26「二人が! 揃えば! 最強!」
アマト・チトセペアがザンティスという強敵を相手に圧勝を見せて盛り上がる会場。
舞台を整えてから、次の戦いが始まる。
『次の対戦カードは──ハイバイ=リィチ・マホル=スピルペア対、トータルタートル!!』
僅かにチトセの闘いの余韻が残る綺麗になった舞台に、リィチとスピルは緊張の面持ちで立っている。
特にスピルは歯を鳴らしそうなほどにガチガチだ。手足は震え、武器である杖を握る手に余計な力が込められている自覚もない。
こんなにも沢山の衆目が集まる中に立ったことなどないため、それは致し方ないと言えよう。いくら人口が多いセターン王国出身とは言え酷な話である。
「よっしゃあ! やってやるぞ!」
拳をパシンと打ち鳴らし、体を支配しようとしている緊張を気合いで追い払うリィチ。
「そ、そうね! せっかくここまで来たんだし、孤児院のためにも頑張らなきゃ!」
それに触発されるように握り拳を固め、自分に言い聞かせるように呟くスピル。
彼のお陰で幾分か、緊張が紛れたような気がした。
数多くの動物を閉じ込めている重厚な扉がゆっくりと開き、これまた巨大な甲羅を持つ亀が地鳴りと共に入場してくる。
もちろんただ大きいだけの亀ではない。頑丈な甲羅は剣山のように尖り、顔も手足も尻尾も、蛇のような強固な鱗で覆われている。
弱点らしい弱点など見当たらない。
「ちょ……こんなの相手にするの……!?」
「俺様と! スピルがいれば! こんなやつ糞でもない!」
「せめて『屁でもない』って言って! 女の子にこんなこと言わせないでよ!」
相変わらず言葉を間違えるリィチに訂正の突っ込みを入れると、彼は緊張の残る硬い笑顔で親指を立ててみせた。
「────」
緊張しているのは自分だけではないと。馬鹿なリィチでも緊張していて、それでも解そうと努めている。
「それでこそいつものスピルだ! その調子でいつもの頼むぞ!」
「ったく……おもっきりやんなさいよ?!」
「当・然! アゲてこうぜぇ!」
低く構え、獣のように鋭く深い笑みを浮かべるリィチ。その背後で杖を構え、固い唾を飲み込むスピル。
お互いに信頼している。緊張は残れど、遠慮はない。
『それでは! ハイバイ=リィチ・マホル=スピルペア対トータルタートルの予選──始めっっ!』
闘いのゴングが鳴り響く。
「〝強化移行〟!」
「〝接続〟!」
初手、真っ先に動いた二人。己の魔法を唱える。
すると、リィチ本人にしか聞こえないほど小さく、ガコンというなにかが切り替わるような音が体全体から伝わってくる。
強化移行。それは自身の魔力を肉体強化に注ぎ込む単純明快な魔法。その最大の特徴は重ねがけ可能という点。その代わり魔力の消費が激しくなり、底が尽きると動けなくなる。
そこでスピルの魔法、接続の特性が遺憾なく発揮される。それは視界内にいる相手に不可視の糸を接続し、彼女の膨大な魔力を送り込むことができる、というもの。
これにより、燃費の悪い強化移行の弱点を補っているのだ。あくまで補助的な魔法であり、戦闘能力はない。
「準備できたわよ」
スピルの杖の先から、見えない糸が彼の背中に繋がっていた。
リィチの肩甲骨の間辺りから、強く暖かな力が流れ込んでくる感覚が全身を包み込む。
これだ。この感覚。
これが、二人が一緒にいる理由。
これで、準備は完了だ。
これで──
(思いっきりやれる!)
(おもっきりやんなさい!)
──最強だ。
リィチは大地が割れ砕けんばかりの跳躍で一直線に飛びかかる。
握り固めた拳はまさに鉄拳。ありえないほど硬質な音を響かせてトータルタートルの顔面を横殴る。
広がる衝撃と音に観客が一斉に身を固くした。
「鱗も硬い!」
鱗の一枚一枚が鉄板なんじゃないかと思うほどの感覚にリィチは顔を顰める。
相当な勢いがついた状態での打撃は己の肉体すら破壊する可能性があるのにも関わらず、彼の拳にはなんの変化も見られない。
あれだけの勢いで、あれだけ硬いものを全力で殴っておきながら、だ。
しかしそれはお互いさま。殴られたトータルタートルも涼しい表情を浮かべ、小さき人間を見下している。
涎の糸を引きながら緩慢な動きで口が開いていき──
「──っ!」
背筋に走る悪寒。ほぼ勘で、背後へ飛び退る。
その瞬間、彼が立っていた場所へ音が遅れて聞こえてきそうなほど素早く首を伸ばし、バギンッと口が閉じられた。
少しでも回避が遅れていたら、間違いなく真っ二つになって片方は胃の中で消化されていただろう。
動きの緩急がとてつもない。見た目が亀だから鈍重だと決め付けて油断していると、簡単に命を溶かされてしまう。
後ろから離れて見ていたスピルが攻略の糸口を見出す。
「リィチ! お腹はどう?!」
「腹なら! 減ってない!」
「あんたの腹具合聞いてんじゃないの! 亀の腹部なら柔らかいはずよ、そこをどうにか狙えない?!」
「そうか! やってみる!」
トータルタートルは外敵から身を守るため、とにかく外殻の進化に特化した動物であり、地面に面した腹部はその限りではない。
頭や手足は外敵に晒されるため、甲羅ではなく柔軟性に富んだ鱗という進化を遂げたとされている。
鱗で鉄板並みの強度を誇っているのだ。果たして甲羅は如何程の硬度を誇っているか、計り知れない。
威勢よく返事をしたものの、リィチはその場から動かない。
「……どうやればいい?!」
トータルタートルの腹部はほとんど地面に接しているため、下に潜り込むような隙間は存在しない。
故に──
「なんとかしなさい!」
「なんとかか! わかった!」
──力技だった。
ずぼらで適当な指示に、本当に大丈夫なのかと実況含め観客の誰もが思ったが、本人が言ったように『わかった』らしく、動かなかったリィチが動きを見せる。
首も見た目より長く伸びるようなので距離を取りつつ、大きく側面へ回り込む。入場してきたときのように、動きが遅いのならば旋回速度も遅いはず。
俊敏なのは首の動きだけならば、側面や後ろは無防備ということになる。
馬鹿のように見えて実際馬鹿だが、馬鹿なりに考えているらしい。
回り込むリィチを首を伸ばしつつ視線だけはしっかりと追いかけながら、狙い通り旋回速度は追い付かない。
これならばやりたい放題だ。
「オゥラッ!」
側面から一気に接近し、甲羅の縁を拳でカチ上げる。これでひっくり返そうというシンプルな作戦だ。
だが逆に、強烈な打撃にリィチの脚がくるぶしまで地面に埋まる。
「おっも! いってー!」
「いーっ……見てるこっちが痛いわー……」
肺を振るわせるほどの衝撃を撒き散らし、後ろで魔法の維持に専念しているスピルまでもが歯を食い縛る。
肝心のトータルタートルはひっくり返るどころか片足が地面から離れることもなかった。
これでは両者共に決め手に欠けており、いつまで経っても勝負が決まらない。
旋回が追いつかれる前に埋まった足を引っこ抜き、スピルの側へ。
「スピル! まだいけるよな!?」
「これじゃイタチごっこ! おもっきいやんなさいって言ったでしょ!」
「よし! それならもっと上げるぜ! 〝二速〟!」
再び、彼にしか聞こえない大きさで体の中からガコンッというなにかが切り替わるような音と感覚が伝わる。
「…………っ」
と同時に、スピルの表情に少しばかり、苦悶の色が浮かび上がる。
変化があったのは彼女だけではない。リィチにも、変化が現れた。
内から迸る闘気が膨れ上がり、見た目に変化は無けれどその動きが激変する。
トータルタートルの地鳴りに負けないほどの踏み込み、次いでその姿が掻き消える。
──刹那。
トータルタートルの全身から金属同士が激動するような爆音が連続する。
手を、足を、頭を、尾を、
殴り、蹴り、踏み、叩き、
一撃一撃に渾身の力を込めて攻撃を叩き込む。
それでもやはり重く、ひっくり返る気配はない。どころかひっくり返そうとするとより深くこちらが地面に埋まってしまう。
『おおっとぉ?! 突然リィチ選手の動きが素早くなったぁ! 連打連打連打の嵐にトータルタートル手も足も出ないかぁ?!』
幸い、完全に目で追えていないトータルタートルは、なにをされているのか理解できていない。ただひたすらに、甲羅から出ている部位を執拗に狙われ、僅かながらダメージが蓄積されているのを感じるだけ。
圧倒的な防御力を誇るトータルタートルだが、もちろんそれだけで生き残れるほど自然界は甘くない。
噛み付く以外の攻撃方法も当然備わっている。
──甲羅の剣山はそのためにあるのだから。
「なんだ?!」
サンドバッグ状態だったトータルタートルに明確な動きがあり、警戒を強めたリィチは距離を取り、飛び道具の可能性も考慮して無防備なスピルの近くへ壁になるように移動する。
「リィチ、この亀なんか変よ! 〝二速〟状態でも浮きもせず逆にこっちが沈むなんて、いくらなんでも重過ぎる!」
「確かに重い! けどそれのどこが変だ?!」
「普通なら自重で動けないどころか絶滅しててもおかしくないってこと! なにか秘密があるに違いないわ!」
話している間に、トータルタートルは頭、手足、尾を甲羅の中に収納。文字通り剣山のような状態になる。
攻撃できる部位が内側へ引っ込んでしまって手出しができなくなってしまったリィチたちだが、それは向こうも同じこと。
……ではなかった。
「っ?! 嘘でしょそんなのあり?!」
いち早く気付いたスピルが驚愕の声を上げる。
トータルタートルが浮いていた。
ほんの僅かだが、腹部が地面スレスレのところで浮遊している。
入場してきたときの地鳴りは周囲を騙す嘘で、本当は滑るように移動も可能ということに他ならない。
そして浮いているということは──このあと起こる現象も容易に想像ができた。
「ああもう、やっぱりそうくるわよね!」
想像通りの動きを見せるトータルタートルに、スピルは頭を抱えた。
最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げていきながら、回転を始めたのだ。
それはすぐに半球状に見えるほどの高速回転までに加速する。
竜巻すら発生しそうなほどの風圧を周囲に撒き散らしながら、トータルタートルはついにリィチたちへ向けて移動を開始する。
「なんで回転してるのに正確にこっちに向かってくるわけ?!」
「そんなことより! 離れるぞ!」
「きゃ?!」
慌てているのか冷静なのかわからない分析をしているスピルをお姫様抱っこで軽々と抱えて、正確に追いかけてくるトータルタートルから距離を取る。
幸い〝二速〟状態であれば追い付かれることはなさそうだが──
『リィチ・スピルペアはここにきて防戦一方かぁ?! 残り時間は五分を切っているぞぉ?!』
無慈悲にも実況の男性の声がセンカンダル全体に響き渡る。
「残り時間?! ちょっと聞いてないんですけど?!」
『言ってませんが、しっかりと要項には書いてありますので問題はありませんね!』
「うぅ……!」
単なる確認不足で言葉もないスピル。
「しかたない! アレやるぞ!」
「ああもう! こんなところで負けたら元も子もないどころか命までなくなっちゃう! やるわよ! やってやろうじゃないの!」
「よしきた! そうこなくっちゃな!」
半ば以上やけくそになったスピルに強く微笑むと、リィチは一度深呼吸を挟んでから小さく呟く。
「……〝三速〟!」
「……くっ……あんまり長くは持たないわよ。時間もないしさっさと済ませてよね……!」
「ああ! 任せておけ!」
辛そうに歯を噛み締めるスピルに、リィチは頼もしく言い切ってくれる。
高速回転を続けながら追いかけてくるトータルタートルから一瞬で距離を取り、お姫様抱っこから下ろし、軽く屈伸運動をする。
「てっぺんよ。上から回転の中央を一点突破。できる?」
「当・然!」
拳と手の平を打ち付け、最初とは比較にならないほどの音をかき鳴らす。
「もっと! 離れてろ!」
スピルは黙って頷き、辛そうな表情のまま壁際まで下がる。
固く握り締めた拳を差し向け、ただそれだけで回転の風圧にも負けないくらいの風を巻き起こす。
「加減は! しない!」
しないどころか、できっこない。
握り締めた拳を腰溜めに引き絞り、
「アゲ」
体全体を使って、
「てく」
拳を上から地面へ、
「ぜぇぇ!」
打ち下ろす!
ドウッ! と猛烈な勢いで天高く跳躍し、センカンダル闘技場の吹き抜けを悠々と超えて街全体を見渡せるほどの高度にまで到達する。
「……跳び過ぎ。タイミング図るこっちの身にもなってよ──ねっ!」
杖の先端からリィチの背中に伸びる不可視の糸に魔力が巡り、強靭な糸として実体化。
(今!)
スピルの魔法〝接続〟の隠れた特性を発揮する。
不可視の糸を通じてリィチの強化状態をスピルへ〝譲渡〟し、その細腕からは考えられない力で杖を振り下ろす。
糸に繋がれたリィチが空中で急停止。引っ張られるようにして舞台へ音速に迫る速度で落下してくる。
そしてすぐさまリィチから〝譲渡〟された魔法を〝返却〟し、強化状態が元に戻り──
「──てん! らい! けぇぇぇぇぇぇん!!!」
──空気の壁を破壊して轟音を轟かせ、天空から一直線に落下してくる姿はまさに落雷の化身。
完璧なタイミング、完璧な位置で落ちてきたリィチは、センカンダル闘技場を倒壊させんばかりの暴力を周囲に撒き散らしながら、トータルタートルの剣山のような甲羅をど真ん中から強引にぶち抜いた。
大きな風穴が開けられたトータルタートルは浮力を失い地に落ち、徐々に回転を弱めていき──絶命。
僅かな沈黙が流れ、大きな歓声が湧き上がる。
『勝者! ハイバイ=リィチ・マホル=スピルペアぁぁぁぁぁ! 本戦への出場権を無事に獲得いたしましたぁ!』
勝利の合図が響き渡り力が抜けたスピルは長い長いため息と共に〝接続〟を解除してしまう。
「あっ──」
気づいても時すでに遅し。
『スピル! 出られん! 助けてくれ!』
地面深くにめり込んでいってしまったリィチの情けない声が、人型に開いた穴から漏れ聞こえてきたのだった。




