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30「一人の最強VS二人で最強」

「さらに速くなっている?! いや、僕が遅くなっているのか?!」

「「両方()!!」


 手応えを感じ、意気込むリィチとスピル。


 通じる。通用する。一人では駄目でも、二人なら。


 ──声を揃えて、二人は〝最強〟に挑む。


 リィチが反撃に転じ、猛攻を仕掛ける。いくらこちらが強化されて向こうが弱体化されているとはいえ、もともと地力にかなりの差があった。ここまでやってようやく肩を並べられる、と言ったところか。


「くそっ! これでも! ダメなのか?!」


 完全に見切られている。


 常人であれば目で追えないほどの速度で乱打をお見舞いしているにも関わらず、直撃が一度も入らない。せいぜいが掠める程度。

 力量で並んでも埋められない〝経験の差〟が如実に現れていた。


「今!」

「ぐっ?!」


 スピルがタイミングを見計らい、杖から伸びた不可視の糸を引っ張ってタイピンを引き寄せると、リィチの拳がようやく顔面を捉える。またしてもブーイングがこだまするが、気にしている余裕はない。


「完璧だぜ! スピル!」

「油断しない! あまり長くは持たないわよ!」


 スピルの膨大な魔力を〝接続(リンク)〟でリィチに注ぎ込まなければ〝三速(サード)〟状態はまともに維持できない。それほどに魔力の燃費が悪い魔法なのだ。加えていくら膨大とは言えスピルの魔力も無限ではない。このまま有効打も無いままに試合が長引けば不利になる一方だ。


 タイピンは一旦距離を取り、不可解な現象に眉根を寄せる。


「急に胸の辺りが引っ張られた……? そうか、予選のときに少し見えた糸が僕にも繋がっているのか。それに引っ張られた。ということは、この力が抜けるような感覚も、もしかして(これ)が原因か」


 タイピンは胸の辺りに手をやるも、糸はすり抜けてしまって触ることができなかった。


「ご明察です。詳しくは言えませんけど」


 察しの良さには恐れ入るが、今は試合中。相手に手の内をひけらかすほどお人好しではない。


「当然だね。差し詰め、糸で繋がった相手と魔力のやり取りができる、と言ったところかな」

「……っ!」

「ふふ、顔に出てるよ。君らは随分と素直なようだ」

「タイピンさんは良い性格してますよね」

「よく言われる」


 皮肉を言っても爽やかな笑顔を崩さない。リィチたちと違って圧倒的な余裕を感じられる。これが前回大会優勝者の貫禄か。


「僕ばかり得しても不公平だ。お礼に少しばかりこの剣──宝具【無尽刀(むじんとう)】の力を見せてあげよう」


 宝具──それは魔法を駆使して作られた特別な道具の総称。魔力が無くても魔法のような力を扱えるようにするためのもので、どれもが非常に強力。それ故にそう簡単には手に入らない代物でもある。


 真っ赤に輝く剣を舞台に突き刺すと、あちこちから地面を破って火柱が突き立つ。撹乱と目眩しが目的で、その隙に宝剣を鞘へ収める。


 リィチは足元から現れた火柱を躱すと、その先へ見計らったようにタイピンが急接近。一度腰の鞘に収められた宝剣を再び抜き放つ。


「その剣の! 熱さには! もう慣れたぜ!」

「だろうと思って──」


 口角を上げて、宝剣を抜き放つ。


「──こんなのもあるよ」


 鞘から解き放たれた神速の宝剣は、太陽の如き輝きを失い、代わりに身の毛もよだつほどに透き通る、氷塊の煌めきを称えていた。


「氷の剣?!」


 たった一振りで、突き立つ火柱が氷柱へと生まれ変わり、千々に砕けてキラキラと宙を舞う。

 冷気が(もや)を生み出し、舞台を一気に白く凍りつかせる。


「一振りに有りて一振りに(あら)ず。一刀無限の刃あり。それがこの剣──宝具【無尽刀(むじんとう)】さ」


 まとわりつくような熱気と肌を焼く熱風の世界から一転、まるで氷雪の吹き荒れる寒冷地帯に一瞬で舞台が生まれ変わってしまった。


「熱いのに慣れたのなら、冷たいのはいかがかな?」

「遠慮したいところです……!」

「つれないね」


 わざとらしく落胆する様子を見せ、白いため息をこぼす。灼熱地獄から正反対の気候になったにも関わらず、彼の涼しげな様子は変わらない。


 自分の技に自分でやられるとは思えないが、全く影響がないのもおかしな話だ。


「まさかその服も……?!」

「そのまさか、さ。この服も宝具だ。どんな環境でも耐えられるようになる」

「でたらめだわ!」

「でも実際にこうして、ここにいる」


 宝具に身を包み、宝具を振るう。


 希少価値という概念が擬人化して目の前に立ちはだかっているようなものだ。普通は一生お目にかかれない。


「さあ、どうする?」


 試すような空色の視線。


 足場は凍りつき心許なく、リィチの高速移動も封じられた。動かなければ体温を奪われ動きが鈍くなる一方。


「リィチ! 勝利への布石よ!」

「おう!」


 握り拳を突き出し、リィチは宣言する。


(こいつ)でその顔ぶっ飛ばす!」

「諦めない、か。やっぱり君たちは面白い!」


 タイピンは楽しそうに笑う。前回大会優勝者としてではなく、一人の戦士として戦いを楽しむ男の姿がそこにはあった。


「行くぜ!!!」

「来い!!!!」


 舞台を割り砕く踏み込みに、氷の宝剣を構えて迎え撃つ。


 寒いのなら体を動かして温めればいい。滑るのなら滑らないように足を舞台に食い込ませてしまえばいい。

 彼らしい馬鹿正直で実直な、それ故に有効な対抗手段。


 急制動と不意打ちを兼ねて、タイピンの間合いに入る手前で強引に足を埋めて石飛礫(いしつぶて)を飛ばす。加えて飛ばし切れなかった石を殴って正確に射出。

 この程度の攻撃は防ぐまでもないが、全ての石飛礫(いしつぶて)を宝剣で難なく打ち払う。


 その隙をついて懐へ潜り込み、


「オラララララララララァ!!!」


 絶え間なく打撃を叩き込む。ここからは止まってはいけない。体温を奪われるし格好の的になってしまう。

 タイピンは半身を引いて躱し、上体を反らして躱し、左手で受け止め、はたき落とし、氷の宝剣を盾として間に差し込んでくる。


「っ?!」


 輝く太陽の剣を殴ったときは燃え上がるように熱かった。ならば氷の剣を殴ったらどうなるかは自明の理。だからこそリィチは一瞬の躊躇を最強の男に対して見せてしまう。


 氷の剣を殴り付けてしまう前に寸止め、苦い表情がリィチの顔に浮かび上がる。


「よく止めた。けど命取りだ」


 タイピンが宝剣を振りかざす。


 実際に宝剣を殴り付けていたら瞬く間に全身が氷漬けになっていただろう。だが、それほどの冷気を放っているならば、近くにいるだけでも影響は出る。

 少し動きを止めただけで、リィチの体は冷えて動きが鈍っていたのだ。


 そこへ容赦なく宝剣が振り下ろされる。


「! ……へえ?」


 思いもよらぬ軌道を描き、宝剣は空を切る。まるで何かに引っ張られたような感覚に、タイピンは関心の吐息を溢す。


 その隙にリィチは腹部目掛けて正拳を突き出すがこれも左手で防がれ、振り払うように宝剣が迫る。


 リィチの冷えた体では避け切れる速度ではない。が、後ろへ吹き飛ぶように退がり、やはりこれも空を切った。


「リィチ! 大丈夫?!」

「ぼんだいない! らいじょううら!」

「全然大丈夫じゃないでしょ! 舌回ってないわよ?!」


 タイピンの側はとてつもなく気温が低く、体温が相当奪われていてなにを喋っているのかよくわからないのに通じているのは、付き合いの長さが成し得る技か。


「やっぱり、君の糸で剣の軌道をずらしたんだね。複数伸ばせるし人にも物にも付けられる。想像以上に厄介な魔法みたいだ」


 どんどんスピルの魔法の情報が伝わっていく。これ以上相手に知られてしまっては、いよいよ勝機が遠ざかってしまう。


「あの冷気はタイピンさんの近くにしか影響がないみたい。こっちはそんなに寒くないわよ」

「なら距離を置いて戦うズビリ、しかないのかズズズ」

「鼻をかんでる余裕はないからね!」

「んがってる!」


 鼻水デロンデロンになりながらも力強く頷き、相手を睨みつけるリィチ。全然決まっていない。カッコよくない。


 しかし離れて戦うというリィチの作戦は墓穴でしかない。


「まあ、普通はそう考えるよね。でもそんなに離れてもいいのかな?」


 タイピンは一瞬で相手との距離を詰めるほどの速度を誇っているし、彼の持つ宝具【無尽刀(むじんとう)】はたったの一振りでありながら様々な攻撃を繰り出すことができる。


 つまり、タイピンを相手に距離を取ることが得策とは限らない。


「こんなのはどうだい?!」


 氷の剣を鞘に納め、素早く抜くとまたしても剣の様相が変わっていた。緑色に艶めく細身の剣から、目に見えない真空波の斬撃が飛んでくる。


 バシュッ、といきなりリィチの二の腕に裂傷が走り、血飛沫が舞った。


「ぐっ?!」

「リィチ?!」

「平気だ! 浅い!」


 スピルの心配を跳ね除けるように強気に笑う。


 彼の言うとおり、唐突な裂傷に驚きはしたもののそこまで深い傷ではない。が、問題なのは〝三速(サード)〟状態でありながら裂傷が走った、という点にある。

 刃物も通さないほど強化されているはずなのに傷がついたということは、相当な切れ味を誇っているということ。


 何度も喰らうわけにはいかないが、スピルの糸のように不可視の斬撃を放ってくる。

 離れていても攻撃が飛んでくるし、避けようにも見えないため難しい。


 鋭い視線を差し向けて、スピルは確信を込める。


「リィチ、やっぱり攻撃あるのみだと思う」

「それはいいが! 近づいても大丈夫なのか?!」


 タイピンに接近することは、氷の剣によって白く凍らされた舞台と同じ顛末(てんまつ)を辿る可能性だってある。いくら馬鹿だろうが命に関わることくらいはわかる。


「剣の形状によって攻撃が変わるのだとしたら、今なら氷の剣じゃないから近づいても平気なはずよ」

「なるほど!」

「おや、もうバレてしまったか。正解だよ」


 タイピンは隠す気もないのか(にこや)かに笑って宝剣を見えるように掲げる。


「彼女の言うとおり、この剣は複数の形状に変化できるけど、同時にはできないんだ」

「鞘に戻さないと変化できない、ですよね?」

「それも正解。君なかなか鋭いね、将来有望だよ。是非、僕のところに来ないかい?」

「ありがとうございます。でも結構です」


 世界一のイケメンと言っても過言ではないタイピンの誘いを迷いなく断り、世の女性の反感を買いつつ、しかしそれがタイピンには痛快に思えた。


「残念。女性に振られてしまったのはこれが初めてだよ」

「それは光栄です」

「ははっ、手厳しいね」


 寄せ付けないスピルの返答に苦笑いを浮かべると、余計な話を切り上げるように緑色に艶めく宝剣を構える。


「さあ、続きだ。どんどんいくよ! 僕を楽しませてくれ!」


 ヒュンッ、と一瞬で複数の見えない斬撃を飛ばしてくる。横に滑るように駆け出して躱し──


「あダァ?!」


 ──実際に滑って転んでいた。舞台が凍りついているのをすっかり忘れていたのだ。


「足元には気を付けな──よっ!」


 転んでいるリィチ目掛けて容赦なく見えない斬撃が飛んでくる。しかし斬撃は舞台を切り刻み、砕けた石が宙を舞う。


「また糸か。思っていた以上に厄介だね、それ」


 スピルが糸で引き寄せていなかったら、危うく網目模様が増えて血飛沫がさらに舞っていたところだ。


「そっちこそ! 相当に! 厄介だ!」

「それもそうか、じゃあお互い様ってことで──」


 緑色に艶めく宝剣を鞘に納め、再び引き抜くと、またしてもその様相が変わっていた。


 今度は鞘の形状を無視した、金色に雷鳴轟く刺々しい剣が引き抜かれる。バヂバヂと耳障りな音が響くたびに、宝剣から雷撃が地面に向かって解き放たれる。


「今度は雷?!」

「目には見えるけど、これなら躱すのは難しいだろう?」


 電気の速度は光の速度に匹敵する。瞬きをする暇もなく雷撃に打ち据えられては、いくら〝強化移行(バイシフト)〟で強化されていても感電し、全身の痺れや気絶をしてもおかしくない。


 しかもリィチとスピルは〝接続(リンク)〟で見えない糸を通じ繋がっている。試したことがないためわからないが、糸から電気が流れてきてもおかしくない。


 目に見えない状態なら触れられもしないので電気は流れないだろうが、それではもしものときに糸を引っ張って助けることが難しくなる。

 タイピンはそれを封じるため、雷撃を放つ宝剣を選択したのだ。


「それ!」


 宝剣の先端を向けると、瞬く稲光が会場全体を包み込み、視界を白く染め上げる。


 リィチは雷撃が飛んでくる直前、両の指を舞台に差し込み、ひっくり返した地面を盾にしてなんとか防いだが、一撃で粉々に粉砕される。


 次も、その次も、なんとか地面をひっくり返して防御するが、完全に遊ばれている。タイピンほどの実力があれば、隙をついて一瞬で接近し、一太刀浴びせることもできるだろうに。


「地面がなくなるまで続けるかい?!」

「そんなことできるか!」


 早く決着をつけなければこの勝負は確実に負ける。このままスピルの魔力が〝強化移行(バイシフト)〟に食い尽くされてしまう。


「スピル!」

「ええ!」


 たった一言。


 されど、この二人には一言で全てが伝わる。


 ──次の一撃に全てを賭けると。


 リィチは無防備にも拳を向ける。それはタイピンをぶっ飛ばすと宣言した姿勢と同じもの。


「勝負だ! 英雄!」


 あからさまな挑発に、タイピンは眉根を潜める。劣勢であるはずなのに、自らの勝利を疑っていない表情(かお)。お互いに勝利を掴み取ってくれると信じ切っている二人の瞳。


 フッ、と英雄は小さく笑う。


 時には(おご)った自信を砕いてやるのも先達の務めと、タイピンはあえて挑発に乗る。


「……面白い。なら、耐えてご覧よ!」


 目の前に宝剣を構え、力を溜める。


 宝剣の稲光がより一層強さを増し、轟く雷鳴は地平の果てまで威光を示す。


 最初はバヂバヂと耳障りな音を立てていた宝剣に雷神が宿ったかのように、腹の底を揺さぶるような低く重い音が連なり始める。それに呼応して青々とした空模様が急変。黒く分厚く重苦しい雷雲が空一面を埋め尽くす。


 とてつもない一撃が飛んでくると、誰もが理解できるほどの圧力(プレッシャー)が振り撒かれる。


 構えた宝剣を振りかざし、高らかに叫ぶ。


「〝雷威(らいい)明光(めいこう)〟!!!!!!」


 振りかざした剣をリィチに差し向けると、センカンダル闘技場の吹き抜けから、幾万の雷を一つに束ねたような巨大な稲妻がとぐろを巻くようにして刹那に降り立ち、無防備なリィチに直撃する。


 必中の落雷は耳を(つんざ)く破裂音を響かせて舞台を砕き、リィチを含む周辺一帯が一瞬で黒焦げになる。


「アァッ──ガッ……?!」


 だが、なぜか呻き声を上げて白目を剥いているのはタイピンのほうであった。


 ──何があった。どうなっている?


 頭ではそう思っても、体が全く言うことを聞かない。

 誰もが状況を理解できない中、静まり返る場面を把握しているのはただ一人。


 スピルであった。


「やあああああああ!!!!!」


 一気に駆け寄りながら杖を勢いよく振り絞ると、杖と糸で繋がっているタイピンがスピルに向かって吸い寄せられる。そのまま迎え撃つように全力全開で振り抜いて、整った顔面を容赦なく殴打。


 防御をすることもままならず完璧に入り、遥か後方まで吹き飛ばされるタイピン。砂埃を巻き上げて壁に激突した。


 スピルのその細腕からは考えられない膂力(りょりょく)に観戦客全員の度肝が抜かれる。


「はぁ……はぁ……」


 長引く戦いに魔力が底を尽きかけ、乱れる呼吸。


「リィチ。生きてるわよね?」

「あばびび」

「……ダメそうね」


 リィチの意識はほとんど飛びかけていた。


 これ以上の戦闘続行は不可能。どうか起き上がらないでくれと願うスピルに、嘲笑うかのような足音が聞こえてくる。


「いやー、一杯食わされてしまったようだ」

「……本当に人間ですか、あなた」

「残念ながらね」


 鼻血を垂らしながらも、それ以外は平気そうなタイピンに苦い表情を浮かべる。


「種明かしをねだってもいいかな? さっき、なにが起きたのか」


 もう、戦う余力は残されていない。これだけの実力を持つ者に渾身の一撃入れることができただけでも御の字だ。


 諦めの気持ちに整理をつけるため、スピルは頷いて語る。


「私の魔法は魔力のやり取りだけでなく、魔法のやり取りもできるんです」

「……! それは本当かい?」

「はい」

「なるほど、そういうことか」


 スピルの魔法の真髄を知り、彼はなにが起きたのか理解した。


 魔法のやり取りができるならば、リィチも〝接続(リンク)〟が使えるということ。


 拳を向けて挑発したときに不可視の糸をリィチからも取り付けていて、雷撃を受ける前に実体化。その糸を電気が伝い、タイピンを巻き込んで感電させた。


 あとはリィチから〝接続(リンク)〟を返してもらい、さらに〝三速サード〟を受け取ってぶん殴る。

 これが最後の一撃に至るまでの種明かし。


「私の糸は電気が流れるのか。電圧に耐えられるのか。そもそもリィチの意識が飛ばないかはぶっつけ本番でした。あなたの服で防がれるんじゃないか、という懸念もありました」


 結果としては上手くいったが、大博打もいいところ。


 思い切った作戦に、タイピンは肩を竦めた。


「それは僕にとっても誤算だった。自分で自分に攻撃したことはないからね」


 驕った自信をへし折ってやろうと思ったのに、己の力に慢心し、足元をすくわれたのはタイピンのほう。


 勝負とは、最後までなにが起こるかわからないと改めて思い知らされる試合だった。


「しかしそうか……それを耳にしたのが僕で良かった。絶対に君の魔法を口外してはいけないよ。理由はわかるね?」

「はい」


 指を立てて口を塞いでみせるタイピンに顎を引く。


 スピルの魔法は簡単に悪用できる。その危険性にすぐ気づき、警告してくれた。


(優しい人だ。本当に)


 こんな人に負けるのならば、悔いはない。恥じることもない。


 胸を張って、堂々と『負けた』と報告できる。なにせ相手は前回大会優勝者、センカンダル闘技場の英雄と名高いあのキボード=タイピンなのだから。


 お互いに清々しそうな表情を浮かべて、先に口を開いたのはタイピン。


「君が彼と一緒にいる理由がわかった気がしたよ。同時に、僕が断られた理由も。彼は君を裏切らない。君も彼を裏切らない」

「はい」

「信頼しているんだ?」

「はい」

「好きなんだね、彼のことが」

「いいえ」

「?」

「愛してます。心から」

「……ふっ──あっははははは! それは彼の意識がはっきりとしたときに直接言ってあげるといい!」

「それは嫌です。は、恥ずかしいので……」

「いやー、参った参った。僕の負けだ。降参するよ」


 両手を上げて困ったような笑みを浮かべながら、タイピンは降参を宣言した。まさか、そんなはずはないと自分の耳を疑う。


「……え? 今なんて?」

「『降参する』って言ったのさ。最近暇を持て余していたからね、いい退屈しのぎになった。期待しているよ。審判! 宣言してくれ。僕は降参する」

『……え? は、あ、はい! この試合、タイピン選手の降参により、リィチ・スピル選手の勝利です!』


 ドッ! と沸き上がるセンカンダル闘技場。


 この瞬間、過去に類を見ない大番狂わせが巻き起こったのだった。

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