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3「対価の要求」

 少年は目を覚ます。意識を取り戻したが、どうにも視界が回復しない。少年は自分が目を開いているのかどうかすら、すぐに把握できなかった。


「……夜?」


 現在は虫も草木も眠る真夜中。場所は変わらず深い深い森の奥底。

 ぽっかりと口を開けるようにして(ひら)けた場所でも星明かりは乏しく、人間の目では自分の手すらまともに見えなかったのだ。


 そんな暗闇の中、目の端に赤い輝きがチラつく。


『目覚めたか少年』


 女性の声でドラゴンが喋る。赤い輝きはドラゴンの首元からだった。喉に灼熱を溜め込んで明かりとしているのかもしれない。お陰でドラゴンの凶悪な顔がよく見えた。


 全身をびっしりと埋め尽くす岩肌のような鱗、長い首と尾に四つ脚。鋭く強靭な牙と爪。

 縦長の瞳孔にはぼんやりと照らされた少年の顔が映り込む。


 最初に目撃したときはそれだけで心臓が止まりそうになったほどだが、今の少年は不思議と落ち着いていた。


 仰向けの状態から起き上がり、調子を確かめる。


 よく見えないが両手は確かに動く。足や体も問題なく動かせるし、心肺機能にも問題はなさそうだ。生まれたばかりの双子ドラゴンに体当たりやのしかかりなど物理的な衝撃を食らって砕けたはずの全身の骨が、どうやったのか完治していた。

 むしろ死にかける以前よりも調子が良いまである。血液に乗って全身に気合が巡っているかのようだ。


 ドラゴンは破壊の権化とも、豊穣の化身とも言われている両極端な存在として人間には知られている。理解できないような不思議や奇跡の一つや二つ、故意に起こせてもおかしくはない。

 少年の身体を治したのも、その一つか。


「俺……生きてるのか」

『当然だ。「助けてやる」と言ったであろう』


 呆然と呟く少年に、ドラゴンはどこか誇らしげだ。


「『助けてやらんでもない』だろ」


 意外と細かいところまで覚えている少年にドラゴンは苦笑の鼻息を漏らす。


『その様子なら、状況は説明せんでも察しはついておるか?』


 母親ドラゴンの質問には曖昧に頷くしかない。


「ドラゴンに殺されかけて、なぜかそのドラゴンに助けられたってことはな。どうして助けてくれたんだ?」


 少年にはドラゴンが助けてくれた理由が全くわからなかった。何しろ子どもが孵化したばかりの瞬間にのこのこやってきてしまったのだ、餌としてこれほど都合の良いことはないだろう。飛んで火に入る夏の虫とばかりに処理されると疑いもしなかった。


 しかし実際はその逆。命を救ってくれた。命を奪いかけていたのもそのドラゴンであったことはいったん置いておくとしても、だ。


 これにはなにか理由があるに違いない。ドラゴンは賢い生き物と聞いている。気まぐれはあれども無意味な行動は取らないはず。

 だがドラゴンの口から語られる理由は酷く単純なものであった。


『あの子らが少年のことを〝父親〟と認識してしまったからだ。親が死すれば子が悲しむ。当然であろう?』


 人間基準で見れば確かにその通りだが、ドラゴンも同じような感性を持っているのかと、少なからず驚きを隠せなかった。


「その子どもは?」

『少年の(かたわら)で眠っておる。騒いで起こしてくれるなよ』

「……どおりで」


 今は真夜中で野ざらしの状態だ。体が冷えてもおかしくなかったが、むしろ暖かい。それは少年を挟み込むようにして双子のドラゴンが静かに眠っていたからだった。


 ゆっくりと寝息を立てている寝顔を盗み見て、少年は首を左右に振る。


「俺を父親って……なにかの間違いだろ」


 人間とすらそういった関係になったことはないのだ、ドラゴンとなど論外である。


 だが母親ドラゴンは言い切る。


『いや、間違いなどではない。その子らにとって、少年は間違いなく父親だ』


 ──刷り込み、というものがある。主にカモなどに見られる習性で、簡単に言えば思い込みや勘違いの類の話だが、双子ドラゴンは少年のことを父親だと刷り込まれてしまった、ということらしい。


「あんたはそれでいいのかよ」

『よくはない。が、結果こうなってしまったからには上手くやるしかあるまい』


 どうやら母親ドラゴンはこの状況を甘んじて受け入れるつもりでいるらしい。だが少年はそんな簡単に受け入れられない。当然だ、言葉を交わすことができても、存在からして根本的に違いすぎる。


 こんな形で父親にされるなんて、夢にも思わなかった。彼の将来設計はぐしゃぐしゃだ。


「ドラゴンならどうにかできないのか?」


 彼の傷を癒したように、ドラゴンは人間が想像もできないような力を秘めている。ならば双子ドラゴンの記憶を操作するなり、時間を巻き戻すなりできるのではないかと少年は考えた。


 我ながら良い案だと頷く少年であったが、そんなことが可能ならばとっくにやっているだろう。そして少年は餌としての運命を辿っていたに違いない。

 つまり本人は認めたくないだろうが、双子ドラゴンに助けられたと言っても過言ではない。


 少年の無茶振りに、ドラゴンはわざとらしく大仰にため息をつく。


『ドラゴンをなんだと思っておる。万能ではあっても全能ではない。我にもできないことはある』

「ドラゴンのくせにか?」


 てっきり可能なものだと思い込んでいた少年は意外そうな声を上げる。完全に神経を逆撫するような発言であった。事実、ドラゴンは不快そうに顔を歪めている。


『喰い殺しても良いのだぞ? 適当に「夢だった」とでも(うそぶ)いてしまえば誤魔化せようよ』


 親が死すれば子が悲しむとは言っても、生まれてからまだ一日と経過していない。いくら賢いと言われていても、母親がしっかりと言い聞かせれば『そうだったのか』と納得するだろう。


「わ、悪かったよ! すまんかった!」

『ふん、わかれば良い』


 音が鳴らないように手の平を合わせて頭を下げると、ドラゴンは口の端から火の粉を散らした。


 せっかく助かった命を発言一つで無駄にしてしまうのは愚の骨頂。ドラゴンに遭遇しておきながら生きながらえていることを噛み締めなければならない。


 少年はそのことを薄々理解し始めていた。


『して、少年。名はなんと言う?』


 いつまでも少年、少年では都合が悪い。ドラゴンは名を尋ねると、即答が返ってくる。


「アマト」

『アマトか、良い名だ。我はチトセ。〝永遠〟という意味がある。良き名であろう?』

「……いいけど、なんか似合わないな」


 厳つい見た目に反して随分と可愛らしい響きの名乗りに、思わず少年──アマトは本音が漏れてしまった。


『不敬な。ドラゴンをもっと(うやま)え』


 案の定、機嫌を損ねてしまう。普通の人間であれば大いなる存在を目の前にして萎縮してしまうものだが、少年の心臓にはボーボーの剛毛がびっしりと生えているのかもしれない。


「あんた、不思議と話しやすくてな、つい」


 不服そうにそっぽを向く母親ドラゴン──チトセに人間臭さのようなものを感じたからだろうか、彼の心身からはすっかり強張りが抜けていた。むしろいつも以上に落ち着いているほどだ。


「さてと──」


 余計な力が抜けたところで、ここからが本題。


 姿勢を正し、表情を改める。自分の頭ほどもある瞳を真正面から見つめた。


 まるで心の内側まで見透かされそうなほどの透き通った瞳の奥にはいったいなにが写っているのだろうか。適当なことを言えば簡単に看破されてしまいそうな、そんな神秘を感じさせる。


 アマトの雰囲気が変わったのを感じ取り、チトセも向き合う。


「このまま大人しく帰してくれるか?」

『それは叶わぬ。諦めろ』


 一番重要な質問を直でぶつけ、あっけなく砕け散る。


 しかしこれは大方予想通りの返答である。あのドラゴンが瀕死の人間を助けて『はいさよなら』と簡単に済む話とは思えない。当然、なにか要求があると見ていい。


 そう……命に釣り合うような要求を。ドラゴンからしたら人間の命などちっぽけなものだ。ならば要求も簡単なものになることを期待するしかない。


「ど、どうしてだ?」

『簡単な話だ』


 チトセは、ドラゴンとして申し分ない威厳を含ませながら、こう宣言した。


『アマト……お主には我と(つがい)になってもらう』


 ──番。


 それは動物の雌雄を意味し、つまるところ夫婦になれと、ドラゴンは少年に要求したのだ。

 当然、そんなことを言われたら、次のような反応になるだろう。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!?!?!」


 理解するまでに一瞬の間を置いて、アマトの阿鼻叫喚とした全力の叫びは暗い森の隅々へと響き渡り、深い眠りに落ちていた双子ドラゴンも流石にこの音量では目も覚めるというもの。


 長い首の先についている爬虫類じみた顔がアマトの固まった表情を左右から覗き込む。


『『……パパ?』』


 可愛らしく首を傾げ、目を潤ませて大きなあくびを噛み殺した。


 何度か目を(しばたた)かせると、人間でもわかるほどに双子ドラゴンは喜色の表情を浮かべた。


『『パパ!!』』

「しまった……!」


 父親(アマト)が目を覚まして、甘えんぼらしい双子が身を寄せる。


 というのはドラゴン側の感覚で、人間であるアマトからしたら両側から石の壁で圧殺せんばかりに押し潰されるようなものだ。


「ぐぁぁぁぁぁぁ?!?!」


 今度は今にも死にそうな大絶叫が森にこだまし、騒がしい夜となるのだった。

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