29「最強の男」
本戦の試合消化も順調に進んでいき、センカンダル闘技大会は過去に類を見ないほどの盛り上がりを見せる。今回の闘技大会は最初から最後まで波乱が続き、目が離せない展開の連続だ。
そしてまた、注目のカードが公開される。
『続きましては! ハイバイ=リィチ・マホル=スピルペア対、前回大会優勝者キボード=タイピン!!!!!』
アマト・チトセに続いて人気急上昇中のペア、リィチとスピルの出番がやってきた。
──のはいいのだが、スピルがこの世の終わりを見ているかのようにゲンナリとした表情を浮かべて肩を落としている。
「前回大会優勝者……終わった……」
己の引きの悪さをここまで呪ったのはいつぶりだろうか。孤児院で一週間連続トイレ掃除をクジで引き当てたとき以来だろうか。
リィチがガハハと笑いながら手伝ってくれなかったら、もっと捻くれた性格になっていたに違いないと、現実逃避をし始めるスピル。
「闘技大会の英雄! タイピンと戦える! これは光栄に思わなきゃな!」
逆にリィチはやる気に満ち溢れているようで、目の奥にメラメラと燃え盛る闘志の炎が見えるかのようだ。
「前回大会優勝者が出場してるとかズルくない? 普通もっとこう……なんかあるでしょ。特別枠みたいな!」
確かに普通の大会などであれば、前回大会の優勝者は〝招待〟され、今回大会の優勝者と特別試合が行われる、という流れが広く知られている。
しかしセンカンダル闘技大会はその限りではなく、文字通り〝全ての人〟に等しくチャンスが与えられている。
その等しく与えられたチャンスのせいで、リィチたちはピンチに陥っているのだから笑えない。
スピルは必死に訴えるが、試合の組み合わせが変わることはなく、無慈悲にも対戦相手のキボード=タイピンが舞台中央へ軽やかな足取りで歩を進める。
サラサラな金髪に空色の瞳と白い歯を輝かせ、爽やかな笑顔を浮かべるタイピン。腰に宝剣をぶら下げ、純白の正装に身を包み、まるで一国の王子様のよう。彼のなんでもないただの一挙手一投足にもお構いなしに黄色い歓声が上がるほどの美しい所作は一切隙のない流派のようにも思えた。
手を振って眩しい笑顔で黄色い歓声に応えつつ、タイピンは二人に歩み寄る。
「まぁ気持ちはわかるけどね、僕だけ特別扱いされるわけにはいかないからさ」
「特別扱いされてくださいお願いします……」
と懇願したところで、決定事項は覆らない。戦いたくないのならば、潔く降参する以外に方法はない。
そして優勝賞金を目当てに参加したリィチたちに、降参するという選択肢は最初から存在しない。
残されているのは〝諦めて戦う〟ことのみ。
『またしてもやってきました注目の対戦カード! 準備はよろしいですね?! それでは──始めっ!』
試合開始の合図が高らかに鳴り響く。
「ああんもうっ! やるしかないのね!」
「ああ! やって! やるぜ!!」
杖を構え、覚悟を決めるスピルに、気合も充分なリィチが吠える。
そんな二人を前に、タイピンは背筋を伸ばして腰に下げられた宝剣へ手を伸ばす。
「さて、君らの戦いかたは予選で見させてもらった。二人とも魔法持ちのようだし、手加減なんてしてたらこちらがやられてしまいそうなので本気で行かせてもらうよ」
優しそうな笑顔が油断なく引き締まり、宝剣をゆっくりと引き抜く。眩い光を放つそれは、太陽を剣の形に圧縮したかのような、まさに光の剣であった。
「我が意に答えよ、赤光の剣!」
彼の言葉に呼応するかのように輝きを増し、撒き散らす熱量までもが跳ね上がる。
「戦略的に戦うならば、後ろの彼女から攻めるのが鉄則だが……女性を狙うのは本意ではないし、会場の総意でもない。なので順番に行かせてもらうよ」
予選を見ていたのは本当のようで、すでに二人の戦いかたはタイピンに筒抜けになっているようだ。対して二人はタイピンの予選は見たものの、一瞬で終わってしまってなんの参考にもならなかった。前回大会の内容を知っていれば良かったが、今回が初参加な上、情報収集をしている時間も無かったためほぼ初見の相手と言っていい。
そんな相手がこちらの土俵で戦ってくれると言っているのだ、
「願ってもないわ! リィチ、任せたわよ! 〝接続〟!」
「任された! アゲてくぜぇ!! 〝強化移行〟!」
スピルの杖の先端から不可視の糸が伸びてリィチの背中に繋がり、膨大な魔力の供給が行われる。全身に漲る魔力を肉体強化に回し、迸る闘気が目に見えそうなほど昂まっている。
両者ともに戦闘態勢は整った。あとは目の前の相手を全力で打ち倒すのみ。
「では、こちらから行かせてもらうよ」
タイピンは宝剣を腰だめに構え、リィチの目の前で凪いだ。
十数歩分の距離をなんの予備動作もなく、一瞬で詰めたのだ。
「っ?!」
完全なる予想外の動きにリィチの反応が追いつかない。目では追えていても、体の制御が間に合わず、一瞬の硬直が全身を縛り付ける。
格上の相手に一瞬でも隙を作ってしまえば、その時点で負けが確定。
しかし──タイピンの一振りは空を切った。
「──っぶない! 間に合った!」
「スピル! 助かった!」
リィチに繋がった糸を強引に引き寄せ、宝剣の凶刃から無理やり離脱させたのだ。
タイピンから見たら、何もしていないのにいきなり後ろへすっ飛んだように見えただろう。
「へぇ……良い連携だね。まさか見切られるとは思わなかったな」
目を細め、必殺の初撃を躱されたことに静かな驚きを見せるタイピン。
「予選では最初の一撃しか見れませんでしたけど、逆に言えば最初の一撃は見れましたから!」
「速攻にこだわり過ぎて読まれた、ってことか。面白いね」
爽やかに笑いながら言うが、彼の立っていた場所には深々と足跡が刻まれている。どれだけ強烈でえげつない踏み出しをしたのかは一目瞭然だ。
噂通り、見た目も実力も申し分ないどころかそれ以上。流石は前回大会優勝者と言わざるを得ない。
「こっからが正念場よ、リィチ」
初手を防げたのはいいが、問題なのはこれからだ。初手以降の戦いかたは未知数。あの超速度と、なにか力を秘めていそうな宝剣を警戒しながら戦わなくてはならない。
「今度は! こっちの番──だっ!」
〝強化移行〟で強化された身体能力を全開にして、鋼鉄以上の硬度を持つ拳を叩きつける。
タイピンは光り輝く宝剣の腹で受け止めると、硬質な音は響き渡らず、代わりにジュッという音を立ててリィチの拳から膨れ上がるように煙が一気に立ち昇る。
「ぅあっぢぃ?!?!」
握り拳から伝わる超高温に反射的に手を引っ込めて飛び跳ねた。
「へえ? 僕の剣に触れて『熱い』で済むだなんて、つくづく君たちは面白いね」
にこやかな笑みを浮かべるタイピンであるが、やっていることはかなりえげつない。
どういう理屈なのかわからないが、超高温に熱された剣を振るって戦うのが彼のスタイルらしい。
リィチの強化された拳ですら一瞬耐えるのが限界だったのだ、つまりは彼の宝剣を防御する手立てはない、ということ。
全ての攻撃を躱さなければ一撃でやられてしまうのに、一瞬で距離を詰めてくる凶悪な相手。
これが、前回大会優勝者の実力。
絶望してもおかしくない。ここで諦めてしまっても誰も彼らを責めはしないだろう。
──だが、瞳に宿るやる気の炎は消えていない。むしろさらに強く燃え上がる。
「スピル!」
「わかってるわよ! 手加減して勝てる相手じゃない、全力全開で行くわよ!」
「アゲてくぜ! 〝三速〟!!!」
リィチの体から小さくガコンっという音が鳴り響き、全身から一気に闘気が溢れ出る。本来であればスピルへの負担を減らすため相手の実力を見て段階的に上げていくものだが、こんなところで躊躇している場合ではない。
「それを待っていたよ。その状態の君と戦ってみたかったんだ」
「お望み通り! 行くぜ!!」
ドウッ! と踏み込む音が響く前にリィチの拳はタイピンの顔面を捉えた。〝三速〟状態のリィチは音速すらも超えた移動を可能とする。どうしても制御し切れず直線的な動きになってしまうが、そう簡単に見切られることはない。
はずなのだが──
「くそ! 浅い?!」
トータルタートルの甲羅を砕くほどの拳を顔面に受けておきながら、タイピンは二、三歩よろけただけ。
「ったた……ふぅ、あぶないあぶない」
顔を殴るなと会場中からリィチを非難する声が(主に女性から)殺到するが、集中しているリィチの耳には欠片も届かない。
──完全に威力を殺された。
後ろに飛び、体全体を柔らかく使って衝撃を分散し、足裏から地面へと逃がしたのだ。
人間技とは思えない超絶技巧を軽々と披露する。これがキボード=タイピンという男の実力。
そしてこれが、リィチの限界とも取れる。
が、それは彼らの限界ということにはならない。
タイピンは一人だが、リィチの後ろにはスピルがいる。
一人では無理な相手でも、二人ならば立ち向かえる。
そのための勝算ならば……ある。
「スピル! どうだ?!」
「ええ、バッチリよ!」
振り返らず問うと、自信たっぷりに頷きが返ってくる。
スピルの杖の先端から伸びる不可視の糸が、リィチだけではなくタイピンの胸にも伸びていた。
スピル以外には見えないはずだが、色々と規格外の男なので躱される可能性も考慮してリィチの攻撃に合わせて取り付けたのだ。
スピルの魔法〝接続〟は視界内にいる認識できる相手ならば誰にでも接続することができる。
ズルになるような気がして基本的にはリィチにしか使用しないが、彼への魔力供給以外にも〝接続〟にはこんな使いかたがある。
「っ。これは……っ?!」
突然訪れた体の異変に小さく驚くタイピン。
「急に力が抜けていくような感覚が……? 彼に殴られたときになにかされたか?」
空色の瞳がリィチを射抜くが、すぐに後ろのスピルへ。
「いや、彼ではなく彼女か」
妨害するような小細工ができるほど器用な男には見えない。ならば残る可能性はスピルしかないと、すぐに気付く。
「『順番に行く』だなんて、失言だったかな。いまさら撤回する気もないけど、これは失敗してしまったようだ。申し訳ない」
己の未熟さを認め、相手の実力も認める。鼻にかけないその態度が、彼の人気の高さにも繋がっている。
「でも彼の速さはすでに見切った」
「それはどうかしら?」
「?!」
不敵に笑うスピルに眉根を寄せた刹那、驚愕の表情へと変わる。
ヂッ、と音を立てて鼻先を掠めるリィチの拳。咄嗟に上体をのけ反らせて直撃は避けたが、完全に避け切る自信があったのに掠めた。
「さらに速くなっている?! いや、僕が遅くなっているのか?!」
「「両方だ!!」
手応えを感じ、意気込むリィチとスピル。
通じる。通用する。一人では駄目でも、二人なら。
──声を揃えて、二人は〝最強〟に挑む。




