることはできない。が、一人一人が只者ではないことだけは立ち居振る舞いからハッキリと伝わってくる。


「唐突で申し訳ない。折り入ってあなた方にお願いがあります」

「我々は〝守護四辺(しゅごしへん)〟。闘技場を護る者」

「あなた方の実力を見込んで、センカンダルの街を守るのに協力して頂きたい」

闘技場(ここ)は我らにお任せを」


 彼らは、もしものときに備えて観戦客に紛れて潜んでいた強者だ。


 チトセがザンティスの鎌を不意打ちで投げ飛ばしたときもそれぞれ防いでいたことから、かなりの実力者が揃っていることは間違いない。


 少なくとも、闘技場を護る役目を担っているのならここの動物たちに遅れを取るようなことはないだろう。


「早急にここの動物を殲滅してしまえばむしろ安全になります」

「街の動物を撃退しつつ、ここに避難するよう人々に伝えて欲しいのです」


 センカンダル闘技場は街の中央に屹立するこの街のシンボルだ。どこからでも迷うことなく避難できるし、円形に頑丈な壁で覆われている。リィチの〝四速(フォース)〟のような規格外の力が加わらない限りはまず突破されることはない。


「それは良いが、この街は広く複雑だ。人手が足りんのではないか?」


 チトセやアマトなどはつい先日初めてセンカンダルへ訪れた。土地勘の無さが危惧されるし、他の者との連携も上手く取れないだろう。


 守護四辺の四人は闘技場を守ることで手一杯。残りの戦える者が総出で街中をくまなく駆け回ったとしても、どうしても時間がかかってしまう。


「それならアレを借りるのはどう?」


 スピルが指差す先は実況席。それだけでチトセは理解した。


「なるほど、声を届ける魔法か」


 センカンダル闘技大会の実況の声は街全体にまで及んでいる。実況の男性に協力して貰えば、走り回るよりも確実に避難誘導を促すことが可能になるだろう。

 問題があるとすれば、レンレンという障害と、誰が向かうか、だが。


『そろそろ作戦会議は終わったかなぁ? 当然、実況席(ここ)に来るよねぇ? ──ア・マ・ト・きゅん♡』


 ぞわわわわ……っ!


 ねちっこく名前を呼ばれた瞬間、アマトの背中を不気味な悪寒が駆け巡った。


「どうやら彼奴(あやつ)はアマトを御所望のようだぞ」

「俺にも二人の気持ちがちょっとわかった気がしたぜ……」


 彼女には確かに、生理的に受け付けない(おぞ)ましさのようななにかがある。


 一度足を踏み入れてしまえば最後、どう足掻いても逃れることができない底無し沼のような。

 僅かに逡巡(しゅんじゅん)したが、この状況で悩んでいる時間はない。


「しょうがねぇ、お望み通り俺が行く。その代わり街の方は任せたからな!」

「うむ、任された!」




 ──センカンダル闘技大会は突然の闖入者によって波乱に見舞われ、街を巻き込む最後の戦いが幕を開けた。

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