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24「最高の晩餐?」

「ウチの名前はマホル=スピルって言うの、スピルって呼んで。よろしく」

「スピルな、よろしく。俺はアマトだ」

「我はチトセ。ほれ、子らも挨拶せい」

「ヨウ!」

「リョク!」


 双子は知らない人間と話すのは初めてなので少し心配だったが、元気よく挨拶できたので母親であるチトセは満足そうに微笑んだ。


「俺様の名前は!」


 またしても膝裏で椅子を蹴り飛ばし、勢いよく立ち上がったのはうるさい男リィチ。無駄に動きだけは大きくカッコ良くもない決めポーズを決める。


 スピルの手刀を首筋に喰らい気絶していたのだが、目を覚ました途端にこれだ。


「ハイバイ=リィチだろ! 知ってるよ!」

「知ってたか! はっはっは!」


 宿屋兼酒場にリィチの高笑いが響き渡る。他のお客さんの喧騒よりも大きな声が出ているのだからとてつもない声量である。


 それぞれ簡単に自己紹介して、約束通り店員さんを呼び寄せて料理を人数分注文する。そのついでに部屋が空いているか聞いてみたが、質屋の店主が言っていたように空きがあるようだったので前払いして確保してもらった。


「ほ、本当にいいの? 奢ってもらっちゃっても」


 目の前に並べられていく数々の料理に目移りしながら、自分よりも年下(に見える)少女の財布からご飯を食べることに罪悪感を覚え尻込みするスピル。


 アマトの財布でもあるのであまり気にしなくてもいいのだが、知り合ったばかりと思えばその気持ちはわからなくもない。

 しかし臨時収入とは人の気持ちを大きくさせるもの。


 なにも問題はないとばかりにしたり顔を浮かべていると、ドドーンとテーブルを埋め尽くさん勢いで料理たちが殺到する。


「さあ、せっかくの料理だ! 冷めないうちに平らげようではないか! 頂くとしよう!」

「「「いただきます!」」」


 チトセの合図と共に、物凄い勢いで一斉に食べ始めるアマトたち。特にアマトは空腹の大合唱を奏でるくらいなのだから、この瞬間を待ち望んでいたと言っても過言ではないだろう。


 人間とは思えない(事実、人間ではない)ほどありえない速度で減っていく料理たちをただ呆然と眺めることしかできないリィチとスピル。


 だが、先に我に帰ったリィチが負けじと料理に手を出した。


「よくわからんが! 俺様は負けん!」

「お、そっちがそうくるなら俺だって負けねぇぞ!」


 謎のノリが発動して大食い対決に発展。鬼気にも迫るその勢いに、徐々にギャラリーが集まり始める始末。お店側からしたら迷惑極まりない。


 と、思いきや。


「あんたらいい食いっぷりだね、気に入った! じゃんじゃん注文しておくれ!」


 厨房を担当している恰幅(かっぷく)の良いおばちゃんが機嫌よさそうに煽ってくれたので、大食い対決は激化の一途を辿る。他の女性メンバーは自分のペースで食べているが、


「なんか、見てるだけでお腹いっぱいになってくるわね……」


 勢いが大人しいだけで食べる量は人間とは比べ物にならないチトセたちに、スピルが頬を引き()らせて苦笑いを浮かべる。


 当然だ、なにせ彼女らは人間の姿をしているだけでその実態はドラゴン。内側は謎の神秘に満ち満ちている。

 見てるだけでお腹いっぱいになるのなら見なければいい、と思うかもしれないが人間は未知に恐怖と関心を抱くと言う。それ故にスピルは若干引きつつも、目を離せないでいた。


「これ、スピルとやら。見てないで食え。我らの胃袋は無限に入るが財布の中身は有限だ。遠慮していると無くなってしまうぞ」

「そ、そうね。ごめんなさい」


 胃袋が無限とは大きく出たものだと思いつつ、それが誇張ではないと思えるほどの食いっぷり。そちらは冗談としても財布が有限なのはその通りなので、スピルも遠慮気味ではあるが食べ始める。


「で、お主らは何処(どこ)から来た?」


 喋れそうなタイミングを見計らい、チトセは質問する。


「セターン王国からよ」

「なんと」


 返ってきた返事にチトセは目を丸くした。


 アマトたちのひとまずの目的地であるセターン王国からの人間とこんなところで鉢合わせるとは、運命とは時に気を利かせてくれる。

 これは有益な情報が得られるかもしれない。


 この返答からだけでも、セターン王国はバドラギ王国に攻められてはいないということがわかる。つまりアマトの故郷、ファウストリ村を滅ぼすために南下する際、中央突破はしていない、ということになる。


 フォークで赤い果実を弄びながら、スピルは続ける。


「ウチらは孤児院育ちなんだけど、どうにも経営がままならなくてね、このままだと潰れちゃいそうなの。育ててくれた恩義があるし、他の子たちも帰る場所がなくなっちゃうし──」

「それで闘技大会に出場し、賞金で立て直そう、と」

「そういうこと」


 チトセが引き継いだ続きのまとめに、赤い果実を頬張りながら頷くスピル。


 切羽詰まった二人の事情は理解できるが、それにしては随分と遠くまで来たものだ。セターン王国からセンカンダル(ここまで)に相当日数がかかるはずだ。

 そんなに時間をかけてまで大会に出場するのだから、優勝できる見込みがあるくらい、自分たちの実力に自信があるのだろう。


 スピルは会ったばかりなのでわからないが、リィチは〝漆黒の蒼き火炎〟の三人組のうち、一番体重のありそうな小太りの男を軽々と蹴り飛ばしていた。

 それに加えてリィチには肉体強化系の魔法がある。刃物も通さない身体があれば、そうそう遅れはとるまい。


「ってかお前、あの連中はどうしたんだよ」


 リィチが魔法を使えるとわかるや速攻でトンズラをかました〝漆黒の蒼き火炎〟の三人組。すぐさまリィチが追いかけていったが、その後どうなったのだろうか。


「逃げられた! 逃げ足の速い! 連中だった!」


 手にしたフォークが変形せんばかりに力強く握りしめる。


 主語のない突然の話題でも通じ合える辺り、男二人は本当に波長が合うらしい。ファウストリ村では年の近い友達と言える存在はいなかったからか、こうした時間はアマトの心の中に嬉しさのような感情を満たしてくれる。

 それを態度に出すことはないが、楽しそうに語らう表情から見てとれた。


「おいおい、大丈夫なのかよそれ。あいつら絶対またなにかしでかすぜ」

「そのときは! また俺様が成敗してくれる!」


 悔しげに吠え、とうとうフォークが手の形に変形する。しつこそうなリィチですら逃してしまうのだから、相手は相当逃げることに関しては手練(てだ)れているようだ。


 フォークの弁償代は出さないぞ、と心の中で決めつつ、今度はアマトが質問する。


「俺からも聞きたいんだが、たくさんの人や家畜がまとめて移動とか、移住とか、そういうのしてるところ見たりしてないか?」


 彼の質問に眉根を寄せて首を傾げるスピルであったが、しばしの静思(せいし)ののち首を横に振った。


「多分、見てないわ。セターン王国は人の出入りがひっきりなしだけど『まとめて』ではないし、道中でもそれらしいのは見た記憶がないわね」

「そうか……」


 わかりやすく肩を落とすアマト。一番情報が集まりそうなセターン王国からの人ならばなにか知っているかもしれない、と淡い期待を抱いていたのだが、空振りに終わる。

 所詮は淡く、薄い、希望的観測。そう上手くはいかないことなどわかってはいたが、やはり堪えるものがあった。


「今度はウチの番。そっちはどこから来たの? それともここ生まれ?」

「いや、ファウストリ村だ。ずっと南にある」

「ふぁうすとり……? 聞いたことないわね、ごめんなさい」

「いや、ど田舎だし仕方ないさ」


 知らないと謝るスピルに構わないと手をあげる。


 可能な限り地産地消でずっとやってきた小さな村だ。他所(よそ)との交流もあまりなかったため、村の名前を知らないのも当然と言える。


「それで、二人はどうしてここに? 見たところ闘技大会目的じゃなさそうだけど」


 ここにいる面子を眺めて疑問に感じたスピル。


 確かに、(はた)から見たら少年少女に双子の子どもだけ。どう見ても闘技大会に参加できるような強さを持っているようには見えないだろう。

 それを言ったらリィチとスピルも大差はないように思うが。


「俺らはひとまずセターン王国に向かってる最中だ」

「あぁ、それで」


 さきほどチトセが驚くような反応をしていたことに納得の頷きを見せるスピル。


「ここに立ち寄ったのは補給が主であるな」


 と言っても、食料を買い込むという意味ではなく、腹を満たすという意味での補給だが。


「闘技大会に出場しないのか!? せっかく強いのに!」

「強いかどうかはともかく、出場するつもりはないな。そんな寄り道してる時間はないんだ」


 早くまだ生きているかもしれない村人たちを見つけ出し、せめて気持ちだけでもスッキリしたい。


 ──今どこでなにをしているのだろうか。


 あれから十年が経過している。村で一番の高齢者、『長老』という言葉がしっくりとくる八代目村長は正直に言って絶望的だ。当時はまだまだ元気だったとはいえ、十年も経てば人も変わる。


 最悪、変わり果てた姿で再会することになるだろう。いや、再会すら叶わないことのほうが最悪か。


「──ちなみ興味本位だが、闘技大会の賞金とはどれくらいなのだ?」


 沈みかけているアマトの思考を揺り起こすように、チトセが明るめに声を上げた。その声に引き戻されるようにハッと顔を上げるアマト。危うく思考の波に飲み込まれるところだった。


 そうとは知らずに顎に指を添え、スピルは闘技大会の概要を思い出す。


「えっと確か……大きい一軒家くらいは普通に買えて、それでもお釣りが来るくらいだったと思うけど」

「ほう、随分と太っ腹であるな」

「だからこそ孤児院を立て直すのに必要だし、これだけの人が集まってるってわけ」


 しばらくは遊んで暮らせるほど多額の賞金は、誰もが喉から手が出るほどに欲しいだろう。

 と、そこで厨房を担当しているおばちゃんが姿を現した。


「話の腰折って悪いけど、もう追加は無しかい? 腕の振るい甲斐があって楽しかったんだけどねぇ」

「おお、そうであったな、我としたことが話に夢中になって食べることをすっかり忘れていた。それほどに満足できたということであろう。追加注文は無しだ、馳走になったな」

「そうかい、そいつは残念……」


 本当に残念そうにションボリと肩を落とすものだから少し悪い気がしてしまったが、いつまでも食べ続けるわけにはいかない。


 おばちゃんの料理はどれも絶品だったので、アマトたちは冗談抜きで無限に食べられそうだったが、リィチとスピルは普通の人間だし闘技大会のエントリーもしておきたいだろう。


 二人を永遠にここに縛り付けておくわけにはいかない。


 おばちゃんはションボリした顔から、客商売であることを思い出したように営業スマイルに切り替えて、一枚の長い長い紙をテーブルに置く。その長さは床まで垂れ下がり、踏まれて他のお客さんの靴跡が無数に残されているほど。


「お粗末様! それじゃお会計はこれだけになるから、よろしく!」


 アマトは受け取った紙を手繰り寄せて手繰り寄せて────手を進めるたび、徐々に冷や汗が浮かび上がってくる。手足の先から感覚が失せていき、息遣いも不安定に。


 ようやくたどり着いた最後に書かれている数字を見てついに表情が固まった。


「おい……なあ、おい」


 そう呼びかける言葉は僅かに震えていて。


「チトセと呼べと言っておろう。どうした?」

「所持金いくらだったっけ……?」

「これだけあるのだ、問題はなかろう。なにをそんなに怯えているのやら」


 自慢げに硬貨の入った袋を(つつ)いて音を慣らしてみせるチトセ。


 普通ならそれだけの所持金があれば六人分だろうが余裕で支払えただろう。しかしそのうちの四人は普通から逸脱した存在であることを忘れてはならない。


 食べ終えた皿は次々に下げられるから気づけなかった。密かに積み上がった皿は天井を遥かに突き抜けるほど、六人でかなりの量を平らげていたのだ。


「女将よ、こいつで勘定してくれ」

「はいよ!」


 チトセの手からはち切れんばかりの袋が手渡され、手際良く金額が数えられていく。

 金額が数えられていくにつれ、アマトの冷や汗が尋常じゃないものになっていき、


「足りないね」


 そしておばちゃんの口から発せられた言葉はひどく冷たく食堂に響き渡った。


「………………なんと?」

「これじゃ足りないよ。半分もいってない」


 今まで余裕の態度を崩さなかったチトセも、このときだけは流石に笑顔が引き()った。油の抜けたカラクリのように、ギチギチとぎこちない動きで訴えかける。


「も、もう一度よく数え直してくれ。なにかの間違いではないか?!」


 質屋の店主は言っていた。

〝多い・安い(﹅﹅)・美味い〟と。安さはどこへいってしまったのかと、チトセは唾を飛ばした。


 もちろん騙されたわけでもどこかへ行ってしまったわけでもない。〝安さ〟を上回る〝量〟を食べてしまったというだけの話だ。


「いーや、合ってるね。この仕事二十年以上やってんだ、間違いないよ」


 チトセの必死の訴えも、おばちゃんは首を横に振って軽々と跳ね除ける。


 ずっと頼もしかったチトセが目を点にしてアワアワと口をパクパクさせているので、これは駄目だとアマトが機転を利かす。


「じゃあとりあえずそれは全部支払いに回してもらって、足りない分はツケといてくれ」

「こんな多額をツケろってかい? 面白い冗談を言うじゃないか」

「冗談なもんか。絶対に足りない分は支払う。『約束』なんて生温いことは言わない。俺の命にかけて『誓う』ぜ」

「………………」


 アマトの真っ直ぐな瞳を受け止めて、おばちゃんは──




「ダメだね」




 ──折れてくれなかった。






   ***






 輝くような赤い瞳に緑色の髪をサイドアップに纏め、短いタンクトップにホットパンツという出で立ちの少女──テンレン=レンリューは愉快そうに(わら)う。


「さぁて、準備はこれでよしっと♪」


 暗がりの中、鉄格子に入れられた数々の動物たちの目が(あや)しく(きら)めく。一切調教されず、ただただ閉じ込められて飢餓状態になった動物は低く唸り声を上げながらシワを寄せ、牙を剥き、壁でひたすらに爪を砥ぐ。


 素早さに定評のある四足歩行のファングルウルフ、攻撃力と知能に秀でたウォーウータン。強靭な甲殻と複数の(はさみ)が特徴のシザーズクラブ。他にも沢山の凶悪な動物たちが餓死しない程度に管理されている。


 凶悪な動物に周囲を囲まれていながら、彼女は悠々自適に両手を広げ、悦に浸る。カビ臭い空間と、人の血が染み付いたどんよりとした空気を気持ち良さそうに(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)しながら肺いっぱいに吸い込む。


 満足そうに鼻からゆっくりと吐き出し──高揚してくる気持ちを落ち着かせる。


「はぁ……。あのおじさんが水晶持っててくれてよかったぁ。なんだかんだ水晶(これ)集めるの大変だからさぁ」


 動物たちの瞳は、魔力の込められた水晶が埋め込まれて、彼女の瞳のように赤く染まっている。それらはすでに、彼女の支配下にあった。


「君たちにはこれから大きな仕事が待ってるから、せいぜい頑張ってねぇ?」


 期待の感じられない応援を残し、テンレン=レンリューは影に溶け込むように消えていった。

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